第1章 恋愛お約束条項④

 深町先輩。フルネームを深町柑奈という。三年生。現生徒会長を務める先輩で、成績優秀、容姿端麗、ついでに昨年の文化祭の人気コンテスト(実質的なミスコンだ)で一位を獲った我が校きっての佳人である。


 俺は確かに柑奈さんと浅からぬ縁がある。しかし学校ではなるべく関わらないようにしている。俺は有名人である柑奈さんと関わって目立ちたくないし、柑奈さんには悪目立ちしている俺と関わることで評判を下げて欲しくない。


 幸い柑奈さんもその辺りの俺の心情を汲んでくれていて、学校では行き会っても視線で挨拶を交わす程度だ。彼女がそんな願いを俺にするとは考えにくい。


「――あの人が俺にそんなことを頼むとは思えない」


「でしたら本人に直接聞いてみたらどうですか? センパイはこの後深町先輩のお家にお邪魔するんですよね? 本人に補充要員が必要になったら誰に頼みたいか聞いてみたらいいですよ」


 ――もう疑いようがない。美月は俺と柑奈さんの関係を知っている。


「だから、タイムリープは設定じゃないんですよ。センパイがたまたま転んで怪我をして動けない柑奈さんを先輩だと知らずにお家まで送ってあげてご両親にいたく気に入られたことも、その縁で校則違反のバイク通学をするためのバイクの隠し場所として庭先を貸して貰えることになったことも、そのことが漏れないように学校では柑奈さんと敢えて交流しないようにしていることも、全部知ってます」


「……どうしてそれを。どこで知った?」


 美月の言葉は真実だった。バイト帰りに道に蹲っている女性を見かけ、声をかけたのは去年のことだ。美月が言ったように『自宅が近所』ということで肩を貸して送ってあげて、柑奈さんのご両親にえらく気に入られた。若い頃に俺と同じ車両に乗っていたということもあり、親父さんは「若いうちは少しぐらい冒険するくらいでいい」とバイクの隠し場所として庭先を快く貸してくれた。


 バイク通学が校則違反なのは俺だけじゃなく深町家も承知の上だ。柑奈さんからこのことが外部に漏れることはない。


「どこでって、元の時間軸でセンパイから。口外はしないので安心してください」


 柑奈さんから秘密が漏れることは有り得ないし、俺自身、深町家に出入りする際は細心の注意を払っている。制服のままではバイクに乗らないし、特に下校時は周囲に人がいないか確認しているほどだ。


 彼女は本当にタイムリープしていて、未来の俺からこのことを聞いた? 委員長も二ヶ月後に転校する? ……そんな馬鹿な。


「……ちょっと私の話を信じる気になったって顔してますよ」


「……どうかな。で? 俺が生徒会に入ったとして、どうして」


 厳密に言えば生徒会執行部だが。


「私がセンパイに迫りきれなかった、でしたね。簡単です。生徒会に入ったことでセンパイと深町先輩の距離が一気に縮んだからです。私が先輩と知り合ったときには既にセンパイと深町先輩はかなり親しくて、割って入る隙がなかなかなくて――」


「……その話の流れだと俺と柑奈さんが付き合い始めるように聞こえるんだが」


「そう言ってるんですよ。深町先輩の卒業を機に二人はお付き合いを始めます。私は高校在学中、仲の良い後輩以上にはなれませんでした」


「じゃあ、俺の結婚って――」


 柑奈さんと? と尋ねると美月は首を横に振る。


「センパイと深町先輩はセンパイが大学三年生の時に別れます。センパイは深町先輩を追って同じ大学に進学するんですけど、サークルにハマってそっちに時間割くことが多くなって。深町先輩の方は就活で知り合った大学のOBと距離が縮まって……まあ有り体に言えばセンパイがフラれた形ですかねー」


 まじかー。別に付き合ってもいないのにフラれたと聞くとちょっと凹むのは何故だろう。


「……ちなみに俺は何のサークルにはまるわけ?」


「自動二輪部です。ジムカーナを始めてめっちゃハマってました」


「ありそう……」


 ジムカーナとは車やバイクの競技だ。テクニカルなミニコースでタイムを競う競技で、実力によって選手はカテゴライズされるため、他の出場者ではなく自分のタイムと向き合うレース。


 レースはレースなので車両やパーツにある程度金はかかるし、相応の練習も必要だ。高校生の俺にはなかなか手が出せない競技だが、興味はある。進学先の大学にジムカーナに力を入れている自動二輪部があれば入部してしまいそうだ。


「で、二人が別れたのはセンパイを追って同じ大学に進学した私にとっては大チャンスだったわけですよ。フラれた直後のセンパイを慰めて一気に距離を縮めたかったんですが――」


 そう言う美月の語勢がだんだん弱くなっていく。


「ところで私、センパイの気を引きたくてセンパイと同じ自動二輪部に入ったんですよ。センパイに教わってジムカーナも始めまして」


「……お前すごい行動力あるね?」


「それだけセンパイが好きなんですよ?」


 美月は暗い表情を一瞬だけ追い払い、にこっと笑ってみせる。不意打ちは止めてくれ……


「――センパイたちが別れたって話を聞いたとき、私ちょうど入院してまして」


「……どっか悪いのか?」


「いえ、体は健康です。練習でコケちゃって足を折ってしまったんです。センパイが時々お見舞いに来てくれたんでそれは嬉しかったんですけど、退院する頃にはセンパイは一年の女子とくっついてました。あの子の勝ち誇った顔は今でも忘れられません……私はまた想いを告げられずに片想い続行です」


 ぐぬぬ、と美月が唸る。


「……じゃあ俺はその子と結婚を?」


「いえ。その子はなんて言うか……猛禽系と言いますか、とりあえず人気高い男子なら誰でもいい的な子で。大学でも深町先輩は美人で有名でしたから、その彼氏だったセンパイっていうブランドが好きだったんです。半年保たずに別れましたよ。次のターゲットはテニサーの先輩男子でした」


「……流れ的にこのチャンスもお前は逃すんだよな?」


「ええ。まあ……センパイモテすぎなんですよ! 今度こそと思って風邪で寝込んだセンパイのアパートにお見舞いに行ったら四年の先輩に押し倒されてるし! なんなんですか!」


「それ本当に俺か……? 今まで生きてきてモテた試しがないんだが」


「現状私と深町先輩にモテてますし、センパイ女子人気高いですよ?」


「……全然信じられん」


「――来年の文化祭で写真部がこっそり生徒の写真を販売するんですけど」


「待て待て、そんなもん学校側が許さないだろ」


「だからこっそりですよ。校内風景を撮る体で対象の生徒を撮って、展示。それを欲しい生徒が個人的に写真部に焼き増しを依頼するって形でした。センパイの写真は全校生徒で第二人気、男子じゃぶっちぎりで一位だったそうです」


「なんでそんなことまで知ってるんだ」


「買った時に聞きました♡」


 嬉しそうに美月が言う。


「買ったのかよ……」


「ちなみに一位は不肖私です。今まさにセンパイの手に人気一位の私と付き合えるチャンスが!」


「いらねえ。つか自分の写真が売られてて平気なのかよ」


「あんまり気持ちよくないです。たまたま見かけた展示に私の写真があって、人の写真を勝手に展示するなって写真部に文句言ったんですよ。そしたら好きな男子がいたらいくらでも写真撮るから見逃してくれって。私とセンパイの写真の売り上げで足りない部費賄うんだって泣きつかれちゃいまして。センパイが卒業するまで隠し撮りいっぱい撮ってもらいました♡」


「俺生徒会入って写真部潰すわ」


「どうぞどうぞ。今回は写真なんかじゃなくて現物を手に入れるつもりなので」


「……んで、俺はその四年生の女子と結婚するの?」


「いえ。その人とは二年くらい続いたんですけど、結局相手の浮気で破局しました」


「……俺フラれてばっかだなぁ」


「私を選んでくれないからですよー。私なら一生センパイを離さないのに」


 上目遣いでそういう彼女。あざとい……


「……もう結婚の話はいいや」


「そうですか? まあそんな感じで私も間が悪くて、先輩と恋人関係になれませんでした。でもそのお陰なのか、センパイが大学を卒業する頃には私が唯一の友達みたいな感じになってたんです。センパイモテすぎて男子に嫌われてたし、センパイはあんまり悪くないけど女性関係が華やかだったせいで気のない女子には女の敵認定されてましたし。だったらもう妹的ポジション死守で、センパイが幸せになるのを見届けるのもありかなって思い始めてたんですよ、あの日までは」




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