第4600次世界⇒第4600°2′次世界

@第4600次世界:紀元1215年1月24日


「いたか!?」

「いや、こっちにはいない! そっちはどうだ!?」

「駄目だ! クソッどこ行きやがったアイツ!」

「おいおいおい! もう飛びやがったなんてことはねえだろうな!?」

「それだけはねえはずだぜ……なにせまだ、この世界は存続してる。それまでにアイツを殺しさえすれば、この世界は安全だ」


 ――今になって、ようやく理解した。なんで今、私が追いかけ回されるはめになってんのかを。

 考えてみれば、単純な話だったのだ。

 この体内のナノマシンは、改変前の世界に遡る代物だ。

 今までは遡ることなんてできなかった改変前の世界へ進み、そして第0次世界――つまり改変が起こる前の世界にもし、私が到達してしまえば、第0次世界に改変が発生し、それまでの世界全部が一度、なかったことになる。

 彼らが恐れてるのはそれだ。

 過去を改変したところで、自分たちが死ぬことはない。せいぜいが、性別や経歴に多少の変更があるくらい。

 ――というのが、異聞保管庫に残された記録から読みとれること。

 それに対して、ナノマシンによる改変前世界への移動は前例がない。私をここで逃がせば、どうなるか分からない。最悪、この世界ごと消えてしまうかもしれない。

 ――それが、彼らの主張だ。

 もちろん、ここで私を殺しても改変は発生する。

 私が生まれなかったことになるのだから当然だ。

 だけどその影響は、せいぜい第4550次世界〜第4600次世界にしか及ばない。

 だから、殺すのだと言う。

 ……私は、あの日妊娠して、おそらくは第4550次世界で産んだ子を孤児院前に置いてきた私がその後どうしたのかなんて知らない。だから、彼らの言うように私が第0次世界へ行き、過去を変えないとは言えないのだ。

 正直私は、こんなクソみたいな世界なら根本から変えてしまうのもいいかもしれないと、今、まさに思っている。


「…………どうしたものかな」


 自分の身を抱いて、私は擦れた声で呟く。すでに、この島の周縁部は固められているだろう。ナノマシンのことはみんな知ってる。過去に逃げようにも、逃げられない状況だ。

 はっきり言って、手詰まりに等しい。


「見つけた」


 その時だった。顔がライトに照らされる。反射的に私は顔を隠した。

 肝が冷えるとは、このことか。

 もう駄目だと、私が観念したその時――飛んできた言葉は、予想外のものだった。


「今更だけど、久しぶり。ゼシア・ポルセグート異聞書記さん」

「……?」


 顔を上げると、見慣れた顔が出迎えた。テレシアさんだ。もう30歳は過ぎてるだろうに、彼女は以前とまったく変わらぬ美貌のまま、私に微笑みかける。

 彼女は首を傾げて、


「あれー? あの時の挨拶を使ったのに分かんない?」

「……それは、どういう」

「テレシアってのは偽の名でね。本当の名は、ゼシア・ポルセグート。あの時、あなたのはじめてを奪った、ゼシア・ポルセグートだよ」


 と、卑猥なジェスチャーをする彼女を見てようやく、言わんとすることを理解した。


「あ、あの!?」

「しっ。静かに。いい? これから私は、あなたを過去に送る。大丈夫。大怪我なんて負わせないから」

「い、いやでもどうやって――」

「来れば分かるから。一緒に来て」


 ●


 テレシアさんに手を引かれるまま、私は彼女の城である治療センターの裏口へと連れてかれた。

 テレシアさんは私に同情しつつも、彼らに同調するような態度を取っていたのでまさか、彼女が味方だとは思いもしなかった。ましてや、私と同一人物であるなんてことはとても。


「こうなることが分かってたから、私は治療センターをあなたの家のすぐ近くに建てたし、これまでずっと、【落ちもの送り】に積極的な態度を見せて、この島の多数派に取り入ってきたんだ」


 どうやら彼女は、とんでもない労力を支払って長いこと潜伏していたらしい。

 私は、彼女に手を引かれるまま治療センターの地下へと連れて行かれた。

 樹木の幹を削って作られた、巨大な地下空間。その真ん中には、小型のドラゴンがいた。


「……まさか。これに乗って下に?」

「そ。私の血を輸血してあるから、この子も一緒に過去に行ける」


 テレシアさんがドラゴンの頭を撫でると、ドラゴンは気持ち良さそうに目をつむった。


「……でも、それじゃあ前の世界も私たちの存在も、改変されちゃうんじゃ」

「なに? 自分の存在がなかったことになるんじゃないかって心配してんの?」

「まあ、そりゃ。だってさっきまで、世界か自分か?の選択を迫られてたんだし」

「大丈夫。異聞保管庫に二階部分が増設されるだけだから」


 その口ぶりは。まるで見てきたかのような言い分だった。

 いつかの日。別れを惜しむような彼女の姿が脳裏を過る。

 ――「でも、こうしないと私たちがいなかったことになっちゃうから」。

 そう言っていた頃の彼女とは、違うということだろうか。


「さ、それじゃあ出発するから! しっかり掴まってて!」

「え、もう?」

「いくよ! ドラゴ1号!」

「ネーミングセンス!」


 キュイ!とドラゴ一号が威勢良く鳴いた。

 大きな音を立てて、向かって正面の扉が開く。爽やかな夜の風が吹きつけてくる。


「GO!」


 テレシアさんの言葉と共に、ドラゴ1号が走り出す。そして――空のただ中へと踊り出た。

 星々と雲の間を飛行する。

 島の中にいては感じられなかった、雄大な光景がそこには広がっていた。


「すごい……」


 思わず、声が漏れる。

 横を見ると、テレシアさんが「でしょ?」と言いたげな目を向けてきていた。


「ちなみに題目は、ほかの島の急患を救うための移動手段ね。さ、それじゃあ加速するよ」

「えっ。加速ってどのくらい?」

「過去へ突入するのに必要なだけ。大丈夫、時速は計測済みだから。……だから行こう、今度は一緒に」


 顔は違う。だけど、その泣き出す一歩手前みたいな笑い方には、見覚えがあった。


 ――ああ。間違いなく彼女だ。なにもできずに【落ちもの送り】の歌った、あの日の続きが今、ここにきてやって来たんだ。


「……うん!」


 私は、彼女の体にしっかりと抱きついて、加速に耐える。これから先は、ずっと一緒にいられるのだと信じて。


「よし! 行けぇ! ドラゴ1号! CALL : 4600°2′, 1215/1/1, 05 : 30――!」


 彼女がコードを唱えると、私たちの体が紫の光を帯びた。まるで夜を纏ってるみたいだ。

 そしてドラゴ1号は下へ行かずそのまま真っ直ぐ、横に加速した。

 落下しなくともいいのは、このナノマシンのおかげだろうか。

 私は耐えた。彼女にしがみつき、風に耐え、体が引き裂かれそうな予感を振り払い続け、――――やがて、風が止んだ。


「……着いた。ここが、私たちの、目指す場所」


 おそるおそる顔を上げると、東の空が白くなってるのが見えた。未明の空だ。

 そして、周囲を見れば。その未明の空の中を夜色の流星が走っているのが見える。さっき、私たちやドラゴ1号がまとっていたのと同じ色だ。


 ――ああ、なるほど。ここならたしかに、一緒にいられそうだ。


 この世界には、私たちの体に埋め込まれたナノマシンが普及してるらしい。それなら、確かに。私たちを追いかけ回す人達は、出てこない。


「ようこそ。第4600°2′世界へ」


 かじかんだ手で私の指を握り、彼女がそう言った。


(了)

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ここではない、違う空の下で 砂塔ろうか @musmusbi

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