第21話 月下の憂鬱(9)



 飛鳥は、先代の住職から八百比丘尼の話を聞いていた。


「あの女狐が掛けた呪いのせいで、我が一族は常に妖怪から狙われる運命だ。もちろん、今は私の力で封印してあるが呪受者であるこの子も、いずれその時が来る」


 すやすやと眠る颯真の頭を優しく撫でる飛鳥の表情は、どこか哀しそうだ。


「普通の人とは違う理の中で生きている。そういう点では、お前と同じようなものだ。あの女狐のせいで、この子も、そして、この子の孫にも、普通に生きるという選択肢がない。呪いを解かなければ、同じことが繰り返されるだけだ」



 普通であることが、どんなに幸せなことか、茜には痛いほどわかる。

 長い時の中で、何度も大切な人を見送り、失って来た。

 その度に、何度も普通でいられたらと願った。


 しかし、それは叶わない夢だ。

 だからこそ、八百比丘尼は自分をこんな存在にした玉藻を恨んでいた。

 ずっと、復讐の時を夢見ていた。


 今、目の前にいるこの呪受者も、また同じく、玉藻を恨んでいる。

 初めて出会った同志と呼べる存在だ。


「この呪いを解いて、運命を変えるには、あの女狐を完全に滅するしか方法はない…………」


「アンタはあの女狐を封印した巫女の末裔なんだろう? アンタにそれはできないのか?」


「私もそう思ったよ。どうやら私は、歴代の一族の中でも、最強の力を持っているらしい。だからこそ、あくまで封印の継続にこだわる里を抜けて、私は一人でその方法を探していた。自分の孫達には、普通の幸せの中にいて欲しかったから、何も教えてこなかった。私の手で呪いを解くつもりでいたから……」


 茜は、飛鳥の言葉に首をかしげる。


「つもりでいた? 最強の力を持ってるのに、できないのか?」


「私はその前に死ぬようだ。残念なことに……」



 飛鳥の話によると、湖の中で青い光と共に消えたあの学生……あれは、未来から来た颯真なのだという。

 そして、彼こそが…………颯真こそが、玉藻の呪いを解くことができる力を持っているらしい。


 未来から来たなんて、普通なら信じられないが、茜は実際に消える瞬間を見た。

 今、スヤスヤと眠っているこの少年が、長い間待ち望んでいた、あの狐に勝つことができる、その者なのだ。



 茜は、その青い瞳で、颯真の顔を見る。


(ついに……その時が…………)


 長かった、憂鬱な日々を思い出し、全身が震える。


(やっと、やっとあの女狐に…………復讐できる)



「涙が出たのは、何百年ぶりだろう…………」



 溢れ出した涙で、両目の下にある黒子を濡らしながら、茜は笑った。









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