第89話:許すまじ、黄色Tシャツの船長(怒)! 暁光帝は自分の巫女に迫る脅威に備えます☆

 まぶしい陽光の下、寄せては返す白波しらなみの間で子供達が歓声を上げている。こちらは先ほどと違い、肉がたっぷり付いて肥満気味ぎみ、裕福な上流階級の子供達だった。キャッキャッと笑いはしゃぐ様子は同じく可愛らしいが、お腹の肉が震えてたゆんたゆんしている。

 「あゔぅ……」

 見つめる妖精人エルフも顔をしかめる。

 常日頃、『自分は断じてデブでない』と主張してきたが、だらしない爆乳の下でお腹の肉も震えている。目の前のデブ子供達と変わらないではないか。揺れ弾むお尻や太腿ふとももの肉を考えれば、むしろ、自分の方がデブではなかろうか。

 いや、自分には脚線美と爆乳の色気がある。只、歩くだけで誰もが振り返るほどの美貌がある。

 ぎりぎりデブではない。

 超セクシーなエルフである。

 「まだ大丈夫の…はず」

 爆乳を持ち上げると乳肉ちちにくの下は汗びっしょりだった。だいぶ暑くなって来たので、乳房の大きな女性のみが発症する“おっぱい汗疹あせも”になりかけている。

 これがセクシーでなくて何なのだろうか。

 断じてデブでない。

 ナンシーは自信を取り戻す。

 「それでアスタさんを籠絡ろうらくできそうなんで?」

 死んだ魚のような目をしてビョルンが尋ねる。

 「あぁ、ご心配なく。私が貴女あなたの美貌を見て動揺どうようしないのは……」

 「心労と極度の緊張のせいですからね。わかります」

 博物学者の努力と根性に配慮してエルフがいたわる。

 目の前で人間が発狂したり、訪れてきた童女の正体が超巨大ドラゴンだったり、今日の一日だけでも彼の受けたショックは計り知れない。

 彼にまで発狂されては困る。

 余り負担を掛けないようにしようと誓うナンシーであった。

 「籠絡ろうらくは試みていません。暁光帝ぎょうこうていを利用しようとして破滅したやからの仲間入りはしたくありませんからね」

 もっともわかりやすい破滅の形であるあかつきの女帝に関わることは自殺に等しいと言われている。実際に関わって利用しようとたくらみ、今は墓の下にいる連中の話は枚挙まいきょいとまがない。

 では、破滅を避ける方法は何か。

 利用しようと思わなければいい。

 本物の天変地異てんぺんちいを思い通りに動かそうとするから巻き込まれて破滅するのだ。

 死にたくなければ、只、観察するに留めるべきだ。

 「それでも…わずかな希望を見出みいだすならば、アスタから好かれるよう努めることくらいかしら。それくらいなら許されるでしょうね」

 そのためのひもビキニである。

 たらしこむまでは行かなくても心にとどめてはもらえるかもしれない。

 実際、アスタが人類絶滅の決定をくつがえしてくれたのはナンシーの♀×♀キスと乳房おっぱいのおかげである。

 「ふぅむ…話を聞く限り、上手うまく行ったようですしね。世界の平和を望む者…いや、明日の朝日を拝みたい者として応援しますよ」

 ビョルンは目をつむり、祈ろうとしてめる。

 どの神様を拝むか迷ったのだ。そして、暁光帝に関わることではどの神様も願いを聞き届けてくれそうもなかったのだ。

 そこへ何やら難しい顔をした、くだんの童女アスタがやってきた。

 「いやはや、何とも、非常に難しい問題が起きてしまったよ。クレミーと相談しなければ」

 大変なことである。

 先ほど、はっきりと“ウミケムシ未満の神父ファーザーグアルティエロ”と声に出して言ってしまった。

 これは大した根拠もなく、思い込みでウミケムシを悪く言ってしまったことになる…かもしれない。

 もしも、自分がそんな言い方をされたらどう感じるだろうか。

 例えば、『光明神こうみょうしんブジュッミは天龍アストライアー未満のクズ野郎だ』とか。

 「むぅ……」

 全くもって事実ではないか。

 確かに光明神ブジュッミは私利私欲のために幻獣を傷つけて世界に迷惑をかけたクズ野郎だし、自分に遠く及ばない。あいつの手下どもは女精霊ニュムペーの泉に牛馬の糞尿を投げ込んでけがし、一角獣ユニコーンの森に火を放った。その上、2頭に配下に加わるよう迫った。

 『光明神こうみょうしんブジュッミは世界に迷惑を掛けて反省しない、天龍アストライアー未満のゴミカス野郎である』

 全くもっ恒真式トートロジーではないか。

 だが、腹立たしい。

 あんな光の神ごときが自分と比較されたこと、それ自体がムカつくのだ。

 やはり駄目だ。

 ウミケムシのように頑張っている生き物を光明神ブジュッミごときをあがたてまつるクズ野郎と比較してしまったことは侮辱である。

 この天龍アストライアーが根拠もなく付けてしまった、この汚名はそそいでやらねばならぬ。

 「う〜〜ん……」

 どうすればかの精錬潔白な生き物の名誉を回復できるのか、思い悩む。

 「よし。クレミーに直接、言えばいいか」

 よく考えてみればはっきり口に出していってしまった相手はクレメンティーナ、只1人だけだ。

 ならば、訂正して、ウミケムシの勇姿を2人で確認すればクレメンティーナも理解してくれることだろう。

 貴重な生き物に出会えて幼女も喜ぶだろうし。

 これで大成功、間違いなしだ。

 うん。それで行こう。

 問題が解決したので気持ちを切り替え、楽しいことを考えよう。

 自然と先ほどの折檻せっかんが思い出される。

 「ふんふ♪ ふんふ♪ ふ〜ん♪」

 楽しかった。

 とても楽しかった。

 機嫌よく鼻歌を唄う。

 「「えっ!?」」

 為政者2人は目を丸くする。

 今、『非常に難しい問題が起きてしまった』、『龍の巫女クレメンティーナと相談しなければ』と顔をしかめていたではないか。それがどうして突然、童女の機嫌がよくなっているのだろうか。

 さっぱりわからない。

 「ご機嫌ですね」

 恐る恐る、ナンシーが言葉を紡ぐ。

 「うん。さっきのお仕置きを思い出してね」

 言われた通り、上機嫌の童女だ。

 「それはよかった。神の使徒をぶちのめすのは気持ちいいですね」

 何が楽しかったのだろうか。神様を嫌いな暁光帝の気持ちをおもんぱかって、ナンシーは神父をけなしてみた。

 「ん〜…ぶちのめすよりも、やっぱり攻撃を避けるのが気持ちよかったね」

 何とも楽しげな童女である。

 「ボクは攻撃を避けたことがなかったから凄く新鮮だったよ。これからはガンガン避けるとしよう」

 嬉しそうに言って上半身をササッと動かして避ける真似をする。

 「な…なるほど……」

 ビョルンは唖然としながらも納得している。

 アスタは超巨大ドラゴン暁光帝が人化じんかした童女なのだ。

 敵…いるのか、いないのか、そちらの方が怪しいものの、敵の攻撃を避ける必要がなかったのだろう。いな、むしろ、避けた方が周辺への被害が大きくなってしまったはずだ。それで避けるのではなく、そのまま、攻撃を受けることが求められ、習慣になってしまっていたのだろう。

 それは何を仕掛けられてもダメージをわないのだから、ドラゴンのうろこで受けた方が良い。それなら周囲への影響も少なくて、自然環境に優しいと言える。

 けれども、それはそれで不満がまる…のだろうか。

 いや、他のドラゴンが戦う姿を見て自分も敵の攻撃を避けてみたいと思っていたのではなかろうか。

 つかみ掛かってきた神父ファーザーグアルティエロを避けて、あかつきの女帝様は密かに楽しんでいたようだし。

 「それはよろしゅうございました」

 童女が上機嫌ならそれに越したことはないとうなずく。

 「それで龍のドラコ巫女シビュラにご相談とは何事でしょうか?」

 恐れおののきながらもさり気なく話に探査針プローブを混ぜ込ませる。かまをかけたのだ。さすがは領主の懐刀ふところがたなビョルンである。

 「うむ。緊急事態だね。とにかく早くクレミーに伝えるべき大事件が起きてしまったんだよ」

 クレミーが先ほどの言葉を信じて他人にウミケムシの悪口を言ってしまったら大変だ。更にウミケムシの名誉が傷つけられ、汚名をそそげなくなってしまうかもしれない。

 そう考えてアスタは難しい顔をする。

 「そうだったんですか。いつ頃、龍のドラコ巫女シビュラは戻られるんで?」

 質問しつつ、思った通り、っ掛かってくれたとほくそ笑む博物学者だ。自分は一言も“クレメンティーナ”の名前を出していない。“龍のドラコ巫女シビュラ”という聞き慣れない単語をもちいたのに、童女は『クレミーには』と明確に“クレメンティーナ”の名前を出して答えている。

 やはり、あの恐るべき幼女が龍のドラコ巫女シビュラ

 暁光帝によって存在そのものをつくり変えられた超人なのだ。

 自分が立てた仮説について確証が得られて嬉しい。どうしても口がほころんでしまう。

 ところが。

 「わかんない……」

 先の問いについて童女は困り顔だ。パトリツィオ少年達と神父ファーザーグアルティエロの始末、要はごみ処理をクレメンティーナに頼んでしまった。

 いつ頃、戻ってくるのか、わからないし。

 そもそも、戻ってくるように言いつけてもいない。

 もしかしたら戻ってこないかもしれない。

 探しに行かないともう二度と出会えないかもしれない。

 「うむむ……」

 正直、クレメンティーナのことは心配していない。幼女には明確なこころざしと合理的に推論する能力がある。唯一、足りなかった力は自分がおぎなってやった。魔族だろうが、凶暴な幻獣だろうが、人間の軍隊だろうが、何にいどまれようとも今の幼女なら一蹴いっしゅうできるだろう。

 だが、しかし。

 クレメンティーナの敵はそういう連中だけではないのだ。

 場合によっては難題に直面するかもしれない。

 例えば、『円周率を最終桁さいしゅうけたまで計算せよ』なんて無理難題を命令されて、思い悩み、悩み過ぎて死んでしまうとか。

 これは賢い素直な良い子であればこそおちいりやすい難問だ。

 「ううう……」

 黄色いTシャツの白色人種コーカソイド船長に命じられて、大量の計算用紙に囲まれてうずくまる幼女の姿が嫌でも思い浮かべられる。『むぢゅかちぃよぉ』『けいしゃんがおわらないよぉ』と泣きながらペンを握りしめる幼女の何と健気けなげで、何と哀れなことか。

 「駄目だ! それには最大級ゲルグンド轟雷グローム放散ファン稲妻モィニヤじゃ足りない!」

 思わず叫んでしまう。

 円周率は3.14159265358…と、デタラメランダムな数字が無限に続く。どんなに強力な魔法をもってしても円周率の最終桁は求められない。それには円周率が循環しない無限小数…無理数であることを示して、最終桁が存在しないことを証明しなければならないのだ。

 そのためには微分法、すなわち無限小解析の原理を知る必要がある。

 「厳しいな……」

 思わずくちびるを噛みしめる。

 「ええっ!? 最大級ゲルグンドの雷魔法でも対処できないっ!? そんな重大な事態が迫っているんですかっ!?」

 悲鳴に近い絶叫が上がる。向こうで博物学者ビョルンが青褪あおざめているが、それどころではない。

 「……」

 アスタは何も答えずに考え込む。

 重大な懸念けねんがあるのだ。

 無限小解析を理解するには集合論とεーδ論法イプシロンデルタろんぽうともな近傍きんぼうの概念と関数論と実数の連続性について知っていなければならない。

 ところが、瓦礫街がれきがいリュッダの教育水準はいちじるしく低いのだ。どうやら算術は四則演算すらまともに教えていないらしい。これでは無限小解析をおさめるなど夢のまた夢である。

 足りない力をおぎなってやったつもりだが、まだまだ足りぬ。

 許すまじ、黄色Tシャツの船長!

 幼いクレメンティーナが無理難題を突きつけられて泣く姿を想像すると目頭めがしらが熱くなってしまう。

 「そんな時、あの子に任せて捨て置くなんて真似まねはできないよね……」

 やはり、まだ自分が助ける必要があるだろう。

 その時。

 「……」

 ふと何気なぎげなく海へ視線を向けた時、視界に違和感を感じる。

 「むぅ……」

 きらめく虹色の瞳アースアイが意外なものを見つけてうなる。

 何であんなのが来ているんだろう。

 「アスタさん?」

 童女の様子をいぶかしんだビョルンもメガネ越しに海を見つめた。

 「…」

 同じくナンシーも海に目を向ける。ヒト族よりも視力の高い妖精人エルフ族らしく、ヒト族には見えないものを見つけてしまう。

 「これは!?」

 鮮やかな紺碧こんぺきに輝く碧中海へきちゅうかい、その平和な波間なみまに怪しい影がある。

 それは沖合からこちら、海岸へゆっくりと近づいているようだ。

 「何かかいなものが近づいてくるわ!」

 警告する。

 「1つ、2つ、3つ…いえ、4つ、いるわ! あれはもしや……」

 白波しらなみを介して見える姿は定かでないが、目をらすと確かなかたまりが4つ見える。大きさは様々でヒト族の大人ほどのものから大きなヒグマほどもあるものまでいろいろだ。

 「これはまた珍しい連中がやってきたね♪」

 アスタの声はどこか嬉しそうだ。

 逆に。

 「珍しい連中!?」

 ビョルンの声はうわずっている。

 こうして海の中から上がってくる幻獣モンスターに心当たりがある。それは瓦礫街がれきがいリュッダ領主の懐刀ふところがたながおののく存在だった。

 「あれは……」

 海中で揺らぐシルエットには見覚みおぼえがある。

 どうやら、悪い予感は的中してしまったらしい。

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