第1章 恋愛お約束条項②

「いいか、穴場でお気に入りの店なんだ。マジで暴れたりしないでくれよ」


「しませんよー。センパイとお茶できて嬉しいです!」


 俺はにっこにこの彼女を連れて学校から徒歩十分、商店街の奥まった場所にある隠れ家的なカフェを訪れていた。夜はお酒を出す店で外観もそういった雰囲気が強いせいか、何度も訪れているがウチの生徒を見たことがない。というか陽が出ている間に他の客を見たことがない。


 経営が心配になって尋ねたことがあるが、深夜帯は繁盛しているらしく、昼間の営業はマスターの趣味なんだそうだ。


 そのマスターの趣味のお陰で落ち着いた雰囲気の店を貸し切り状態で美味いコーヒーを飲める。まさか出会って即座に愛してるとか言い出す後輩女子を連れてくることになるとは思ってもみなかったが、マスター一人で回しているこの店ならこいつの痛い話を誰かに聞かれることもない。


 営業中かどうかぱっと見では分かりづらいその店につき、入り口の扉を押し開ける。カランとドアに取り付けられた来客を知らせる鐘が鳴った。


 カウンターの奥で雑誌を広げていたマスターと目が合う。


「いらっしゃい」


「こんにちは。奥のテーブル使わせてもらいますね」


「好きな所に座って。見ての通り、他に客もいないからね」


 いつも一人で来るときはカウンターへ座るのでそう告げる。マスターは渋い声で答えて笑った。ありがとうございますと伝えて美月を伴って奥のボックス席へ。彼女は言いつけを守っているつもりか黙って俺に着いてきた。


 一番奥のテーブルに彼女と相対するように座る。腰を落ち着けると、早速といった表情で彼女が口を開く。


「あの、センパイ」


「マスターに君の話を聞かれたくない。話は注文が来てからにしよう」


「あ、はい。そうですよね」


 主導権を取ろうと意識的に強く言ったが、こう素直に応じられると罪悪感が湧いてくる。


 テーブルの端にあるメニューを美月に渡してやる。彼女はそれにさっと目を通し、それを俺の前に広げる。


「もう決めたのか?」


「はい、私はブレンドで――正直センパイと一緒で舞い上がっちゃってるんで、何を飲んでも味なんてわかりそうにないですけど」


「露骨なセリフを言いやがって」


「本心ですよ?」


 にこりと笑う美月に悪態をついて、目の前に広げられたメニューをしまう。俺の注文は決まっている。


 メニューを片した頃にマスターがグラスと水の入ったピッチャー、おしぼりを運んできてくれた。


「マスター、ブレンド二つ」


「はいよ」


 注文を告げるとロン毛にひげのマスターはぶっきらぼうにそう言って去って行く。三十半ばと聞いている――愛想がなくて接客業が務まるのかと心配になるが、格好いいおっさんだ。


「雰囲気のいいお店ですね。貸し切りなのがもったいないです」


「だろ? だから通いにくくなるようなことをでかい声で言うなよ」


「はいです」


 歯切れ良く返事をし、彼女はそれきり口を噤んだ。沈黙が訪れ、マスターの趣味で店内に流れる五十年代の洋楽がやけに大きく聞こえていた。


 しかし――改めて正面に座る彼女――我妻美月はえげつないほど可愛かった。


 目が合うと照れた様にはにかんで見せるのがまたえぐい。口を開かない――すなわち痛いことを言わない彼女は完璧な美少女に見えた。


 だからこそ意味がわからない。


 ほどなくマスターが俺と彼女の前にマグを運んでくれた。そのマスターが定位置であるカウンターへ戻るのを待って――


「……やっとお話しできますね。センパイ」


 彼女――我妻美月は蠱惑的にも見える微笑みを浮かべた。




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