第5章 ツーリングデートと恋愛お約束条項⑦
昼前に美月と待ち合わせしたコンビニに着く頃には空は藍色になっていた。まあ、高校生がデートして解散するには早すぎず遅すぎずと言った頃だろう。
バイクを停車させて車体を安定させると、タンデムシートから美月がひらりと降車する。
「運転お疲れ様でした、センパイ」
メットを脱いだ美月が頭を振って髪を梳きながら言う。
「おう、お疲れ」
エンジンを停車させ、スタンドを下ろす。俺もメットを脱いでそう返すと、美月は凄く嬉しそうな表情で、
「センパイ、帰りに思ったんですけど」
「うん」
「二人でインカム買いませんか?」
美月が言うインカムというのは、ヘルメットに装着するタイプのヘッドセットだ。本体をメットの外側、薄型イヤホンとマイクを内側にセット、端末同士を同期することでバイクの運転中も同行者との会話を可能にするアイテムである。
昔はどうか知らないが、現在のツーリングアイテムとしては割と常識的なアイテムである。
――が。
「……結構良い値段するじゃんよ、あれ」
「やや、入門カテゴリなら意外と手が届く値段ですよ? 走行中はタンデムでも会話なんてほとんどできないじゃないですかー。おしゃべりしながらなら絶対もっと楽しいですよ」
「やあ、まあ……そうな」
……確かにそうかも知れない。
「いいかもな」
「センパイが一人で乗ってるときも、スマホと接続して音楽聴けたりしますよ、絶対いいですよー。センパイのライダース(これ)のお陰で上着代浮いたんで、私が買ってもいいんですけど」
美月はそう言って今日下ろしてやることになったライダースを見せるようにくるりと回ってみせた。むう……可愛い。可愛いが、俺があげたものを着ている姿を見て「萌え袖が可愛い」などと言った日にはどれだけ調子に乗るかわからない。一瞬で恋愛交渉禁止令に抵触してきそう――どころか不純異性交遊に踏み切ってきそうだ。
「似合わねえなぁ」
「男物だからですよ! 私が着てて嬉しいからいいんです! あとこういう時は嘘でも可愛いって言ってくださいよー」
ぷんすか、と美月。
「はいはい可愛い可愛い」
「……えへへ」
おざなりに言ってやると、それでも嬉しそうに美月は微笑んだ。こんな言い方でも嬉しいのか。女の子ってのはわかんねえな……
「まあ、気に入ったなら良かったよ」
「改めてありがとうございます。お礼に熱いベーゼを」
「恋愛交渉禁止」
「ほっぺにキスはもうしたし、キスは解禁ということでどうでしょう」
「そういやあれのペナルティ課してねえな」
「今日は優しい気持ちで見逃すって言ってたじゃないですかー。さあセンパイ、熱いキッスを」
わざとらしく口を突き出す美月。
「ねつ造するな。発言を聞き逃しても行為を見逃すとは言ってない。あと変顔やめて? 面白いから」
「女子のキス顔を変顔とは!!」
いや、キス顔ってのはお前がカラオケで見えたああいうやつだよ。決してひょっとこのような顔のことじゃないよ……
「あれは特別だ。大体シミュレーションで手出すとかねえよ。もっとこう……プラトニックな感じの体験をするためのものだったはずだ。今後はナシだからな」
「――くっ、さすがセンパイ。押しに弱いのに頑なだ」
「うるさいよ」
「でもセンパイの誕生日に特別があったんですから、私の誕生日にも特別があってもいいですよねー?」
にやにやと美月が笑う。まあキスは別として、あんな風に祝われてこっちが祝わないってのはどう考えてもない。
「……いつだよ」
「八月二十一日です。夏休み中なので朝から晩まで空けておきますね?」
「……遺憾だが憶えておいてやる」
「カリカノの誕生日が遺憾ですかー……アレですよ、なんだったらプレゼントはキスだけでいいですからね?」
「夏前にバイト増やしとくな?」
「キス嫌宣言!? カラオケボックスじゃまんざらでもないって顔してたのに!!」
「ばっ……してねえよ!」
「ホントかなー?」
上目遣いでじりじりとにじり寄ってくる彼女。懐に入ってくる前に待ったをかける。
「それ以上近づいたら禁止令に抵触したとみなして休み明けの最初の弁当の日はなしにする」
「ぐっ――効果は抜群だっ……」
にじり退る彼女。中々面白いやつだ。
「――だいぶ話が逸れたが、お前が俺の分までインカム買うってのはナシだ。買うとしても自分の分は自分で。それで、お前インカム詳しいの?」
尋ねると、美月は褒められたい子犬のようにぴょこんと跳ねて、
「元の世界線では使ってました。今のセンパイよりはちょっとだけ詳しいかもです」
「……値段とモノで折り合いつきそうなやつ調べてくれよ」
「任されました♡」
かしこまりー、と敬礼の真似をする美月。
そして、
「――で、どうでした?」
「あ? 何が?」
「今日は楽しかったーで終われそうですか? 私はセンパイに掴まって帰ってくるの、すっごいドキドキして幸せでした!」
今日一番の笑顔で言う美月。途端に帰り道のことが鮮明に思い出される。停車・発進する度に美月が密着してくるので、背中越しに感じる彼女の――……
「……顔が赤く見えるのはセンパイも私と同じ気持ちということでいいですか?」
「や、夕方だし。夕陽のせいだな」
「もう陽は落ちてますが?」
美月の顔が小悪魔的なそれに変わる。
「あー、いや、なんだ」
「センパイさえ良ければいつでもああして差し上げますよ?」
「――あの乗り方は禁止令に抵触するので今後禁止とする。タンデムの時はベルトとグラブバーで頑張れ」
「攻めすぎた!?」
美月が目をぐるぐるさせて頭を抱える。
「待ってセンパイ! あのですね、センパイも嬉しくて私も嬉しいうぃんうぃんな感じなんですよ、抱きつきタンデムは。いいじゃないですか解禁しましょうよセンパイも背中幸せだったでしょう? 私も前面幸せでした!」
「俺がルールブックだ」
「……くぅー、男らしくてちょっとカッコイイです……」
まくし立てていた美月ががくりと肩を落とす。覆らないということを悟ったらしい。
「……でも、頑張れってことはまたタンデムでどっか連れてってくれるんですか?」
「……まぁな。ライダースもメットも使わなきゃもったいねえだろ。それに――」
「――それに?」
「……まあまあ楽しかったからな」
「なんで憮然として言うんですか」
「認めると負けた気がする」
「何と戦ってるんですか……」
はあ、と溜息をつく美月。しかしすぐさまさっき見せた今日一番の笑顔に戻り、すっと一歩寄ってきた。そして俺の手に自分の手を添えて、
「今日は本当にありがとうございました。こんなに楽しい日を過ごせるなんて夢みたいです。またツーリング誘ってくださいね?」
「あ、ああ――まあ、うん。おう」
「照れてるセンパイ可愛いです♡」
「うるさいよ」
「ツーリングとは言いませんけど、GW中にもう一回ぐらいは会ってくれますか?」
「……ウチは別に家族でどっか行ったりしないから。バイトもあるし。お前の方の家の予定決まったら連絡寄越せよ。バイトの合間にカフェぐらいなら付き合ってやる」
「やった!」
美月は両手を胸元で握り、ぴょんと飛び跳ねる。なんだ、可愛いガッツポーズもやればできるんじゃんか……
「はー、今日はもう幸せすぎて絶対寝れませんよ」
「元の世界線で経験あっても、今のお前はタンデム初めてだろ? 知らないところで絶対疲れてるはずだから、風呂入ってベッドに横になれば嫌でも眠れる」
「疲れてるのはきっとセンパイもですよねー。暗くなっちゃう前にお家帰ってくださいね?」
「おう、そうする」
「……じゃあ名残惜しいですが解散にしましょうか。私、センパイ見送りたいので先行ってください」
「や、本当に家まで送らなくていいのか?」
見送ると言い出した美月に尋ねるが、彼女は首を縦に振った。
「大丈夫ですよ―。ここから何分もかからないので」
「そうか――んじゃ先帰るぞ」
「はいです」
美月の返事を聞いて、ヘルメットを被りエンジンをかける。
「じゃあな。予定決まったら教えろよ」
「はいでーす。センパイ、帰り道お気をつけて」
「さんきゅ。またな」
「はい、また!」
告げると、美月はそう返して手を振る。頷いて応え、クラッチをつないで発進。道路に出てもサイドミラー越しに美月はずっと手を振っていた。俺も片手をあげて返して――
そうして俺と美月の初めてのタンデムツーリングが終わった。
まあなんだ、癪だが楽しかったと言わざるを得ない。軽井沢でも思ったが、もう少し一緒にいても良かったと思うくらいだ。
しかしまあ、美月もGW中にもう一回ぐらいと言っていたし、すぐに連絡を寄越してくるだろう。別に遠出をしなくとも同じ時間は共有できる。あいつはそこらのカフェだろうが、なんなら公園を並んで歩くだけできゃあきゃあはしゃぐだろう。
あいつの予定が確認出来たら、地元のそういうところで構ってやればいい。
俺はそう思ってそのまま帰路に着いた。
――しかし、GWが明けるまで美月から連絡がくることはなかった。
〈第一話 了〉
今回で第一話完結となります。
第二話ですが、未定です。PVや評価、ブクマが増えればモチベに繋がりますので、気に入っていただけましたらツイート、評価などよろしくお願いします。
【第一話完結】カリのカノジョと恋愛お約束条項 ―やり直し系後輩女子とお試し交際スクールライフ― 高町京/枢ノレ @nore_kururu
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