第1章 恋愛お約束条項③
「不幸な事故により行き違いがあってセンパイは誤解してるみたいですが」
「事故というか必然だったと思うけど」
「不幸な事故により行き違いがあってセンパイは誤解してるみたいですが!」
「……もうそれでいいから続けろ」
「私は痛くないですよ? 私、中二病じゃないです」
「……つまり未来人発言は嘘だった?」
だとしたらすごい度胸と実行力だ。どんな思考回路でそんなことを思いついたのかは知らないが、未来人という嘘を吐くことで俺に強烈なインパクトを与えることには成功している……悪印象だが。正直今の時点でこの少女――我妻美月を意識せずに高校生活を送るのは難しいと思える……意識的に避けていきたい。
「いえ、そこはガチなんですけど」
「めちゃめちゃ痛い」
「違うんですよー。ホントに未来からタイムリープしてきちゃったんです、私。嘘じゃないから痛い発言じゃないですよね?」
「……十分痛いけど卒業までつきまとわれても困るから聞くだけは聞いてやるよ。タイムリープ? 確か十年後から来たとか言っていたよな」
「はいです。実はこの時間軸に巻き戻ったのは入学式の前の日の朝だったんですけど」
これからタイムリープ設定の与太話を聞かされるのか……陰鬱な気分で適当に相づちを打つ。
「それで?」
「その前の晩――本来私がいた時間軸で、仕事が終わってセンパイと待ち合わせいたファミレスに行ったんです」
「君が元いた時間軸で俺と君は友人かなんかだったわけ? それとも付き合っていたりするの?」
「いえ、特別な関係ではなかったです。友達以上ではあったと思いますけど、男女の関係に進む気配はなかったです。センパイには彼女がいたので」
「へえ。どんな人?」
何気なく尋ねると、初めて彼女は不快そうな表情を見せた。上目遣いで俺を睨む。
「それを私に聞きます?」
肩を竦めると、彼女は嘆息して話を続けた。
「久しぶりにセンパイにご飯誘われて、私舞い上がってファミレスに向かったんですよ。ファミレスであそこまで喜べるなんて、我ながら安いオンナです」
「いやちょっと待って。俺彼女いるのに他の女を飯に誘うような男なの?」
作り話としても酷い。思わず声をかけると、彼女は首を横に振った。
「私の知る限り、センパイが恋人以外で食事に誘う女は私だけですね。一応十年後輩やってますので。そういう意味じゃちょっとだけ特別だったかもしれないですけど」
「ふぅん」
なんとも言えない話だ。
「そこでセンパイとご飯して――その後にセンパイから言われたんです。結婚するから、こうして一緒に食事をすることはもう出来ないって。先輩後輩として長い付き合いになるけど、結婚する以上けじめはつけなきゃならないって。笑顔で『おめでとうございます』って言えた自分を褒めてあげたいです」
「俺、二十七で結婚する設定か」
「設定じゃないです! ……センパイと別れて、私わんわん泣きながら帰りました。すっごい後悔しました。私は高一からずっとセンパイが好きだったのに、どうして結婚の報告されてるんだろうって。なんでもっと一生懸命になってセンパイの特別な人にならなかったんだろうって。それで――」
「……それで?」
「……気がついたら高校の入学式前日の私になってました」
「……その話が現実だと仮定して」
仮定に力を込めてそう告げると、彼女は不満げな表情を見せた。それをスルーして続ける。
「その帰り道に何かが起きてタイムリープした、ってことか?」
「フィクションあるあるなら車に轢かれたとかですかねー。ガン泣きでふらふら歩いてたんで車道に飛び出しちゃったのかも。で、若返った私は最初夢だと思ってて。随分リアルな夢だなーと思って一日過ごしたんですよ。そして寝て起きたら入学式の当日で。どうやらこれは夢じゃないぞと」
そうして美月は決意を露わにするように胸元で両手を握って――
「二、三日過ごして元に戻る気配がなくて――ああこれはチャンスだと。センパイの特別になるチャンスだと。遠慮して頑張りきれなくて『彼女ができた』って私に報告するセンパイに悲しい気持ちでおめでとうございますって言い続けた私と決別するチャンスだと思いました」
「で、さっきのあれか」
「はいです。『愛してます』です」
……百歩譲って、整合性はとれてる……か?
「ちょっと聞きたいんだけど」
「スリーサイズですか? 上から――」
「そういうのはいらない。俺と君――」
「――美月です、センパイ」
言いかけた言葉を彼女に遮られる。
「……は?」
「私のことは美月って呼んでくれませんか? センパイによそよそしい呼ばれ方をするとここがきゅっとするんです」
彼女はそう言って自分の胸元を指し示した。やや上目遣いで、真剣な面持ちで。
「……お前、ずるいなぁ」
「……何がですか?」
「わかっててやってるだろ?」
「勿論です。容姿はちょっと自信があるんですよ? センパイが褒めてくれたので」
そら俺じゃなくても褒めるだろうよ。というか彼女の言葉が真実だとしたら、それはそれで今度は彼女の時間軸の俺が信じられない。この美少女に好意を向けられて他の女を選んだのか……どんだけモテてたんだ、そっちの時間軸の俺は。
「……………………俺と美月は」
「――っ!」
俺の言葉にガッツポーズをとる美月。やりにくい……
「俺と美月は今年から十年付き合いがあったんだよな? それで美月はずっと俺が好きだったと。自分で言うのも何だが、それだけ時間があってなぜお前に陥落されなかったんだ、俺は」
「……本来私がセンパイと出会うのは今年の文化祭なんですけど」
「文化祭?」
「はいです。他校生に絡まれていた私を、生徒会執行部だったセンパイが見回り中に見つけてくれて助けてくれたんです。それで私、一発でメロメロに」
「待て待て」
なにやらうっとりとした表情を浮かべる美月に待ったをかける。
「? なんですか?」
「まず俺は生徒会執行部に所属していない。あとお前がチョロ過ぎる」
「ああ、生徒会ですか。確かにセンパイは今現在生徒会執行部ではないんですけど」
ウチの学校では十月末に生徒会役員選挙が行なわれる。任期は一年。実質的に九月末の文化際が最後の大仕事で、その後は新生徒会への引き次ぎ準備と選挙管理委員会と連携した新生徒会役員選挙。それが終わって引き継ぎが済めば解散――といった流れになる。
そして俺は生徒会役員ではないし、その下部組織に組み込まれるクラス委員も務めていない。
「センパイのクラスの委員長さん、生徒会の庶務も兼任されていらっしゃいますよね?」
どきりとした。確かに去年、ウチのクラスから立候補して当選していた。なぜそれを――いや、そんなことちょっと調べればわかることだ。
「……それが?」
「委員長さん、お父さんの急なお仕事の都合で今月半ばに転校してしまいます。それで役員と下部組織の一員である委員長さん――実質二人分の欠員を出した生徒会は、その補充要員として成績優秀者の先輩を生徒会にスカウトします。センパイはそれを受けて生徒会の役員になるんです。クラス委員長の方は別の方が任されたようですけど」
「……面白い設定だ。十年後から現在にタイムリープしてるならそらこれから起こる出来事も知っているわけだ。なるほどな。でも生徒会の欠員補充の要請なんて強制力ないだろ? 俺がそんな面倒な仕事を受けるとは思わないな」
「……本当に?」
俺を試すような口ぶりの美月。
「……補充要員にセンパイを指名したのは深町先輩です。深町先輩に熱心にお願いされても、センパイは生徒会入りを拒否できますか?」
不意に彼女の口から出た名前に、再び俺の心臓がどきりと跳ねた。
「――……、どこまで知ってる?」
「今センパイが隠したいと思っていることはおおよそ全て、です」
そう言って美月は先と同じように――年齢に似合わない妖艶な笑顔を見せた。
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