最終話 月下の憂鬱(10)



 颯真が目を覚ました頃には、すっかり日が傾いていた。

 この時期の日照時間はとても短いが、その日の夕焼けはとても綺麗だった。


 茜はじーっと、颯真の顔を見る。


「どうしたの?」


 すっかり元気になった颯真は、自分を見つめる青い瞳に少し頬を赤つつも、嬉しそうに笑った。


(これが、大きくなったらあんな感じになるのか……)


 じっくりと見たわけではないが、未来から来た颯真は中々いい男だったような気がして、にっこりと笑うと、颯真の手を握る。


「よし、決めたぞ! 颯真!!」

「……なにを?」

「アタシがお前の嫁になってやる」

「え!? ほんとうに!?」


 まさかの茜の発言に、その場にいた大人たちは笑った。


 確かに、それは側から見たら微笑ましい光景である。

 可愛い女の子と、その女の子を助けた勇敢な男の子の、愛らしい光景でしかない。


 しかし、茜の正体を知っている飛鳥だけは、複雑な心境だった。



「やれやれ……私は孫には普通の幸せを望んていたのだけどね……」



 颯真は、そんな祖母の心境なんて全く知らずに、嬉しそうに茜にぎゅうっと抱きついて、迎えに来た両親の車に乗るまで、ずっとくっついて離れなかった。


「ぜったい、茜ちゃんと結婚する!!」





 この二人が、次に再会するのは、もう少し先の話である。




 * * *




 数週間後、無事に退院した葵は、両親よりも先に姉の変化に気づいていた。

 入院中、強盗に巻き込まれて大変だったと聞いて、心配していたが、本人はそんな怖い目にあった様子は全くなかったからだ。



 葵はその日の晩、いつものように窓から見える満月を眺めていた茜の隣に座り、じっと自分と同じ顔の姉の顔を見つめた。


「茜ちゃん、なんだかすっごく楽しそうだね……何かいいことでもあったの?」


 最初は、自分が退院できたことを喜んでいるだけなのだと思ったが、どうも違う。

 いつもどこか大人びた表情で、憂鬱そうに月を見上げていた横顔が、明るいものに変わった気がした。


「いいこと? そうだな……あったよ。葵が帰って来たんだ、当たり前だろ? それとな……————」



 茜は、葵に話して聞かせた。


 昔、吉次郎と過ごした頃、近所の子供達に各地で見聞きしてきた話を聞かせていた、あの幸せを感じていた時と同じように。



 まるでおとぎ話のような話を。


 自分を必死に助けに来てくれた、小さな勇者の話を。




 −終−



最後までお読みいただき、ありがとうございました。

番外編①はこれにて完結です。

番外編②(飛鳥&春日の若い頃の話)は、また後日。


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月下の憂鬱 星来 香文子 @eru_melon

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