<<彼女のこと>>

第4話:昔々、その昔、あるところに一頭の巨大なドラゴンがおりましたとさ。

 かつて、“1日”という言葉の意味がわからずに困ったことがある。

 沈む太陽が面白くて西へ飛ぶ。

 超音速で飛べば日没に追いつけた。

 すると、いつまで経っても日は沈まなかった。

 面白かった。

 なので、更に速度を上げたら日没を追い越した。

 端的に言えば、惑星の自転速度を越えたのだ。沈まぬ太陽を背に更に速度を上げたら追い越してしまい、いつの間にやら太陽が東に浮いていた。

 面白かったので更に気合いを入れたら周りが夜になった。今度は惑星の夜の側に追いついてしまったのだ。

 そこで夜空にとどまっていたら背後から日の出が昇った。

 夜明けが後ろから来たのだ。

 面白かったから太陽を追いかけたり、並んでみたり、自分で昼夜を好きに変えてみた。

 いつでも好きな時に世界を夜にしたり、昼にしたり。

 面白かった。

 「いと、をかし」(←面白くておもむきがあること)

 言ってみた。

 更に面白さが増した。

 だから、“1日”という言葉がわからなかった。

 砂漠の合成獣キマイラに教えられた。

 その場にじっととどまり続ければ一定時間で昼夜が逆転する、それが“1日”だと、その時間のこともまた“1日”だと。

 昼夜などいかようにも変えられるのに、どうしてじっとしていなければならないのかと思った。

 だけど、そういう考えもあるかと感心もした。

 そこで日の出を観察してみた。

 海原の水平線から昇る太陽、草原の緑から昇る太陽、峻厳しゅんげんたる高山から昇る太陽、世界樹ユグドラシルいただきから昇る太陽。

 どれも面白かった。

 只、大陸の東にそびえる最高峰さいこうほうリゼルザインド山から昇る太陽はいびつに見えた。おそらく何か気象現象のせいだったのだろう。

 それは綺麗な太陽を汚された気がしてなんとなく不快だったので。

 リゼルザインド山を蹴飛ばした。

 すると、山の頂きが吹き飛んで。

 ほどよく低くなった。

 唯一の最高峰を辞めさせてあげたのだ。

 今、リゼルザインド山は西のシャンバラ山と同じ高さである。ついでに両方とも世界樹よりは低くなった。

 物凄く楽しくなった。

 彼女は世界が好きだ。

 なぜ、『彼女』であって『彼』ではないのか。

 初めて出会ったドラゴンが「貴女あなたの乙女心が輝いている」と言ったからだ。

 意味がわからない。

 しかし、気がつけば誰しもが彼女のことを“女”として扱っていた。

 本当に意味がわからない。

 そもそも“女”とは何なのか。

 有性生殖する真核生物の中でも大きい配偶子を造る性だという。

 ならば、寿命がなく老いない、子も産まない幻獣モンスターには無関係ではないか。

 それこそ路傍ろぼうの石を拾って『これは雌かな?、雄かな?』と頭を悩ませているようで、この上なく頭の悪い命題だと思う。

 それでも自分は『乙女心が輝いている』…らしい。

 海峡で歌う海魔女セイレーンも、月夜に遊ぶ波間の人魚マーメイドも自分を美しいと言ってくれた。

 嬉しかった。

 うん。

 だから、“彼女”でいいと思う。

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