第6話:暁光帝、ファーストコンタクトする。

 「…」

 更に観察すると。

 屋根ばかりが目立つ小屋は入り口が目立たず、狭く、屋根で半ば隠れている。小さくなってしまった童女アストライアーから見ても出入りが楽そうには思えない。

 周辺の荒れ地はわずかばかりの雑草と石ばかり。

 き火の跡に転がる道具は石の斧や石のナイフが多い。鍋や釜はサビ具合からして青銅製だろうか。鉄器はあまり見かけない。

 しかも、それら道具は童女が使うにふさわしく見える。つまり小さいのだ。

 聞いた話ではヒト族やエルフ族、マーフォーク族は童女よりも大きく使うべき道具もしっかりしているという。

 整理してみよう。

 ここの住人は地面に穴を掘って棲む。

 体格が小さい。

 青銅器や鉄器があるところから金属加工を得意とする文明のようだ。

 住人が姿を隠している理由は防御結界が破られたことに驚いて全員が避難しているのだろう。

 つまりは統制が取れているということ。

 これだけ高度の文明を築く、地下生活する、体格が小さい、人間、すなわち“定命の者”の一種と言えば。

 「ドワーフだね!」

 見破みやぶった。

 金属加工を得意とする、かなり高度の文明を持つ地下生活者だ。

 ドワーフはひとりの王の下、一致団結した動きを見せるという。

 空から降ってきた童女が轟音を立て粉塵ふんじんを巻き上げたので王の命令一下、住民が避難したのだろう。

 「統率とうそつが取れているね♪」

 嬉しくて仕方がない。

 やはり人間は幻獣モンスターと違うのだ。

 幻獣は自由だ。

 幻獣はどんなに強力で知能が高くても、みんな好き勝手に行動する。誰の命令を聴くでもなく、高度の社会を築くことなど夢のまた夢。

 実際、海峡でセイレーンと遊ぶときも歌の選定でひと悶着もんちゃくあり、さらに唄い始めても合わせようとしないも多く、そもそも歌わない娘もいる。

 アストライアーが一緒に歌おうと呼びかけても無視されるくらいだ。

 ドラゴンも例外ではないことは自分自身がもっともよく知っていることだし。

 …と、そこまで考えたところで物音がした。


 ガサゴソ、ガサゴソ


 茅葺き屋根と地面の隙間から顔が覗く。

 「グギャ?」

 「ギギ!」

 「ナンダ、アイツハ!?」

 汚い発音の、不快感を誘う声が聞こえてきた。

 それは声にまったく魔力が乗っておらず、天龍アストライアーでは聴き逃してしまっていたことだろう。

 だが、今は“天龍”ではなく、童女アストライアーである。

 「こんにちはー☆」

 元気よく挨拶する。

 すると、屋根しかない小屋の中からわらわらと人間が出てきた。

 「喋ッタゾ!」

 「ヒト語ダゾ、アレハ!」

 「グギャッ! 気持チ悪イ!」

 「ヒト族ダ! ヒト族ノ子供ダ!」

 「敵ダ!」

 それは緑がかった灰色の肌をした侏儒こびとだった。

 身長は童女よりもさらに小さい。わずかに尖った耳、落ちくぼんだ陰険な目が冷酷そうな印象を与える。破れかけ、汚れたボロ布を身にまとい、石斧いしおのびたナイフを握っている。

 「殺セ!」

 「ヒト族ノ子供ヲ殺セ!」

 現れた住民は口々に叫びながら興奮している。

 「わぁ、これがドワーフかぁ…初めて観た☆」

 童女は感激していた。

 ファーストコンタクトはドワーフだった。

 美しいと評判のエルフを最初の出会いにしたかったが、贅沢を言うべきではない。これだって十分、友達に自慢できる出会いである。

 人魚から聞いた話を思い出す。

 ドワーフは穴蔵で鉱石や宝石を掘って暮らすという。それら、掘り出した石を加工して指輪やネックレス、はたまた鍋釜や剣を作り出す、らしい。

 彼らはしばしば歌うという。

 『ハイ・ホー♪ ハイ・ホー♪』

 『宝石より仕事♪ 仕事が楽しい♪』

 『ダイヤより仕事♪ ルビーより仕事♪ 働くのが生きがい♪』

 『ハイ・ホー♪ ハイ・ホー♪』

 ドワーフの歌は海峡のセイレーンに歌ってもらった。

 楽しくて一緒に歌ってしまったことを昨日のように思い出す。

 天龍アストライアーは研究熱心である。いろいろなことを学び、それについて考え、様々な技術を開発してきた。しかし、誰かの下で働いたことがない。だから、これほど楽しいものなら一度働いてみたいと思ったものだ。

 「ハイ・ホー♪ ハイ・ホー♪」

 思わず口ずさんでしまった。

 すると。

 「ギャー! コノママ帰セバ俺達ガ殺サレル!」

 「レ! 殺ラレル前ニ殺レ!」

 「グギャッ! ヒト族ノ子供ヲ生カシテ返スナ!」

 緑がかった灰色の小人達は憎悪をたぎらせて向かってくる。石斧やナイフ、手に手に得物えものを握りしめて。

 「ハイ・ホー…?」

 思いもよらぬ反応に首をかしげる童女。

 不幸なことにアストライアーは未経験だった。ファーストコンタクト、異なる種族との初めての出会いに浮かれてまったく無防備のまま棒立ちであった。

 そして更に不幸なことにこの住人達はドワーフではない。

 同じく小柄だが、未開で野蛮な非文明人。ヒト族やエルフ族を見れば問答無用で襲いかかる、凶暴なゴブリン族だったのだ。

 「グギャァァッ!!!」

 先頭のひとりが目を血走ちばしらせてナイフを童女の胸に突き立てる。

 それはまさしく心臓の位置だった。

 「ああっ?」

 童女は目を見開いた。

 これは何としたことか。

 ここまでされるとは思わなかった。

 だが、下がらない。

 ワンピースをつかんで繰り返しナイフを突き立ててくるゴブリンをぶら下げたまま、一歩も下がらない。

 そこへ他のゴブリン達が殺到する。

 「グギャー!」

 「死ネ! 死ネッ! 死ネェェェェッ!!」

 尋常じんじょうでない憎しみが群れとなって童女を襲う。

 ある者はむき出しの膝を狙って石斧を振り落とし。

 ある者は跳び、紫の髪に棍棒を叩きつけ。

 ある者はしがみつく仲間の上によじ登って童女の顔にナイフを突き立て。

 土ぼこりが舞い、怒号と悲鳴が錯綜さくそうする。

 誰しもが強烈な殺意を込めて攻撃を繰り返した。

 「グェッ! つぶセ! 目ヲ潰セ! 目玉ヲエグリ取ルンダ!!」

 ひとりが童女の耳をつかんだまま、繰り返し執拗しつように眼球を攻撃した。

 だが、しかし。

 それでも童女はひるまない。下がらない。倒れない。

 虹色の瞳アースアイが貫こうとする凶刃きょうじんを押し返す。

 「ゲェー! オノレ、ヒトメ! ヒトメ! ヒトノクセニ生キテルンジャネェー!!」

 ゴブリンどもは憎しみで我を失っている。

 もはや、童女は小人にたかられてうごめく灰色の生き物の山になっていた。

 「やめんか、馬鹿どもっ!!」

 突如、りんとした声が響き渡る。

 「グギャ?」

 それでも憎悪にとらわれたゴブリン達は攻撃をやめない。執拗に得物を振り回している。

 「これだから未開の土人どじんどもは…」

 声はうんざりした様子だった。

 そして。


 バーン!


 乾いた銃声が鳴り響いた。

 文明の利器は恐ろしい。

 「ギャー! 鉄砲ダ! 鉄砲ダ!!」

 「ヒィィィッ!」

 「痛イ! 怖イ!!」

 ゴブリン達は悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 「ハイ…ホー……」

 残された童女は目をぱちくりまばたかせて攻撃される前と同じ姿勢で突っ立っていた。

 「いや、モテすぎでしょ、ボク♪」

 嬉しそうにむ。

 天龍アストライアーは童女に人化したが、筋力や体力はそのままである。

 そして“神殺しの怪物”にナイフが突き立つはずがなく、この程度の“襲撃”で痛みを感じるはずもなく。

 童女アストライアーもそれは同じ。

 童女はまったくの無傷だった。

 だから、その虹色の瞳アースアイには今の“襲撃”も襲撃と映らず。

 しかも、ゴブリンをドワーフと思い込んでいるから、大勢に歓迎されたと解釈したのである。

 ナイフと石斧で襲撃とは何事かと考えるべきなのだろうが、童女はファーストコンタクトの興奮冷めやらず、それが歓迎に見えてしまったのである。

 そして純白のワンピースはズタズタに切り裂かれていたが。

 その下の柔肌やわはだはナイフにも石斧にも負けず、毛ほどの傷もない。

 「ん〜♪」

 そのことをに気づいてすら童女は上機嫌であった。

 「ほらっ☆」

 目の前で銃を構える人物にボロボロのワンピースを指し示す。

 「破れまくったでしょー♪」

 実に嬉しそうだ。

 これには武装した闖入者ちんにゅうしゃも目を白黒させる。

 彼女は長身の麗人であった。

 浅黒い肌と尖った耳、コウモリのような漆黒しっこくの翼、銀色のロングヘアーに飾られた頭の両側からヒツジのような捻くれた角を生やしている。

 その手に握られた銃は火薬で動作するものではなく、あらかじめ込められた炎の魔法で鉛玉を打ち出すマジックアイテムであった。

 「おや、それは“銃”ですね。ずいぶん珍しいものを持っている」

 驚くべきことに童女はひと目で武器の正体を見抜いていた。

 「それは風式ですか、炎式ですか?」

 「えっ、いや、これは…」

 馴れ馴れしく話しかけられ、闖入した女性はさらに当惑した。

 「んー…いや、当ててみましょう。魔気力線まきりきせんの具合からして…爆発する系統の炎魔法を利用しているようですね」

 「ア、ハイ…」

 見事に当ててみせる童女に女性はうなずくしかない。

 「ふふ、当たった、当たった♪」

 童女はますます機嫌が良くなる。

 天龍アストライアーは新技術に強い関心を持つ。近年、ユニコーンに向けられるという、謎のマジックアイテム“銃”のことも聞いていたのだ。

 しかし。

 材質も動作原理も理解できるが、残念なことに銃の使用目的はわからない。

 本人にとって脅威ではないから、それを向けられることが何を意味するのか、見当もつかないのだ。

 「それで、貴女あなたは?」

 童女はボロボロのワンピースのまま、可愛らしく首をかしげた。

 「えっ、あ…」

 麗人は目を見開いて童女を観察する。

 紫色の金属光沢を示す長髪と虹色の瞳アースアイに気づくと目を見開いた。

 そして。

 「私はその…ですね。ここの連中を管理している者でして…デルフィーナと申します」

 そう言って、これでもかとばかりに黒の長衣ローブをふくらませる胸乳むなぢの上で印を描く。逆三角形の内にさらに三角形が入る形に。

 「お…おぉぅっ!」

 謎の印よりもボールのような爆乳に圧倒されて童女はひるんでしまう。

 しかし、自己紹介されて黙っているのは礼を失する…と、友人のキマイラから聞いていた。

 もちろん、自分が無作法ぶさほうであるはずがないと信じる童女は。

 「丁寧なご挨拶、痛み入ります。ボクはブタよりも小さいアスタ、しがない旅人です」

 緑龍テアルから勧められた略称を名乗り。

 ボロボロのワンピースの破れ目から見せてはいけないものをちらりちらり見せつけながら、両手を広げてその場でくるり回転する。

 そして目の前のうるわしい女性を見上げながら。

 両方の手のひらを垂直に曲げて、何も持たないことを示すことも忘れない。

 そして、紫のロングヘアーを操ってすでにボロボロのスカートを両側から持ち上げつつ、腕組みして膝を軽く曲げる。

 もちろん、相手になめられぬよう、上体をふんぞり返らせたままで。

 童女アストライアー式カーテシー、宮廷風お辞儀、初のお披露目ひろめである。

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