第86話:オルジア帝国の切り札! それは暁光帝の秘密だった! えっ、ボクのプライヴァシーは!?
国家の“切り札”という言葉から連想されるものは何だろうか。
軍事的な秘密兵器、大国との秘密条約、敵国を混乱させる秘密工作などだろう。
しかし、ヴェズ朝オルジア帝国の切り札はそのどれでもなかった。
帝位継承に際して表の戴冠式に隠れて行われる裏の儀式、それは初代皇帝、
その写本の内容こそが帝国の切り札。
そこに描かれていたことの大まかな内容は……
・
・暁の女帝様:【呼んだ?】(すべての臣民の耳元へ風魔法で紡いだ言葉を届ける)
・チシュピシュ:(風魔法で声を飛ばして)【はっ、陛下のご
・暁の女帝様:【あ、そぉ…】(困惑顔)
・暁の女帝様:【次に呼ぶ時はもう少し離れて待っていてね】
・チシュピシュ:【ははっ! なんとお優しい…すべて
・暁の女帝様:【うん。じゃっ!】(六翼に力を込める)
・ドーン!!(六翼が大気を切り裂く轟音)
・チシュピシュ:【おぶぅっ! おっ、お待ちくだ…ここで飛ばれては……】
・暁の女帝様:【あっ、うん…】(自分の鱗を投げる)
・チシュピシュ:「おっ、おぉぅっ!」(一枚の龍鱗が地面に突き刺さり、風を防ぐ)
・暁の女帝様:【気をつけてねー】
・ドドーン!!(女帝様が飛び立つ轟音)
・チシュピシュ:「うんげれべっつぉおれぇぇーっ!!」(五体投地のまま石に
・本日、只今、ここにアプタル朝オルジア帝国、滅亡\(^o^)/
……という、何とも
「何ですか、これは? いや、これこそがオルゼポリスの喜劇の真実…なのか。何ということだ!」
あまりの衝撃に宰相がよろめく。
「女帝様が
「うむ。
皇帝も同じ印象を
「どうして暁の女帝様はかように砕けた喋り方をなされるのであろうか? これでは威厳というものが全く感じられないではないか」
「人間の王ではありません。“権威”が不要だからでしょう。全てを自分で行われますし、配下の全てよりも強大でいらっしゃるのですからね」
「むむむ…女帝様には悩みがあらせられないということか?」
「あらせられるのかもしれませんが、陛下とは違うのでしょう。俗世とは関わらぬよう暮らしているのかもしれませんし」
「むぅ…それでも女帝様の
「ええ。それが暁光帝でありますから……」
語り合う2人の為政者、俗世の管理人はため息を
けれども、緊急事態である。ため息を吐いて終わりにするわけにはいかない。
「むむむ…神君は声を張り上げて喋ったわけじゃないし、エーテル
写本には実際にあった当時の出来事が
自分を“
「神君、ションベン
写本を読んで気になった
「うむ。
1番目はもちろん暁光帝の口調である。
それでも大の大人、それも帝国の宰相を
だが、失禁しなかった理由は単純に出す尿が尽きていたからだろうとも思っていた。
暁光帝に出会って目を
「ふぅむ…被害者の数も20万人ではなく、『推定10万人か、それ未満』って書いてありますな」
「当時の帝都は疫病禍に襲われて人口が激減していたのだ。しかも、暁光帝のマラソンで46回も踏みつけられていたからの。大勢の臣民が逃げ出していたであろうぞ」
「なるほど、犠牲者を多めに見積もって
「全ては彼女の権威を
「自分がどれだけ恥をかいても…ですか」
やはり、名君。
“
「とりあえず、である。写本のおかげで朕は暁の女帝様について世界で一番よく理解していると考えて欲しいのである」
皇帝は重々しく告げる。
「な…なるほど…そ、そうか! 帝国の切り札は初代皇帝の手記! そこに記された情報だったのですね! それはまさか!?」
宰相がどよめく。
写本の価値にようやく思いが至ったのだ。
その真なる意味を想像すると身が震える。
「明らかなことは暁の女帝様が
皇帝は明言し、命じる。
そして、論拠を示す。
「女帝様はこの世の真の支配者であらせられる。だから、彼女に命令できる者は存在せぬ。あの
帝都の空を横切る暁光帝を何度も見ている。
彼女が自国の上を飛ぶ時、為政者は1人の例外なく、『降りてきませんように』と祈りながら天空を見つめるのだ。
雲上を飛ぶ、その
超大国の独裁者であっても様々な者らの声には耳を傾けねばならない。経済を
オルジア皇帝であっても1つの決断を下すのにさえ大変な労力がかかるのだ。
だから、全てをたった1頭で決める暁光帝に
非常に自由で、非常に暇そうだ。
「確かに
あまりにも異常な事態であるが、ようやく納得した宰相である。
暁光帝は本当に遊びに来たらしい。
しかし、それは予測不能な彼女が更にわからなくなったということだ。
気まぐれに街を踏み潰すか、かくれんぼで街を全壊させるか、くしゃみで街を消し飛ばすか。
超巨大ドラゴンに関わってしまった以上、瓦礫街リュッダは
いつ消えてなくなってもおかしくない。
「ふむ…世界は暁の女帝様について何も知らんのだ。初代皇帝である神君チシュピシュが
自分の先祖をこき下ろすか。
“詐欺師”ではない。
“稀代の詐欺師”だ。
それは敬称。
彼がオルゼポリスの喜劇について
ヴェズ朝オルジア帝国が発行した歴史書『新・龍の観るオルジア』の中で暁光帝は……
・
・暁の女帝様(
・チシュピシュ(土下座で):【ははー! おっしゃるとおりでございます!】
・暁の女帝様(
・チシュピシュ(失禁しながら):【お慈悲を! 哀れな人間めにお慈悲をー!】(おしっこジョバー!)
・暁の女帝様(上機嫌):【しかれども、宰相チシュピシュの
・チシュピシュ(土下座したまま):【ははー!
・暁の女帝様(
・チシュピシュ:「うんげれべっつぉおれぇぇーっ!!」(五体投地のまま石に
・帝都が
・皇子や皇女も死に
・ここにめでたくアプタル朝オルジア帝国、滅亡\(^o^)/
……このように語ったとされている。
現実に起きたこと、事実はこの正史に
アプタル8世にも、帝都オルゼポリスにも、自分が語りかけたチシュピシュ1世の使命にさえ、暁光帝は一言も言及しなかった。
自分を呼び出した皇帝にも、呼んでおいて歓迎しない都市にも、怒っていない。
どうでもよかったのだ。
驚くべきことに。
では、何故、彼女の目に止まることさえなかった帝都の臣民らは滅ぼされたのか。
この疑問に応えるべく皇帝はしっかり相手の目を
「この写本の中から読み取れる帝国の切り札、それはな…」
語る。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ!
強烈な圧迫感を与えつつ。
「暁の女帝様には挨拶しない者が見えないのだ!」
驚くべき真実を告げる。
「しかも、風の魔法で言葉を編まない限り、決して彼女には伝わらないのである!」
皇帝の告げた内容は宰相に強烈な衝撃を与える。
ドーン!
「何と!? では…では……」
その脳裏に様々な想いが巡る。
オルゼポリスの喜劇が起きた当時、大勢の臣民が犠牲になったのは返事をしなかったからだったのだ。
そんな理由であれほどの惨劇に至ったのかという想いが
しかし、それも違うのだろう。
暁光帝は挨拶を返さなかった人々が初めから目に入っていなかったのだ。
一応、全員に声を掛けたものの、返事をしたのはチシュピシュ1人だけだった。だから、他の人々は『何だ、気のせいか』で片付けられてしまったのだろう。
また、正史では『神君チシュピシュが大声を張り上げて女帝に訴えたので話を聞いてもらえた』とあるが、よく考えてみれば大勢が悲鳴を上げて逃げ惑う
「普通に
その言葉が意味するところは明らかだ。
「誰がどれだけ叫んだとて声を雲の上まで届かせることは不可能であるぞよ」
現実を語る。
「ハッ!」
わかりやすい表現を聞いて想像し、宰相は気づく。
結局、そういうことなのだ。
暁光帝はあまりにも巨大で人間に気づくことはない。
「お主は庭の薔薇に付いたアブラムシがテントウムシに食われて上げる悲鳴が聞こえるか? そういうことである」
いやはや何ともと言いたげに皇帝は首を振る。
「む…むぅ……」
あまりのことに宰相は
人間はあまりに小さすぎてどんなに泣き叫んでも暁光帝に気づいてもらえない。
チシュピシュ1世は風の精霊魔法で言葉を伝えた最初のアブラムシなのだ。
当時、人々が悲鳴を上げて逃げ惑う、この世の地獄にも。
風魔法の拡声術が使える者は他にもいただろう。
暁光帝を見て震え上がっていても声を掛けられるほどには正気を保っていられた者は他にもいただろう。
けれども、両方できて、なおかつ、彼女に事情を説明できるくらい冷静だった者はチシュピシュ1世をおいて他にはいなかったのだ。
故に、その業績がとてつもなく偉大であることは間違いない。
「これが帝国の切り札である。我々だけが暁の女帝様に語りかける手段を持っておるのだ」
皇帝は視線を鋭くする。
暁光帝に対応する最高の手段、それは“話し合い”である。
ヴェズ朝オルジア帝国だけがそれを実現できる。
他国を置いて
「しかし、なるほど…これで
宰相はしきりとうなずく。
先帝は女性だったのだ。本来、これは大変に異常なことだ。オルジア帝国は何よりも力を
また、今の皇帝には優秀な兄らがいた。そう、複数いたのだ。けれども、先帝は人格も
何故、女性が軽んじられる男性社会で女性が帝位に
何故、優れた兄らが退けられて
その理由は明らかだ。
「うむ。母上は…先帝様は風魔法をよく使えた。そして兄上らは使えなかったのである」
皇帝は力強くうなずく。
「先帝様に『次の皇帝はお前だ』と告げられて以来、兄上らの恨み言、
自分は風の精霊魔法に適正がある。
拡声の術も得意だ。
だから、帝位に就けた。
思えば、魔法適性の審査とともに先帝の
「オルジア皇帝はいざという時、自分の言葉で暁の女帝様に語り掛けねばならぬ」
通訳など使えない。
それが出来ない者にオルジア皇帝は
暁の女帝とどう付き合うか、それは帝国にとって最大の課題であり、それが上手く出来る者だけが帝位に就けるのである。
この事実の前では『たくましい』とか、『優秀である』とか、『女性である』とか、そんなことは部屋の
それほどまでに“暁光帝”という超存在が持つ意味は絶大なのだ。
「朕は
胸を張る。
血統と能力で自分は帝位に就いた。
これは正統な帝位継承であり、何者にも文句を言わせない。
「凡愚に足りぬものは宰相のお主が
ニヤリ笑って宰相の肩を叩く。
「はい。わたくしにお任せください」
宰相も応える。
2人はなかなか良いコンビである。
「うむ…では、話を続けるぞよ」
照れ隠しの笑いで
「切り札はこれだけではない。さらにもう1つ……」
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!
異様な雰囲気を
「まだ何かあるのですか!?」
その様子に宰相は
「それは……」
「それは?」
ゴクリと喉を鳴らす。
「暁の女帝様は優しくて思いやりのある
皇帝はオルジア帝国の最高機密を告げる。
ズッドーン!!
「何ですとーッ!?」
腰が砕けてうずくまってしまう。これほどの衝撃を味わったことはない。
一瞬、自分の気が狂ったのかと案じたが、写本の内容から考えてそれは十分に
暁光帝の語り口は優しくて思いやりがあり、どことなく
飛び立つときにも哀れなチシュピシュ1世が吹き飛ばないように自分の
砕けた口調だが、貴婦人であることが
これは何を意味するのか。
宰相は頭の切れる男だ。
「およそ信じがたい話ですが、女帝様は…人語を解する敵対的でないドラゴン…であらせられるのですね」
重大な情報を口にする。
この情報はオルジア帝国に強烈なアドバンテージを与える。
こちらに交渉の手段があって、向こうが交渉に応じる用意があるということなのだ。
話し合いとなれば政治家の
宰相は外交に自信があり、異文化との交渉はお手の物である。
「
無敵の兵器が得られる。
こちらには神殺しの怪物がついているのだ。
断言しよう。
どんな戦争も絶対に負けることがなくなるのである。
何なら世界を相手に一国で戦っても圧勝できるに違いない。
夢が広がりまくる。
「いやいや、暴走してはいかん。もっともわかりやすい破滅の形だぞ。
ブルブル震えて皇帝は首を振る。
暁光帝を
「オルゼポリスの喜劇は言うに及ばず、デティヨン海の悲劇、
そびえ立つ暁光帝の鱗の先、見えない
“大峡谷のマラソン”は帝都に近い大峡谷の底を暁光帝が3日3晩、駆けずり回った事件である。
“大いなる海水浴”は
いずれも偉業に驚いた有力者どもが『
仕方がない。
暁光帝が地上に降りてしまったのだから。
皇帝は思う。
歴史的にしばしば滅亡するオルジア帝国だが、滅亡した原因の半分くらいは暁の女帝様にあるのではないか、と。
それでもオルゼポリスの喜劇は様々なものをオルジア帝国にもたらしたことは間違いない。
「今、朕は恵まれておるのだ。神君の時代に比べて国力は増し、軍馬も兵士も十分。海軍も育っておる。瓦礫街リュッダごとき、いかようにも叩き
戦争を
とりわけ、フキャーエ竜帝国にはだいぶおもねる形になってしまった。それは援助を受けながらふんぞり返るような真似はできなかったのだろう。
だが、国力が増した今ならかなり無理が効く。
軍事力を背景にして
「だから、朕は瓦礫街リュッダにも圧力を加えてきたのだが……」
陸海の両面から軍事的な圧力を掛けて、オルジア帝国に有利な外交を展開しようと始めた
「“暁光帝、降りる”…彼女が地上にお降り遊ばされてしまいましたからね…これは
宰相も悩んだ。
こちらには2枚の切り札がある。
これらのカードを切れば暁の女帝様であっても利用できる。
「危険すぎるぞよ!」
皇帝は宰相の心を読んだかのように叫んだ。
「オルゼポリスの喜劇を思い出すが良い! 彼女は帝都を破壊なさったのではない! 只、単に飛び立たれただけなのだぞ!」
彼女は神殺しの怪物。
敵意も、悪意も、害意も、何もなくても国が滅びる規模の大災害をもたらす超巨大ドラゴンなのだ。
下手に関わればヴェズ朝も滅亡するだろう。
「けれども、う〜む…遊びにいらしたのであれば、我々が優先するべきは“邪魔をしない”ことですな」
提案する。
消極的な方針であるが、有効な手段かもしれない。
もっとも、皇帝は浮かぬ顔だ。
「ふぅむ…しかし、そもそも人間が束になったところで女帝様の邪魔などできるものだろうか?」
根本的な問題を提示する。
庭の薔薇に付いたアブラムシが何万匹かかろうとも貴婦人の歩みは止められない。
実際、百万の大軍で行く手を
「いいえ。逆に考えるのです。我々が目立たず、おとなしく控えていて、代わりに他国が女帝様の遊びを邪魔をすれば……」
宰相はニヤリと笑い、口元を歪ませる。
それが何であるかは構わない。
常識的に考えれば人間が彼女の邪魔をできるわけがない。
だが、常識で測れないのが暁光帝だ。
「単純に可能性の問題かと。我々は関わらないようにして遊びの邪魔する可能性を排除する。他国には残す。それだけで……」
最後まで言わない。
自分が手を汚さなくとも、他国が関わればそこは超巨大ドラゴンに何かされて滅びるだろう。
少なくとも自国に
「なるほど。それはよいぞ、よいぞ」
味方が無事で敵が消える、
皇帝は
「よし、瓦礫街リュッダへの作戦行動はすべて中止ぞ」
すぐさま決定した。
この件に関しては口うるさい有力者どもに相談する必要はない。
法律にも明文化されている。暁光帝については悠長に相談している暇がない。即断即決が求められるので皇帝の
いずれ、帝国の有力者達にも『暁光帝、降りる』の一報は伝わるだろう。しかし、彼らが皇帝の決定に口を挟むことない。為政者として関わらねばならぬとわかっていても暁の女帝様には関わりたくないからだ。
「万が一にも、女帝様から『返せ』とは言われとうないからな」
紫の金属光沢に輝いてそびえる、暁光帝の
やはり
わずかに傾いた太陽が何百年も変わらない“壁”をきらめかせている。ろくに手入れもされていないのに打ち出されたばかりの新品の剣のようだ。
何十年、何百年、何千年、長い時を経て世界は様々に変化した。
その間にオルジア帝国は何度、滅びたことだろう。
万物は
しかし、暁光帝の鱗は
彼女だけが永遠にして不変なのだ。
なんともはや。
「朕は
天窓の太陽が鱗の表面に映って、反射光が
「……」
宰相は主君の疑問に何も答えられなかった。
****************************
その日、『暁光帝、降りる』の一報が伝えられた碧中海の沿岸諸国は戦慄した。
瓦礫街リュッダを
もともと、暁の女帝に敏感なヴェズ朝オルジア帝国は何の声明も出すことなく、全ての軍事行動を停止。オルジア艦隊もリュッダ近海から撤退した。
碧中海の南沿岸、ダヴァノハウ大陸で盛んに商業を
続いて、ヒト族を主体としない文明国について。
これは1つでも多く情報が欲しかったからであって混乱を恐れたわけではない。
ダヴァノハウ大陸はポイニクス連合のさらに南に位置する死の砂漠、エーリュシオンは暁光帝と同じ
次に非文明国であるが。
偉大なるプガギューの国、
また、他の有力な集団や都市国家、盗賊団のたぐいには一報が伝えられなかったため、組織的な対応は見られなかった。
『暁光帝、降りる』の一報は非常にデリケートな世界情勢に
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます