第1章 恋愛お約束条項⑥
「入学式の日って二年生と三年生は来ないじゃないですか。週明けて、登校するセンパイの姿を見つけるまで不安で仕方なかったです」
「……不安? なにがだよ」
「……タイムリープなんて現実離れした有り得ないことを体験して、そのことを誰にも言えないで――不安じゃないわけないじゃないですか」
「あー……その話、親御さんには?」
尋ねると美月は首を横に振る。
「言えるわけないですよぉ……私、センパイに出会うまでは無趣味で根暗で、学校終わったらまっすぐウチに帰って、やることもないからひたらすらお母さんのお手伝いして……そんな娘がタイムリープとか言い出したら両親どう思うと思います? 友達いなさすぎていよいよ変になったと思われますよ」
「だからって俺に言われてもなぁ……」
「両親はきっと私を世界一愛してくれてると思うんですけど、私が世界一愛したいのはセンパイなので」
……なかなか破壊力高いことを言いやがって。
「理由になってねえよ」
「そうですか?」
嘯くように言って笑う彼女。その笑顔が本心からのものなのか、それとも取り繕っているだけなのか――判断できない。
「……元の時間軸に戻りたいとは思わないのか?」
「ないわー、です。今だってセンパイの結婚報告思い出すだけで泣けてきちゃうのに。高一からずっと片想いだったんですよ? センパイが好きーってだけで楽しかった時期もありましたけど、来年以降はもうずっとセンパイが他の女子と付き合っているのを一番近くで見続けたわけですから。あの世界に戻るのは嫌です。この時間軸でセンパイと添い遂げたいです」
「さらっと重いワードぶち込んで来やがって……」
油断も隙もねえ。俺のSAN値が心配だ。
「というわけで、是非私をセンパイの彼女に」
「断る」
「……今OKする流れだったのでは?」
「流れなんて知るか。俺は俺の意思で生きる。誰にも流されない」
「無駄に格好いいことを……もっと軽く考えましょうよー。彼女がいる高校生活想像してみてくださいよー。楽しそうでしょう?」
「いや、俺バイク通学を親に黙認させるために成績上位維持しなきゃなんねえし、バイクの維持費稼ぐためにバイトもしてるから。そんな浮かれた生活をする暇はない」
「そう言えばそうだった!!」
がびーんとΣを頭の横に浮かべる美月。
「だから深町先輩はセンパイの負担にならないように卒業まで告白我慢したのかー……いやいや、私もセンパイの負担にはなりませんよー。センパイがお暇の時だけお呼びいただければ! 何を隠そうこの私、センパイにとって世界一都合のいいオンナを自負してます!」
「それは自負しちゃダメなやつだろ。一生隠しとけ」
「元の時間軸の私を考えれば都合のいいオンナでも大出世なので」
「なんかめちゃめちゃ罪悪感湧いてくるようなこと言わないでくれない?」
いや、俺は決して悪くないのだが!
「というわけで私をセンパイの都合のいいオンナにしてください」
「却下だ! 人聞きの悪いことを言うなよ――まあ、なんだ……意地張っても仕方ないし、認める。さっき言ったようにお前黙ってれば可愛いし、話しててもなぜか嫌じゃない」
「センパイがデレた! 私、今すっごいきゅんきゅんしてます!」
「するな。で、可愛いから付き合うかってまたそれは別の話だろ。付き合ったりしたらなんつーか、その、色々あんだろ」
「色々?」
「……婚前交渉、とか」
告げると、たっぷり間を置いて美月が尋ねてくる。
「え、センパイは昭和の人ですか?」
「なんとでも言え。婚前交渉が絶対ナシだとは思わないよ。でも結婚を意識しないでそういうことをするのは無責任だろ?」
「やや、そんなに難しく考えることなくないですか? 恋愛=男女の関係が全てじゃないじゃないですよ」
「俺だってそう思うよ? もうちょっとたおやかなもんだろ。けど行き着く先にそういうもんがあるのは否定できない。少なくともある程度相手に責任を持つ覚悟がなきゃ付き合ったりできないってのが俺の持論だ」
「今、センパイの責任感の強さにときめけばいいのか、頭の硬さに呆れたらいいのかちょっと迷ってます」
「うるせえよ……で、だ。お前と結婚とかもう全然ないだろ? 付き合うとかねえよ」
「……全然ないはひどくないですか?」
「じゃあお前は初対面の男子に『世界一あなたの伴侶に相応しい男です付き合ってください』とか言われて結婚意識して付き合えるのか」
「いやそりゃもうお断りさせ――いえいえビッグウェルカム!」
「そういうところだよ」
「ええー……でもそれにしたって極論過ぎません? センパイのさっきの言葉だと、自分が既に相手を好きになっていないとお付き合いはできないってことですよね? それってもったいなくないですか?」
「告白されたのにもったいないってことか? そんな即物的な――」
「いえいえ、そういうことではなく。私に告白されて、でも初対面で――現在私を好きじゃないからお付き合いはできない――センパイが将来的に私を好きになる可能性を無視してますよね。私の好意を無碍にするのは――まあ悲しいですけどセンパイの自由意志です。でも私を知って、私を好きになってくれるなら私はきっとセンパイを幸せにしてあげます。私を知ってくれればそういう可能性も選べるんですよ?」
美月は俺に問いかけるようにそう言った。
……む、むむむ。
「……一理あるかも知れない」
答えると、美月はぱぁっと表情を輝かせる。
「今まで自分の恋愛観について考える機会なんてなかったからな。漠然と男らしくとか責任を持ってとか考えてた。そうなー……目から鱗とまでは言わないけど、自分が相手を知ることも必要だよな。相手を知らなきゃ好きも嫌いもないわけだし。美月が言うとおり、相手を知らないからごめんなさいは視野が狭かったかも知れない」
「そうです! 素直なセンパイ可愛い!」
「やかましい」
「そしてここで素敵な提案が!」
「嫌な予感しかしないから帰っていい? 話聞いたからもうつきまとったりしないよな?」
「たった今恋愛観アップデートしたじゃないですか! なぜそんなに頑ななんですか?」
「お前に関しては痛い重い怖いの三重苦が確定してるから」
「即答だ!? ……いや、それも私にハマってさえくれれば素敵ポイントに反転するというか、燃え上がりポイントでメロメロにというか」
「……それもう共依存の世界じゃねえの……? まあいいや、お前のガッツに免じて聞いてやるよ。なんだ提案て」
「なんだかんだ言って優しい先輩が好き」
「さようなら」
伝票を持って立ち上がる。
「ああ、恋する乙女ゴコロを伝えただけじゃないですか! 提案を聞いてくださいよー!」
去り際に腕をがっしと掴まれる。力が強そうには見えないのに必死なのかなかなかの筋力を発揮され、俺は足を止めることを余儀なくされた。
「……これ以上話をしても無駄だと思うけど?」
そう伝えて渋々着席すると、美月はにやりと笑う。
「ふっふっふ――それはどうでしょう? 私は全てをクリアする素敵な案を思いつきましたよ」
「じゃあ早く言え。もう疲れたから帰りたい」
「ぐ――基本善人で女子供に親切な先輩がそうまではっきり言うとは――さては本気で帰りたがってますね?」
「そう言ってる。早く言わないとマジで帰るぞ」
「ああ、言う! 言いますから!」
芝居がかった身振りの美月を凹ませると、彼女は慌てて――しかしそれでもその言葉を口にするときは、本気で、真剣に――
「――私と恋愛シミュレーションをしましょう?」
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