人化♀したドラゴンが遊びに来るんだよ_〜暁光帝、降りる〜

Et_Cetera

<<彼女の日々>>

第1話:功成り名遂げた商人が愛息に自慢する。そして…

 初夏の日和ひよりの下、街道を幌馬車ほろばしゃが連ねていた。

 2台目が1台目のわだちを踏む。3台目も同じく。

 先頭の御者台ぎょしゃだい手綱たづなを握る商人は壮年にはまだ遠く、あきないを通じて鍛えた心の強さが顔に現れている。若いからか、節制しているのか、たくましい身体で腹は出ていない。

 「んふふふふ〜♪」

 上機嫌である。八歳の息子がはじめて商いに同行してくれたのだ。

 大型化した幌馬車をやはり大型化のいちじるしいメヘルガル馬がく。ふつうの馬車なら視界を遮ってしまうほどの巨体だが、この馬車の御者台は馬に合わせて高い。

 これほどりっぱな幌馬車を3台もそろえる商人は相当に成功していると言えよう。

 街道は草原を抜けて瓦礫街がれきがいリュッダへ続く。商人は南の街から商品を満載しているのだ。今回もかなりの儲けが期待できる。

 左に広がる耕地をミュルミドーン達が忙しく働いている。彼らは頑丈な外骨格を持つアリ人間で大柄な労働者だ。ヒト族よりも強く、数も多い。遠くない将来、この地域は彼らの領土として認められることだろう。

 しかも、強力な兵隊アリが警備しているので不埒ふらちな盗賊のたぐいは近寄らない。

 右手に広がる草原を見つめる。

 風に揺れる草の丈は長く高く。

 初夏の青空がさわやか。

 平和なものだ。

 一時期、瓦礫街を襲った単眼巨人キュークロプスの脅威は遠く去り。

 オーク盗賊団が荒らしている場所ははるか北のはず。

 この辺をうろついているらしいゴブリンどももミュルミドーン族に追い払われた。

 今の商人にとって厄介事は商売敵くらいだ。しかし、そういう連中は粗悪品を扱う愚か者ばかりで。

 「わーはっはっはっ!」

 商人は蓄えた黒ひげを撫でて笑った。

 「父さん、何がおかしいの?」

 愛息が尋ねてくる。

 「いやぁ、父さん、幸せでなー♪ 幸せすぎて困っちゃうなぁー♪」

 自然と声が弾む。

 仕事は順調で商売敵は阿呆ばかり。資産はとどこおりなく増えている。妻は美人で気遣きづかいが細やか、そして息子は可愛い。

 これも毎晩、博打ばくちの神ズバッド(商いの神でもある)に祈っているおかげか。

 「きっとお大もうけだね」

 隣で幸せの形がうそぶいている。

 良い。

 何の問題があろうか。

 これが店を任せている店員なら「油断するな」と叱りつけるところだが、息子は八歳だ。幼い内から商いに興味を持ってくれるなら次代も安泰だろう。

 「じゃあ、瓦礫街で奴隷を買ってくれる?」

 金髪のくるくる巻き毛の下で目を輝かせながらねだってくる。

 息子はまさに天使だ

 「おぅっ! 父さんに任せとけ!」

 景気良く答える。

 「でも、ヒト族の奴隷はイヤだよ…」

 少年は少しだけ顔を曇らせる。

 「まさか」

 商人も少し顔をしかめる。

 近所の親父が無謀にもヒト族の奴隷を買ってひどい目に遭っていたばかりだ。奴隷が手引した強盗にやられて大怪我したらしい。発見された時は一家全員が息も絶え絶えで、手当が遅れていたら死人が出ていたとか。

 「あの親父はバカだからなー 父さんはだいじょうぶだぞ」

 安物買いの銭失いとはまさにあのことだろう。愚かな親父は金を惜しんで奴隷商人の勧めるままにヒト族の奴隷を買ったのだ。

 「ヒト族の奴隷はなー、鉱山とか紙工場で働かせるものだぞ。素人が扱える代物じゃない。そんなことは常識のはずなのに…」

 あの親父とは酒を酌み交わしたこともある。近所の不幸は身にしみた。

 「奴隷商人は口八丁手八丁であれやこれやと売り込んでくるが、ヒト族の奴隷を扱うにはしっかりした経験と知識が必要だ。父さん、そこのところはわきまえてる」

 「ボクだってしってるよ! ヒト族の奴隷は…だます、なまける、わすれる、さからうんだよね!」

 「そうだ。だから、まともな奴隷はコボルト族だけなんだよ…」

 話しながら記憶が騒ぐ。

 「……」

 いつの間にか、商人の目に涙が浮かんでいた。

 「父さん?」

 息子に心配されてしまう。

 「いや、父さん、昔を思い出しただけだよ」

 こんなに幸せなのだ。何を嘆くものか。

 そう思っても商人の心にしがみついた悲しみは去ってくれない。

 物心が付いてからずっと一緒だった忠犬が逝く時は大泣きしたものだ。子供の頃は何をするにもどこへ行くにも一緒だった。時にはいじめっ子に立ち向かったり、時には森深く迷い込んで帰れなくなったり、いろいろな冒険が思い浮かべられる。

 ずっといっしょだと思っていた。しかし、自分が長じる頃には老いてしまっていた。

 晩年、愛犬は毛並みの輝きを失い、目やにだらけで、呼んでも反応しなくなり…ともに冒険した頃の面影が薄れてしまうほどにやつれてしまっていた。

 暖炉の前で息を引き取った時は人目もはばからず泣いたものだ。

 犬とヒトでは寿命が違う。

 子供時代、貧しくはなかったが豊かでもなかった。

 奴隷を買えないほどに。

 だから、自分の子にはコボルト奴隷を買ってやろうと決めて商売を頑張ってきたのだ。

 コボルト族は犬のような二足歩行の人種である。個人差が大きく、長い手足に精悍な顔付きの獣人のような者もいれば、ふわふわモコモコの生きたぬいぐるみのような者もいる。

 総じて賢く、従順で、主のためなら命を賭ける勇ましさを持つ。赤ん坊の頃に買って育てれば兄弟か、それ以上に親しくなれる。盗賊に襲われた主人を体を張って守った、かどわかされた主人を何ヶ月も掛けて探し出した、死んだ主人の墓を守って果てた、などなど忠犬のエピソードは枚挙まいきょいとまがない。

 ヒト族の家来や召使めしつかいと違って余計なことを言わないし、決して裏切らない、妙な噂話を広げて主の風評を害することもない。

 そして、嘘をかない。

 しかも犬と違って寿命はヒト族と同じくらい長い。

 安いからとヒト族の奴隷を買った馬鹿親父が何を言われたのか知らないが、考えるまでもない。

 買うのはコボルト奴隷だ。

 「おや、坊っちゃんも奴隷を持つんですかい?」

 並走する馬から赤毛の護衛が声を掛けてくる。たくましい身体にレザーアーマーを着けた、いかにもベテランと行った感じの冒険者だ。

 「うん! これでボクも長帽子のピッピだ!」

 息子が愛読書のヒロインを真似てポーズを取る。

 「うらやましいですなぁ…うちのは野良のままがいいと強情ごうじょう抜かしやがるばかりでして」

 赤毛の冒険者が頭をかく。


 カッポカッポ


 「……」

 その後ろに続く馬がひづめの音を響かせる。それにまたがる者は性別がわからない。わからなくても一向に困らないのだが。

 コボルトは二足歩行の狼のようだ。

 護衛の男と同じくらいの背丈でフサフサの毛に覆われている。丸盾を背負せおい、腰にはロングソードをいている。

 狼によく似た顔は笑みをこぼしているようにも見える。

 コボルト冒険者は無口だ。おしかもしれないと思ったが、夜に遠吠えが聞こえたからたぶん喋れるのだろう。だが、賢い。コボルトは無口のほうが好かれることをよく承知している。

 赤毛の男は主人ではなく相棒だ。このコボルト冒険者は自由市民であり、主人を持たない。

 だから、“野良”と呼ばれる。

 「そっかぁ…キミも奴隷にもどれば主人が持てるのに……」

 少年はうらやましそうな、残念そうな顔を見せる。

 「いやいや、彼ほどになると父さん、破産しちゃうよ」

 性別がわからないので、とりあえず“彼”と呼んで商人は頭を掻く。

 このコボルト冒険者は出会った愛犬家をひとり残らず魅了した“美貌”の持ち主だ。

 “美しい犬”には大枚をはたく者が後を絶たない。その上、彼自身が非常に優秀である。

 見受けするための金は目が飛び出る額であろう。

 「……」

 商人は複雑な想いだ。

 人間が人間を買って奴隷として働かせる、それは人道に反することかもしれない。だが、現状、非文明国の民を奴隷として狩る、それが文明国であり、国際的にも認められた慣行だ。

 そして、コボルト族はまともな国家を持たず、多産であるせいか、自分達の子供を売ることもためらわない。

 息子が大好きな絵本『長帽子のピッピ』も元気な少女と可愛らしいコボルト奴隷の活躍を描いて大好評である。

 「なぁ、いい加減、俺のものになってくれよぉ…」

 赤毛の冒険者はなんとも情けない声をかける。

 まるで女を口説いているようだが、さもありなん、恋い焦がれているのだろう。

 名犬を求めるのも、美女を求めるのも、気持ちは同じなのかもしれないと商人は思った。

 「…」

 コボルトは笑いながら首を振る。

 道中でこんなやり取りが続いているところを見ると2人はいいコンビなのだろう。

 そう言えばコボルトの方が赤毛よりもランクが上だったな、デキる女とダメ男の組み合わせか…と思い出す。

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