「この掌の刃は」part.12

 腕と脚を中心に、左半身へ激痛が走る。

 カムイの針は既に霧散し数えることはできないが、最低でも二桁は突き刺さっただろう。

 立っていることも辛いが、ここで膝を折るわけにはいかない。一度倒れてしまえば再び立ち上がれる自信はなかった。

 針の大群からタケキを守りきれた。その事実だけで、ホトミは自身の判断が正しかったと確信している。


 飛来したカムイの針は一本一本の密度が高く、数も非常に多い。今の盾でも防ぐのは厳しいほどであった。

 多重に展開することで凌ごうと考えていた矢先、タケキに迫る針の群れを察知した。既に回避も間に合わない体勢だった。


 咄嗟にタケキの側面へ盾を多重展開した。そちらに意識を集中させたため、自身を守る盾が脆くなり崩壊。勢いを残した針は、ホトミに向かった。

 左腕と左脚で身体を守り、致命傷だけは避けることができた。ただし、軽傷では済まなかった。針は防刃繊維を安々と貫き、ホトミの身体を穿った。


「ホトミ!」


 悲鳴のような声が聞こえる。

 彼はいつもこうだ。自分が傷付くより他人が傷付くことを恐れる。

 根本的に戦うことが不向きな性格なのだ。


「振り向かないで」


 もう大声は出せない。通信機に向かって呟くのが精一杯だ。

 意識が続く限り、命の続く限り、守り続ける。だから、今は振り向かないでほしい。

 終わったら振り向いてほしいけど。


 十二年前のあの日、何かが欠落したように見えた彼を守りたいと感じた。その気持ちが転じて、カムイで盾を形成する自身の特性となった。そう教えられていたし、そうだと理解もしていた。

 だが、タケキの刃が変質したことや、リョウビの言葉から、その経緯に疑問を感じ始めた。

 もしかしたら、信じ込まされていただけなのかもしれない。

 それは、ホトミの生き方そのものへの疑問でもあった。


 思い返せば、ホトミは彼を守ることに半生を費やしていた。最早、依存と言えるのかも知れない。


 訓練中は、彼に向けられた羨望、期待、嫉妬、落胆などの感情から守った。

 二人組での訓練では、途方に暮れる彼に積極的に声をかけていた。

 変わり者と言われていたレイジと三人で固まるようになったのは、この頃からだ。


 戦場では、雨のように飛び交う銃弾や砲弾から守った。

 決して口には出せないが、彼を守るために見捨てた戦友の数は両手では足りない。


 戦後は、いい女を演じて精神的な自傷から守った。

 それには、これまで考えたこともなかった《女らしさ》というものを得る必要があった。意味がわからないお洒落の本を読んだり、必死に料理を練習したりもした。

 成長に伴う体型の変化が助けになったのは幸いだった。それらの成果として、異性と意識させることができたのだと思う。

 彼が自分の料理を喜んでくれた時の感動は忘れられない。


 彼を守ることを喜びと感じるのは、揺るがない事実だ。ただ、その感情の根源は一体何なのだろうか。

 たぶん、どこかで自分の浅ましい本質には気付いていた。

 認めたくなかったから、押し込めていた。

 彼の傍にいる存在として美しくないから、見ないふりをしていた。


『私は、自分の居場所がほしかった』


 痛みで朦朧としつつある意識の中、ホトミの脳裏に確定的な言葉が浮かんだ。

 心に欠落を持った彼を見て、守りたいと思ったのは自分の付け入る隙があったからだ。

 あまりにも独善的で利己的な考えに、嫌悪感が込み上げる。


 彼を、自分のためだけに利用していた。

 意図せず認めてしまったことで、無理に力を入れていた左膝が震えだした。

 このまま倒れて消えてなくなりたい。

 涙で霞む視界に、その後ろ姿が映った。

 不可視の刃を携え、前を見て進もうとしている。ホトミの願いを真っ直ぐに受け止めてくれているのだ。


「タケ君」


 名前を声に出す。自分だけの、特別な呼び名だ。

 共に過ごした日々を思い出す。

 自分の欲求を満たすためだけの存在ではない。精一杯に生きて、不器用に笑おうとするサガミ・タケキだ。私のタケ君だ。

 そんな大切な存在なのに、守ることを諦めようとしていた。自己嫌悪どころの話ではない。


「ふんっ!」


 歯を食いしばり、震える左膝を思い切り殴りつける。多少の流血や多少の痛みなど、気にならなくなった。

 針が再びタケキに迫っている。

 あの禿げ頭はタケキに夢中だ。ホトミはその理由を知っていた。だからといって、譲ってやる気持ちは毛頭ない。


「私の、タケ君に、手を出すな!」


 ホトミの意思を受けた不可視の盾が、針の群れを叩き落とした。

 タケキは振り向かない。信頼してくれているのだ。


『私はタケ君を愛している』


 自身の特性がいつしか変わっていたことに、ホトミはようやく気付いた。

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