第91話:何という♀×♀体験!? 暁光帝はもう胸のドキドキが抑えられません☆

 浜辺に怒号がこだまする。

 「おい! 2つ頭の醜いデカブツめ! オレ様が相手になってやる! かかってこい!」

 口上こうじょうを述べて挑発するハンス。

 「グォォッ!!」

 2つの禿頭はげあたまを振るわせてえる怪物。あっさり引っかかってくれた。


 ビューン!


 連接棍棒フレイルが風を切ってうなる。

 「くっ!!」

 ヒト族の男がギリギリで避ける。

 無理だ。岩をも砕く勢いで、小型丸盾バックラーで受けられる威力ではない。

 2つの頭で考え、合計4つの目でこちらをにらんでいる。すきを突くのは相当に難しそうだ。

 「アンタの相手はひとりじゃないっ!!」


 バシュッ!


 石礫いしつぶてが飛んで怪物の目玉を打つ。

 「グゲェェッ!!」

 怪物が苦痛にうめいて顔を押さえる。

 童人ホビットキャロルの投石器スリングだった。ひもの間に石ころを包んで遠心力で投擲とうてきする武器だ。異形妖フォモール族の分厚い皮膚には効果が薄いものの、目やのどなど弱点を狙えば十分な痛みを与えることができる。

 小柄で器用な童人ホビットならではの攻撃である。

 「隙あり!」


 ザシュッ!


 そこへハンスが割り込んだ。砂地を蹴って巨人の足元にすべり込み、ショートソードで足の膝窩しっかを斬りつける。

 ここのけんを斬ってしまえば巨人はもうまともに歩けなくなる。

 だが。

 「グェェッ!?」

 双頭の巨人は2つの口でうめいたものの、とっさにかがんで左手で膝窩しっかを押さえる。

 苦痛こそ与えられたものの、分厚い皮膚にさえぎられて大したダメージにはならなかった。

 「グォォッ!」

 巨人の左手が迫る。

 「うぉっ!」

 ハンスは何とかギリギリで避ける。危なかった。

 「くっ! 欲張りすぎたか!?」

 判断の甘さを悔やんだ。

 アキレス腱は丈夫過ぎて斬撃は通りにくそうだった上に反撃が怖かった。そこで、ある程度やり返されにくい膝窩しっかを狙ったのだが、やはりダメージを与えることはできなかった。

 「やっぱりこれじゃ無理か!?」

 ちらり、ショートソードに目をやる。安物の携帯用武器で、低品質の鉄で造られた刃はすでにボロボロである。人間相手なら武器として通じるだろうが、これでは怪物をまともに斬れない。せいぜい、思いっきり突き刺せば内蔵を痛めつけられなくもないという程度か。

 「きっついなぁ…」

 愚痴をこぼしながらも構える。この場合は武器よりも盾だ。あの怪力で振るわれる連接棍棒フレイルは防げないだろうが、上手く受け流せれば時間稼ぎくらいはできるはず。

 ビ・グーヒの炎の矢フレイムアローの準備が整うまで、こちらの体力がてばいい。



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 ビョルンは唇を噛みしめる。

 「厳しいな」

 ヒグマほどもある双頭の巨人を相手に健闘している荒鷲団あらわしだんだが旗色はたいろは悪い。相手が本物のヒグマなら十分やれただろうが、フォモール族は野生動物ではなく、幻獣モンスターだ。2つの頭が考え、4つの目が観察するから隙がない。分厚い皮膚も脅威だ。

 戦況はかんばしくない。

 1つ目で大頭の異形妖フォモール族も海水浴客を追いかけて暴れている。先ほどの金持ちは息を切らして倒れた。他の男達が目に砂を投げつけるなどして、何とか怪物の気をらさせているが、どいつもこいつも運動不足だ。上流階級の中年男達は腹の肉をブルンブルン震わせながら懸命に仕掛けているものの、息は続かないし、動きも鈍い。巨体の怪物が鈍いので何とかまともにやり合えている感じだ。



****************************



 そして、今、歩く手首の巨腕フォモール族が動き出した。

 「ムヌグォー!」

 かいな叫びを上げて近くでうずくまっていた男に向かう。

 男はまるまる太っていてうまそうだ。獲物を見つけた歓喜を表しているのか、手のひらの中央に大きく開いた口がよだれをボタボタらしている。

 「うわぁっ! お助けぇーっ!!」

 男は悲鳴を上げて後ずさるも、腰を抜かしているらしい。到底、逃げ切れそうにない。

 「うむ」

 童女アスタは偉そうに腕組みして、満足気まんぞくげにうなずく。

 巨腕のフォモール族がの後から離れてくれた。

 気高いウミケムシは安心して残飯をあされるだろう。

 もしも、あの素晴らしい生き物を傷つけようとしたら、この天龍アストライアーが直々にぶちのめしてやろうと思っていたけれども。

 これで自分が介入する必要はなくなった。

 今は『世界を横から観る』という遊びの最中なのだ。この遊びの醍醐味だいごみはじっくり観察することであり、自分が騒動に介入しては観察結果をゆがませてしまう。それは遊びのルールを崩しかねない。

 博物学をたしなむ童女として“観察”は得意な作業である。当然、その結果は自然であることが望ましい。

 邪魔されることなく、フォモール族と人間の関係を観察できるなら、それに越したことはないのである。

 そう考えてのんびり観察していると突如、意外なことが起きた。

 「安心して! 貴女あなたは私が守る!」

 ナンシーが素速く前に出てアスタの前に立ったのだ。

 「えっ!?」

 これに童女は目を丸くする。

 今、この妖精人エルフは何と言ったのだ?

 耳はいい。しっかり聞き取れたはずだ。

 「このボクを…守る?」

 聞き間違いかと思ったが、それはない。

 ナンシーは。

 自分アスタを守る意志を示して、自分アスタの前に立ち、その武器を構えているのだ。

 「何から?」

 思わず、口をいて出てしまった言葉。

 さもありなん。

 おのれは世界で最も強大なる者、天龍アストライアーだ。この世に敵る者なんぞ只の一匹たりとて存在しない、無敵の超巨大ドラゴンなのだ。

 敵がいないのに何から自分アスタを守るのだろうか。

 だが、ナンシーの視線を見て気づく。

 「奴らは一歩も近づかせませんよ!」

 ひもビキニのエルフが背後に浮遊魔法陣サークルフロートを置いている。

 フォモール族を脅威と感じているのだ。

 「ほへぇ〜……」

 思わず間抜けな声が出てしまう。

 フォモール族は幻獣モンスターであって人間にとって脅威であるが、アスタにとってはツマグロオオヨコバイほどの意味もない。いて違いを上げるとすれば、かの半翅目はんしもくよりも可愛くない、みにくいと言ったところだろうか。

 つまり、ダンゴムシよりも意味がないのだ。ダンゴムシには陸生の甲殻類であるという意味があるのだが、フォモール族は水棲の幻獣でほとんど陸に上がらない根性なしであるというのがアスタの感覚である。

 だから、今、まさに陸に上がっているフォモール族はわずかに期待しているという程度の存在である。そして、その活動の内容についても少しだけ興味をかれてはいる。

 もっとも、それとて目の前のうるわしいナンシーには遠く及ばない。

 何より、エルフの行動が実に面白い。

 「うむ…うむ…うむうむうむ! よろしい! 守られてあげよう!」

 童女は大いに胸を張ってエルフの背後に控える。

 背中からのぞく、わずかなひもに支えられた爆乳と震える太もも、そして、ひもボトムでは全く隠せていない巨大ヒップの肉が素晴らしい。

 これほどまでに麗しい女性から自分は守られている。

 「新鮮だね!」

 当たり前だが、世界最強の超巨大ドラゴンは誰かに守ってもらえたことがない。

 だから、これは非常に稀少レアな体験である。

 すっかり上機嫌になって、ご満悦な童女であった。

 「ナンシーさん!」

 これに驚いた博物学者が注意をうながすも。

 「どちらに付くかわからないからこれが最善!」

 エルフは短く返すだけだ。

 それでも。

 「あぁっ!」

 ビョルンは理解する。

 今の言葉、主語を省略したナンシーだが、それが意味するところは明らか。

 彼女は『暁光帝アスタが人間と幻獣モンスター、どちらの味方に付くかわからないからこれが最善!』と言ったのだ。

 驚くべきことだった。

 エルフは『安心して』『貴女あなたは私が守る!』と言ったその口でこう発言していたのだ。童女が自分の敵に回ることを危惧きぐして。

 アスタに自分を信頼させつつ、自分はアスタを疑い、その内心を隠しておくびにも出さず、巧妙に言葉を変えてビョルンにだけ自分の意志を伝えた。このあたり、さすが嘘にけた人間である。

 厳密には嘘をいているわけはでないし、この方便からくりは幻獣の暁光帝アスタに見破れるわけがない。

 「ボクは今まで誰にも守ってもらったことがないからねぇ」

 実際、童女は腰に手を当て、胸を張って、大変、上機嫌である。

 これを見て。

 「あ…あぁ……」

 無理やり、納得させられた博物学者だった。

 実際、簡単なことだった。自分をアスタの立場に置き換えて考えてみればいい。

 もしも、ビョルンが幻獣の国に自分の身を幻獣に変化へんげさせて潜入したとしたら。

 もしも、幻獣達のいとなみを観察していたとしたら。

 もしも、突如、まわりが幻獣だらけの場に冒険者が乗り込んできて幻獣達を狩り始めたとしたら。

 その時、自分はどうするのか?

 たった半日、付き合っただけの幻獣を守るために身を張って冒険者にんげんと戦うか。それとも、闖入ちんにゅうしてきた冒険者にんげんに味方して幻獣達を殺すのか。

 自分ビョルンはどうするのか?

 「私なら……」

 悩むだろう。

 酷く悩む。

 冒険者は同じ人間だ。

 対して、幻獣は人間ではない。多少、親しくなったとしても所詮しょせんは半日の付き合いだ。どうして身を張ってまで守らねばならない?

 冒険者にんげんの味方をするのか。

 幻獣モンスターの味方をするのか。

 どちらを選べばいいのか、わからない。どうすればいいのか、わからない。

 自分にはわからないから悩む。

 それだけだ。

 結局、結論を出せずにためらったまま、棒立ちでいるのが落ちか。

 しかし、1つだけ確実に言えることがある。

 「彼女は…迷わない!」

 自分ビョルンは悩み、ためらい、決断を下せずに迷うばかりだろうが、アスタは違う。

 彼女は暁光帝ぎょうこうていなのだ。

 太古の昔から生きてきた超巨大ドラゴン、恐るべき神殺しの怪物。

 それが望ましくないと判断すれば神ですら躊躇ちゅうちょなくあやめてしまえる存在である。

 精神的にも肉体的にも、あかつきの女帝に“弱さ”というものは存在しない。

 どうしてこの場で悩むだろうか。

 だから、彼女が幻獣の味方をする可能性がある以上、それをおさえるためにこの場で人間ビョルンができることは1つしかない。

 決断を下させないよう、彼女の気をらさせることだけである。

 幸いなことに無敵の暁光帝にも隙はあり、おだてられて上機嫌になると些細ささいな問題を見逃してしまうことがままある。

 そして、海水浴客を襲うフォモール族4頭は“些細な問題”である。

 彼女にとっては人間の数人が食われることとは大したことではないだろう。それは海岸でフナムシの数匹がアカテガニに食われることに等しいはずだ。

 「怠け大神オルゼゥブ様、豊穣神マァルト様、光明神ブジュッミ様、どうか、アスタさんが人化をきませんように……」

 苦しいときの神頼み。とりあえず、ご利益りやくのありそうな神々の名を挙げていのっておく。暁光帝に絡む祈りは聞き届けられないだろうが、一応だ。



****************************



 ビョルンが戦局を見つめてみると秋刀魚サンマのフォモール族に変化があった。

 屋台を襲っていたのだ。

 「クキェェェッ!!」

 背後に浮遊魔法陣サークルフロートが浮いて、 意味不明の鳴き声を上げながら水の精霊魔法を放っている。


 ブシャーッ!!


 豪水魔流ウォータージェット、強烈な水の噴流で屋台を切断してしまう。恐るべき切れ味で材木も石も区別なく切り裂いてゆく。

 腕の代わりに胸鰭むなびれしかない怪物だから何もできないだろうとビョルンは高をくくっていたが、歩く秋刀魚サンマは魔法が使えたのだ。

 「きゃあっ!?」

 「ひぃっ!!」

 かすらせるだけで店員の服も切り裂く。その下の肌も容易に傷つけるだろう。恐怖で女性達に悲鳴を上げさせる。

 「こいつはいけないわ!」

 「退散よ!」

 「急いで!」

 殺されてはたまらないと女性達は転がるようにけ出す。

 すると、歩く秋刀魚サンマのフォモール族は屋台からこぼれ落ちた食べ物をムシャムシャ食べている。

 「むぅ…死人が出なくてよかった……」

 博物学者は胸を撫で下ろす。

 今の攻撃で誰かが死ぬんじゃないかとおののいた。そうならなくてよかった。

 だが、それは思いがけぬ幸運。

 幸運だけでフォモール族による被害がいつまでもおさえられるとは思わない。城の兵隊が来てくれるまでおさえきれるか、はなはだ疑問である。

 歩く秋刀魚サンマはひざまずいて上体を曲げ、器用に砂地に落ちた食べ物を食べている。

 今はおとなしい。

 このまま、満腹して海に帰ってくれないだろうか。

 そうしてくれるといいのだが。

 逼迫ひっぱくする事態に博物学者は荒唐無稽こうとうむけいな展開を夢見ている。

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