第5章 ツーリングデートと恋愛お約束条項①
週が明けて、また一週間が始まった。
先週土曜のせいで美月が常にご機嫌であること以外はそう変わったことも起きず、月曜、火曜、水曜と過ぎていき――そして木曜の朝、ホームルームで柏の転校が告げられた。
各受業間の短い休み時間、柏の席は別れを惜しむクラスメイトが集まり別れの言葉を交わしていた。
そして――昼休み。
「姫崎くん――」
中庭に向かう為に教室を出た俺を、弁当袋を手にした柏が追ってきた。
「中庭に行くんだろう? 途中まで一緒に行かないか?」
「ああ、構わないけど――お前は教室で飯食うんじゃないのか?」
「自分で思っていたより空気が良くなくて――生徒会室に避難することにした。こんなことなら当日発表にすればよかったかな」
「みんな寂しいんだろ」
「言っただろう? 湿っぽいのは嫌なんだよ。明日もこんな雰囲気かと思うと気が滅入る」
勿論惜しんでくれるのは嬉しいけどね――そんな風に言う柏。
「転校に不安とかないのか?」
「あんまりないなぁ」
「……かもな。お前、あんまり物怖じしなさそうだし」
「そうかな」
「そうだろ。浮いてる俺にも遠慮なく話しかけてきたじゃんよ。俺は自分から話しかけたりできるタイプじゃないし、助かったよ」
「そんなことはなんでもないけど――でも姫崎くんには少しだけ感謝してもらいたいかな」
「……なにをだ?」
「我妻さんと君の役割交換を提案したことさ。我妻さんと距離が縮みそうじゃないか」
「余計なことをしてくれやがって、って思ってるよ」
「いい子じゃないか、可愛いし。気に入らないのかい?」
「……そうでもないから困ってるんだよ」
「姫崎くんは面倒臭いタイプなんだなぁ」
「俺も俺がこんなんだとは思ってなくて驚いてる」
俺がそう言うと、柏はからからと笑った。
「まあ、僕は君が我妻さんを気に入っていない方がいいんだけどね。会長に報われて欲しいし」
「……お前、」
「まあね。会長の目に誰かが映っているのは知っていたし、その誰かに僕がなろうなんてことは思っていないよ。だから会長が僕の転校を惜しんでくれるだけで十分さ」
そう言うと柏はふっと笑った。
「これ以上は何も言わないよ。この数日で姫崎くんが思いやりのある人だってのを知ったからね。僕がこんな風に言えば少しは気を遣うだろう? 君が会長を選ばないとしても、敢えて悲しませるようなことはして欲しくないからね」
「言わないと言った割には長尺のセリフだったぜ」
「君とおしゃべりするのが楽しくてね――おっと、今日も購買は込んでいるねぇ。それじゃあ僕はこのまま生徒会室へ行くよ」
そんな風に言って立ち去ろうとする柏に告げる。
「明日はお前の望み通り『またな』で済ませるから、今のうちに言っておくぞ」
「なにかな」
「……向こうに言っても元気でな。お前と友達になれて良かったよ。バイクに乗る気になったらなんでも教えてやるから連絡寄越せよ」
「……ありがとう、姫崎くん。僕も君と友達になれて良かったよ。さようなら」
また明日も――どころか昼休み後に教室で会うのに、柏はそう言って手を振っていった。
◇ ◇ ◇
「――ということがあってぼんやりしてたら購買でいろいろ買いそびれてな?」
ベンチで何もついていないプレーンな食パンをかじる俺と、可哀想なものを見る目を俺に向ける美月。その美月に事情を話すと、彼女は深い溜息をついた。
「それにしたって焼きそばとかチキンライスとかパン以外も売ってるじゃないですか」
「今日は何故か売り切れてて」
「……最悪カップラ売ってるじゃないですか」
「やや、焼きそばとチキンライスが全滅のせいでそっちも売れ行きいいみたいでな、商品はまだいくつか残ってたんだけど、お湯が」
「んもう……素パン食べてる人の横でお弁当食べにくいですよー」
「っつうかこの素パン仕入れる分減らして惣菜パンの仕入れ増やすべきだと思うんだよな」
「確かに謎メニューですよね」
言いながら美月が俺の手から素パンを取り上げる。
「や、それ取られたら俺食べるもんないんだけど」
「私がセンパイのご飯取り上げるわけないじゃないですか」
言いながら美月が自分の弁当箱からいくつかおかずをつまんでパンの上に乗せ、挟む。超即席のサンドウィッチだ。
「はい、どうぞ」
「お前のちっちゃい弁当からおかずもらうの気がひけるんだけど」
「私燃費いい方なんで大丈夫です。センパイはパンだけじゃ足りないでしょ?」
「……ありがとな」
「ユアウェルカム」
美月はにっこり笑って、
「パンパカパーン! みつき の れべるがあがった! ごーるでんうぃーく への きたいがたかまった!」
「……あ、はい」
……というか期待を高められてもな……ツーリングをナイトクルージングに変更したりできないぞ……?
「あいらしさ が ひゃく あがった!」
「なんだ、ただのクソゲーか」
「酷い!!」
「今日日パンパカパーンとか」
「そ、そこは別にいいじゃないですかー」
「時々思うけど、お前時々アクション古いよな。ガッツポーズおっさんぽいし」
「……なんでお弁当わけてこんなこと言われてんだろ、私」
「……日頃の行い?」
言ってみると、美月はにたぁっと笑って――
「とりあえず今晩からセンパイの罵詈雑言で喜べるようになる努力をしてみますね? 一晩で成果がでるかどうか、試しに明日出会い頭に私を罵ってみてください」
「全面的に俺が悪かった」
そんな脅し方をされたら謝るしかない。あと笑い方が怖い。
「っていうか、私ガッツポーズおっさんっぽいですか? ちょっとショックですね。女子のガッツポーズって普通可愛くないですか?」
「普通は可愛いと思うが、お前のは滲み出る『よっしゃあ!』感が強くて、ちょっと」
「『よっしゃあ!』って感じなんだから仕方ないじゃないですか」
「別に構わないけど、可愛さからは遠ざかるな」
「……この話広げても私がダメージを負う展開しか見えません……」
「そんなこと言われても。他に話したいことでもあれば聞くけど」
「じゃあじゃあ、GWはどこ連れてってくれるんですか?」
切り替えたようで、美月がにぱっと笑って尋ねてくる。
「あー、二ケツ初めてだしあんま遠いとこはな、やなんだよ」
「ふむふむ」
「そもそもお前、風通さないような上着持ってる?」
「やや、週末にライダース買おうかなって」
「やめとけ。たまにしか着ないのにライダースは高えよ。今回は上着、俺の着てないやつ貸してやる。運転するわけじゃないから手袋もライダー用じゃなくていい。冬物出しとけ」
「はーい」
「それとボトムスな」
「さすがにわかってますよー。厚手のジーンズに下にタイツ穿きます」
「ああ、そうか……そうだよな」
忘れてた、こいつ元の世界線の経験あるから今の俺よりバイク経験あるんだよな。
「……なんかお前乗せるの緊張してきたんだけど」
「かっこいいところ期待してます♡ で、どこに連れてってくれるんですか?」
「軽井沢と大町どっちがいい?」
どちらも地元から二時間弱といった距離。初めてのタンデムツーリングだ、このくらいが丁度いいだろう。
「軽井沢のショッピングプラザと大町の木崎湖ですか」
美月は逡巡し、
「何故その二択なんですか」
「距離的に丁度いいから」
「軽井沢一択なんですけど……」
「お前木崎湖舐めんなよ。湖の遊歩道から見る水中スターマイン半端ないからな?」
「GWに見れるんですか? だったら見たいですけど」
「いや? GWには無理だろ。夏の花火大会で見れる」
「軽井沢一択じゃないですか……」
なんでだよ。遊歩道歩いたっていいじゃねえか。
「ランチ食べてショッピングプラザでウィンドウショッピングしたいです」
「あいよ。じゃあそういう予定で」
俺の言葉に、美月は「――っ!」とガッツポーズを取った。
だからそれだよ……
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