第90話:海からの来訪者? 突然のことに暁光帝はドギマギしちゃいます。

 突如、海水浴客の間から悲鳴が上がる。

 「キャーッ!!」

 波打なみうぎわを水着で遊んでいた子供達と両親の家族だ。

 「ギャオォォォーッ!!」

 波間から異形いぎょうの怪物が現われ、えている。

 身体からだ全体を視界に入れるには見上げないといけない。それほどまでの巨体だ。胴体はない。ひたいから一本の角をやした単眼の巨大な頭だった。1つ目の両側から長い耳が伸びてジャラジャラとピアスがやかましく音を立てる。たくましい両腕はあごの後ろから生え、首のあるはずの部分に短い足が伸びている。口は人間の1人や2人は丸呑まるのみにできそうだ。

 縮れたげ茶色の毛に覆われていて、たくましい腕でつかみ掛かる。

 「うわぁっ!! 異形妖フォモール族だぁっ!!」

 でっぷり太った父親が絶叫を上げる。あわてて子供2人を抱えて転がるようにけ出す。

 「あなた、待って!」

 妻も叫ぶが、自分で発言の非常識さに気づいたのか、振り返ることなく必死でけ出す。

 命がけだからなかなかに速い。

 もしも、妻にわれてデブ父が待っていたら化け物に捕まって子供達もられる。ほどなくして妻も後を追うことになっていただろう。

 「うがぁっ!!」

 父親は必死の形相ぎょうそうだ。

 「グォォッ!!」

 怪物も叫ぶ。

 しかし、腕に比べて貧弱な足はそこまでスピードが出せず、必死のデブ父に追いつけない。

 「エカル! ばろーる、エカル!」

 「グゲェー! ケツカレヌ!」

 「オベド! ヒト、オベド! アンギャー!」

 その背後、白波の間から意味不明の言葉を叫びながら新たな怪物が次々といてくる。

 手首から足が生えて立って歩いているような怪物が左右を見渡す。目玉は人差し指と薬指にそれぞれ1つずつあり、ギョロギョロと動いている。

 青白い肌の双頭の巨人がえる。ヒグマよりも大きく、禿頭はげあたまのいかつい顔だ。

 2本足で歩く秋刀魚サンマ目蓋まぶたのない魚眼で海水浴客を観察している。

 「フォモール族だ! どうして!?」

 ビョルンはあわてて立ち上がる。

 だが、今は海を見に来ていたので魔術杖メイジスタッフを持っていない。

 「くっ!」

 歯噛はがみする。

 アスタが龍のドラコ巫女シビュラを創り出した理由はこれか。

 特異な超感覚で海から上がる怪物の集団を感知していたのか。

 けれども、肝心の龍の巫女クレメンティーナは悪童の退治で出掛けてしまっている。

 「これは…どうすべきか……」

 悩む。

 フォモール族は魔気容量まきようりょうの平均値が50gdrゲーデルとかなり多い。冒険者ギルドのモンスター等級で“五番手の竹”として扱われる幻獣モンスターだ。それなりの知能があるため、単純に対応するだけでも中級冒険者パーティーのフルメンバーで6人が欲しい。討伐とうばつを考えたら1パーティーでは足りず、複数のパーティーで掛かる必要があるだろう。

 それが今、4頭もいる。

 すこぶる不味まずい事態だ。

 危険な猛獣が4頭、街中まちなかに現れたと単純に考えるわけにはいかない。

 奴らには人間並みか、それに近い知能があり、魔法を使うこともあるからだ。

 それが何を意味するのか。

 おとりまどわされず、罠にかからない。遠距離から弓をても魔法で反撃してくる。その上、個々が人間よりもずっと強い。

 兵士の犠牲を覚悟しなければ街は奴らを排除できないだろう。

 只、強くて凶暴なだけの猛獣とはわけが違うのだ。

 その上、幻獣モンスターにしては珍しく、フォモール族は社会性があり、互いに協力して1つの目標を達成すべく行動することがある。何が目的かわからないが、4頭に協力されては非常に厄介だ。

 しかも、今の自分は武器をたずさえていないので何もできない。とにかく兵士を呼ばねば。

 緊急連絡用のマジックアイテムをつかんで魔力を込める。

 「眼鏡めがねあかい! 眼鏡めがねあかい! 私だ! ビョルンだ! 海水浴場にフォモール族が現われた! 大きさはクマ以上で数は4頭! 至急、兵隊を寄越よこしてくれ!」

 符丁ふちょうを2回繰り返して、城の詰め所に待機している兵士長に告げた。

 「天使は灰羽はいばね! シニョール・ビョルン、守備隊の兵士長サリエリです! 10ー4テンフォー、承知しました! すぐさま、兵隊を送ります!」

 緊急事態の発生を受けて、担当の兵士長があわてる様子が伝わってきた。

 「10ー10テンテン、よろしく!」

 短く通話を完了させる。

 非常に危険な状況だ。

 住民の非難を誘導したいが、人手が足りぬ。

 攻撃魔法の得意なナンシーは主戦力だから、今は自分が指揮を取るしかない。

 それでも海岸の様子を観察しながら、同時に視線をアスタへも向ける。

 フォモール族は瓦礫街リュッダを脅かす、凶暴な幻獣モンスターだ。これまで幾度も港が襲われたが、いずれもリュッダ海軍に撃退されていた。

 だから、驚く。

 まさか、海水浴場が襲われるとは。

 当たり前だが、海水浴場に重要な施設はない。軍事的にも、商業的にも何もないのだ。

 何で狙われたのだろうか。

 水棲すいせいのフォモール族は人間を醜い似顔絵化カリカチュアライズしたような異形いぎょうの姿と幻獣モンスターらしからぬ集団行動が特徴だ。無目的に暴れるなどということはまずないだろう。

 それならば何かにかれてやってきたに違いない。

 「…」

 隣で紫色のロングヘアーを金属光沢で輝かせる、ド派手な童女を見つめる。

 非常に目立つ。

 彼女がフォモール族を引き寄せたのか。

 瓦礫街リュッダを滅ぼすために。

 「いや、ない」

 言葉が自然と口をいて出る。

 童女アスタの正体は超巨大ドラゴン暁光帝ぎょうこうてい。たかが人間の街1つを滅ぼすためにフォモール族の力を借りるわけがない。そんなことは小指の爪でけばむのだ。たったそれだけで街は地上から削り取られる。どうして他の幻獣モンスターの力を借りよう。

 だいたい、あかつきの女帝様はご本人1頭で全て完結した存在だ。何でも自分の力だけで成しげるのである。

 この襲撃が暁光帝の依頼によるものだとしたら、むしろ、そちらの方が論文の題材になるだろう。

 「むぅ、すると、もしや表敬訪問か!?」

 アスタが呼んだのではないとしたら、単純にフォモール族の方から暁の女帝に敬意を表しにやってきたのではないか。

 「十分、るか……」

 暁光帝は全ての幻獣をべるドラゴンだ。ならば、お忍びであっても女帝様がやってきたのだから幻獣モンスターどもは敬意を表するためにやってくるのではないか。

 人間からすればえらい迷惑だが。

 童女の表情を注意深く観察する。

 「ふぅん…異形妖フォモール族は太ったおじさんが好みなんだ。美味おいしいのかな?」

 金持ちの中年男を追い回す、大頭の怪物を眺めてアスタは首をかしげている。

 他の3頭は思い思いの行動を取っている。

 双頭の巨人は意味不明の言葉でえながら連接棍棒フレイルを振り回している。

 2本足で歩く秋刀魚サンマは海岸をウロウロしているが、特に何かを狙ったり襲ったりする様子はない。

 歩く手首、巨腕の怪物は人差し指と薬指を揺らしながら、それぞれに付いた目で獲物を探しているようだ。

 「……」

 童女は厳しい視線を向ける。

 巨腕の異形妖フォモール族に。

 あいつはの方に向かっている。あのまわりではウミケムシが人間の残飯をあさっているはず。

 だが、アスタはウミケムシの名誉をまだ回復していない。

 幼女クレメンティーナに紹介する前にウミケムシがフォモールに踏みつぶされて果てたなどという事態は万が一にも許されないのだ。

 これ以上、近づいたら本気でいてやろう。

 怪物をにらみつける。

 その真剣な眼差まなざしに博物学者は大いにおののいている。

 「アスタさん、フォモール族はどんな奴らですか?」

 恐る恐る尋ねる。

 「親切な奴らだねー」

 意外なことに童女は明るい調子で答える。

 只、視線は厳しく手首の怪物に向けられている。

 「そ…そうですか……」

 ビョルンは懸命に考え、同時に視線を周囲へめぐらせる。

 童女が“親切な奴ら”と評したフォモール族。それはつまり『自分アスタにとって友好的な集団』という意味になってしまうのではないか。

 そうであれば戦闘の激化にともない、どちらに味方するのか、アスタが判断する材料になるとも限らない。

 非常に危険な状態である。

 人間と幻獣モンスターの衝突、世界は今、あやうい均衡きんこうの上に乗っているのだ。



****************************



 キャロルが仲間に向かって叫ぶ。

 「目玉の大頭は無理! 頭が2個あるデカブツを押さえるよ!」

 的確な判断である。人手も武器も足りていない状態で強敵に挑むことは厳しいと考え、フォモール族の二番手である双頭の巨人を向かうことにしたのだ。冒険者パーティー“荒鷲団あらわしだん”はそれぞれに得物えものを構える。

 別に逃げても構わないのだ。フォモール族撃退の依頼を受けたわけでもないのだから。

 だが、荒鷲団は退かない。

 冒険者はいざという時、市民を守って幻獣モンスターと戦う。それ故に警邏けいらでもないのに街中で帯刀たいとうを許される存在なのだ。

 明文化されてはいないものの、そういう不文律ふぶんりつなのだ。

 それ故、市民からの信頼もある。

 何より、冒険者としての矜持きょうじがある。

 冒険者が、荒鷲団が、どうして人々を見捨てて逃げられようか?

 「オレが引き付ける! 撹乱かくらんしてくれ!」

 よろいがない。水着のパンツ一丁だが、男、ハンス、ここにあり。冒険者としての義務はきっちり果たす。小型丸盾バックラーと護身用のショートソードを構えて怪物に立ち向かう。

 「グギャギャ! 魔法陣ヲ描ク! 炎ノ矢フレイムアローヲ撃ツカラ時間ヲ稼イデクレ!」

 こう見えてゴブリンのビ・グーヒは荒鷲団で随一ずいいちの上級魔導師だ。中級イッチョマの炎魔法フレイムアローなら3発は撃てる。すぐさま、携帯用魔術杖メイジスタッフで砂地に魔法陣を描き始める。



****************************



 自由民も上流階級も危機に敏感だ。

 「がんばれ、冒険者!」

 「荒鷲団だな! 彼らは強いぞ!」

 「海の平和は頼んだ!」

 海水浴場に様々な声援が飛びう。

 「任せましたよ!」

 博物学者も激励する。

 同じく水着のパンツ一丁である自分は攻撃魔法も苦手なので指示を出して応援するくらいしかできることがない。

 荒鷲団の判断はよい。

 人数は半分の3人だし、守備のかなめである戦士もいない。ここで無理をせず、できることをするに留める。この場は強敵に挑むことを避けて、二番手の怪物を押さえ込むことにしてくれた。

 それでいい。

 戦いは何よりも結果を出すことが重要だ。強敵に挑む姿は勇敢で格好いいが、それで『全滅しました』では困る。

 キャロルが賢明な判断を下してくれたことには感謝しかない。

 次は妖精人エルフの方へ目を向ける。

 「こっちは任せて!」

 ナンシーはカバンから携帯用の短い魔術杖メイジスタッフを取り出し、構えていた。とっさにアスタのそばに寄って。

 その視線はしっかり童女をとらえながら、海岸を襲う怪物も警戒している。

 「ふむ」

 さすがはエルフ。こちらも賢明な判断だとビョルンは感心する。

 ず、警戒すべきはアスタであり、フォモール族は二の次である。脅威としては童女の方が万倍も大きいのだ。いや、“万倍”で済めばまだマシなのだ。

 そんなアスタが警戒するフォモール族。

 ヤバイ奴らであることは間違いない。

 そうなると問題はどうヤバイか、だ。

 あれほどけわしい目で見ているということはアスタの手にもえない可能性がある。

 「!?」

 大変なことだぞと目をくビョルン。フォモール族はあの童女が手こずるほどの強敵らしい。

 それはつまり、今のままの童女では駄目だということ。

 解決するには本来の姿に戻るしかない。

 超巨大ドラゴン暁光帝に。

 すでに青褪あおざめていた博物学者の顔がより蒼白そうはくになった。

 アスタが人化じんかいたら確かにフォモール族の4頭など敵ではない。

 だが、そうなれば街だって只では済まない。

 龍戒るっかいにもある通り、暁の女帝はそこにいるだけで人間が死ぬのだ。

 それどころか、只、歩くだけでも。

 いや、寝るだけで大勢が死ぬ。

 人間が死ぬだけでは収まらない。

 運河はつぶれ、港も破壊される。市壁だって砕け散って、街を守るものがなくなってしまう。

 よくて、この街の半分くらいが壊滅するだろう。

 悪くすれば、住民が1人残らずつぶされて死ぬ。

 よしんば、アスタが街の安全を考慮して、上空で人化をいたとしても危ういことには変わらない。

 海水浴場を襲う、あのフォモール族を暁の女帝様がどうやって排除なさるのか。

 凶暴な幻獣モンスター程度ならエーテル颶風ぐふう破滅の極光カタストロフバーンも使わないだろう。代わりに、小指の爪でカリッと軽く海岸をけばいい。

 たやすいことだ。

 それだけでフォモール族の4頭くらいは一瞬で消えてなくなる。

 けれども、その程度ですら街は耐えられない。

 暁の女帝様ご本人としては“ちょっといた”つもりの爪痕つめあとだって深い谷になる。そこへ海水がなだれ込み、海岸は使えなくなるだろう。衝撃で起きた津波が沿岸を襲って、大勢がおぼれ死に、建物も数多くが倒壊する。爪がかすっただけで港湾施設も破壊され、使い物にならなくなるに違いない。津波の衝撃でやはり市壁は破壊され、やがて、街は幻獣モンスターの群れに侵略されて果てる。

 つまり、配慮してくれようが、くれまいが、いずれにせよ、瓦礫街リュッダは滅亡してしまう。

 “暁光帝”とはそれほどまでに規格外の超存在なのだ。

 「うむむ…クレメンティーナさえいてくれれば……」

 ビョルンの視界に幼女はいない。

 あの龍のドラコ巫女シビュラがいればフォモール族の4頭などどうにでもできることだろう。最大級ゲルグンドの精霊魔法でなくても、中級の魔法だけでたやすく撃退できたはずだ。

 ところが、幼女は悪ガキども3人と神父をかついで行ってしまってここにはいない。

 まさか、あんな取るに足らない連中のために街が滅亡しかける羽目におちいるとは。

 「いや、いない者を嘆いても仕方ない。何としても……」

 何としてもアスタが人化をかないようにしなければならない。

 そのためには今ここにある戦力だけで4頭のフォモール族を押さえ込まねばならない。

 ドラゴン城から兵隊が来るまでの間。

 「ギリギリですね」

 状況を見てそう判断する。

 まともな戦力は妖精人エルフのナンシーと荒鷲団の3人だけ。

 敵はフォモール族の4頭だが、幸いなことに統率者リーダーがいない。幻獣モンスターにしては珍しく集団行動を取るフォモール族なのだが、今回はリーダーを欠いているらしい。

 おかげで4頭それぞれが好き勝手に行動しているので対応しやすく、何とか時間は稼げそうだ。

 大頭から手足の生えたフォモール族は明らかに強敵で、今は太った金持ちブルジョアの男を追い回している。先ほどまで子供を抱えて走っていた男だ。どうやら子供は仲間に助けてもらえたらしい。一緒に別の金持ちも追い回されているが、これまたふくれ上がった腹がブルンブルン揺れて苦しそうだ。

 助けてやりたいが、今の戦力では余裕がなくて厳しい。

 2本足で歩く秋刀魚サンマのフォモール族はだいぶ陸に上がってきたものの、まばたかない魚眼を左右に動かすだけで人間を襲う様子はない。そもそも、胸鰭むなびれはあっても腕はないので襲うこと自体が無理なのかもしれないが。

 アスタがもっとも警戒する歩く巨腕の怪物はに興味を失って串焼きの屋台を興味深げにのぞいている。人差し指と薬指の先端に開いた眼球が不気味だ。手のひらの口から細かい牙が覗き、よだれらしている。

 こいつらは今すぐ危険というわけでもない。

 残る双頭の巨人が問題だ。

 怒れる男の頭が2つ、青白い肌のたくましい胴体に乗っている。ヒグマほどもある巨体はそれにふさわしい大きな連接棍棒フレイルを握りしめている。鎖の先に付いたトゲだらけの鉄球で殴られたらよろいを着ていても只では済むまい。

 ところが、こいつに立ち向かう荒鷲団のメンバーは全員が水着。ほぼ全裸なのだ。

 それでも、海水浴客を追いかける双頭の巨人フォモールは喫緊きっきんの脅威だから、荒鷲団が対応しなければならない。

 「う〜ん……」

 博物学者は苦虫にがむしを噛みつぶしたような顔をしている。

 人々が襲われて流血があれば血を見たアスタが興奮するかもしれない。

 それは避けたいものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る