第1章 恋愛お約束条項①

 ……………………そうかー。未来から来ちゃったかー。


「さようなら」


「わー、待ってください!」


 その場から立ち去ろうとする俺。我妻美月と名乗った自称未来人がそうはさせまいと俺の手を取る。うお、華奢で小柄なのに意外と力あるな?


「何で逃げるんですか!」


「お前が痛いからだよ! 未来人を自称するとか中二病か! 恋愛に中二設定を持ち込む女子は俺的に関わっちゃいけない人物ランキング二位だ! さようなら! 来世で会おうな!」


「中二病じゃないです! っていうかなんですかそのランキングは!」


「説明いるか? 関わっちゃいけないタイプの相手のランキングだよ!」


「参考までに一位を聞かせてください!」


「初対面の相手に出会い頭に愛してますとか言う女だ!」


「私だ!?」


 ベタフラッシュを背負って、美月。


「ワンツーフィニッシュおめでとう。ではごきげんよう、さようなら」


「さよなりません!」


「初めて聞く意思動詞だ!」


「私も初めて使いました。センパイが初めての人です♡」


「そういうこと言い出すのがもう痛い。痛々しい。マジでキツい」


「端的で簡潔な言葉責め……さすがです、センパイ。私が特殊な趣味を持っていたらメロメロになっているところですよ。じゅるり」


「なぜ涎を啜る。っていうかお前も大概だな? ここ校門前だからな? 言葉選べな?」


「わかりました。でも私はセンパイとお話しできるだけでも嬉しいので、センパイは好きに罵ってくれていいですよ」


「俺に特殊な属性つけるんじゃねえ!」


 俺は思わず叫んで美月の手を振り払う。


「くそ、なんなんだ、お前……」


「世界一センパイの伴侶に相応しいオンナです。彼女、恋人、嫁――センパイにとって私以上のオンナはいないと断言します」


 すげえヤンデレ発言だ。


「普通に怖い……」


「恋する乙女ですので」


「普通恋する乙女は怖いもんじゃねえよ。もっとリリカルで甘い感じのもんのはずだ」


「……それはさすがに女子に夢を見すぎでは? まあセンパイは彼女いない歴=年齢ですから仕方ないですね。これからちょっとずつ知っていきましょう?」


「ヤンデレ女子にそんなこと言われても。というかなぜそうだと決めつける」


「違うんですか?」


「……違わないけど」


 正直者の自分が恨めしい。


「ヤンデレ。知ってますよ。私はヤンデレじゃないです」


「知ってるのかよ。なら自分が見えてないにもほどがあるだろ。お前の発言まるごとヤンデレそのものじゃねえか」


 そう告げると、彼女は俺が思わずたじろいでしまうほど真剣に言った。




「私は例えセンパイが振り向いてくれなくても、センパイを決して傷つけたりしません。私がセンパイに愛されるより、センパイが幸せに過ごすことの方が重要だからです。センパイが本当に嫌がることは決してしません」




「……お、おう、そうか……」


 それはそれですごく重いが……


「――この無償の愛に、十年センパイを見続けることで誰より深まったセンパイへの造詣。センパイに最も相応しいのは私なのでは?」


「さらに痛い発言出てきたな? ストーカーじゃねえか! さようなら!」


 三度踵を返す。手を掴まれるのも三度目だ。


「待って! 今のナシ! 一途に十年間センパイだけを想ってたんです――これ! これに差し替えて!」


「もう遅え! 未来設定と混ざって痛い指数が爆上げだぞ! パワフル過ぎる! あと差し替えても普通に重い!」


「センパイが嫌がりそうなことはしてませんよー! 後尾けたりとか、夜中にお家鑑賞したりとか、誓ってしてません!」


「言葉の火力が高えよ! 対人地雷か! それしてるって自白してないか!?」


「してませんて! 待って! お話ししましょう? せめてちゃんと説明させてくださいよ!」


「断る! 俺の幸せを願って退散してくれ!」


「それは年中無休で願ってますけど! 私だってできたらセンパイに愛されたいんです!」


「先月まで中学生だった女子のセリフとは思えない! 帰らせてくれ!」


「――……私とお話しするのはそんなに嫌ですか。仕方ないです。この手だけは使いたくなかったんですが――ごめんなさい、センパイ。私も本意じゃないです。今日だけ、今日だけですから。ちゃんとお話しできたらもうこの手は二度と使いません。今日だけ許してください」


 不意に、彼のトーンが真剣なものに変わりその両目に決意の炎が灯る。


 その双眸に思わずごくりと唾を呑んだ俺に彼女は言った。


「――こんな痛いオンナを一方的に袖にして、卒業まで二年間――つきまとわれないとか思ってます?」


「……近くにウチの生徒があんまり利用しないカフェがあるんだ。そこに行こうか」


 俺の言葉に彼女はにっこりと笑った。日和ったわけじゃない。円満的な解決策を模索したいと考えを改めただけだ。ほんとだ。




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