第20話 月下の憂鬱(8)


 一方、茜は人質として連れていかれる中、困惑した。


 玄関にいた、3人の人物。

 その中に、颯真とは別の呪受者がいた。


 僧侶の方は顔見知りだが、中年女性は明らかに右目の色が違う。

 そして、もう一人…………



(呪受者が……同時に3人も!?)


 人混みをかき分け、犯人を追いかけて来た学生の右目は前髪で隠れていて初めは見えなかったが、風に揺れた時に見えた右目は赤かった。


「ちっ……ここまでか」



 強盗の男は、茜を抱えたまま、徐々に増え始めた観光客の間を縫って、逃げ回っていたが、ついに湖の前まで来てしまい、逃げ場を失った。


「茜ちゃんをはなせ!!」


 足場の上で、颯真は男の脚にしがみついた。

 ナイフを持っているというのに、茜を助けたいという一心だった。


「こんの、くっそガキ!しつこいぞ!!」


 男はナイフを持った手で、しがみつく颯真の首根っこを掴んで、力任せに湖に放り投げる。


「颯真!!!!!」


 5歳の勇者の体は、軽々と宙に浮き、冷たい湖の中へ沈んでいく。


「くっそ……!!!!」



 追いかけて来た学生は、颯真を助けるために湖に飛び込んだ。

 そして——————


 その瞬間、湖が光る。

 あの青い光の柱が、天高く伸びた。




「まったく…………!! 私の孫になんてことを!!」


 中年女性の呪受者は、この強盗の男に何かが取り憑いているのがわかっているようで、何か呪文のようなものを唱えると、一瞬で男の力は抜けてしまい、その場倒れた。



 男が気を失った隙に、茜は男から離れて、颯真と学生の後を追って青い光を放つ湖に飛び込んだ。


「え!? ちょっと……!! 茜ちゃん!!!?」


 その様子を少し遅れて到着した僧侶と警察が見て、慌てて助けに湖に飛び込んだ。


(なんだ……あれは————?)


 一足先に湖の中に飛び込んだ茜は、青い光よ共に颯真を抱きかかえていた学生が消えていくのを見た。


 颯真だけを残して、呪受者の学生は姿を消し、救助されたのは茜と颯真だけたっだ。




 * * *




 二人は寺院に運び込まれ、応急手当てを受ける。


 颯真は夜明け前から茜を助けるために動いていたため、体力を使い果たしストーブのついた暖かい部屋で熟睡していた。

 茜も疲れただろうと、颯真の隣に敷かれた布団の上にいたが、眠れるわけもなく、じっと眠っている颯真の様子を見た。

 寝返りをうち、布団から出た颯真の足や手に、小さな傷がいくつもあるのを見つけて、その傷を舐めて綺麗に消すと、襖の開く音がする。



「やっぱり、八百比丘尼の方だね」



 久しぶりに呼ばれたその名に、驚いて振り返ると、先ほどの中年女性————颯真の祖母である飛鳥あすかがいた。



「アタシを……知っているの?」


 飛鳥は頷くと、警戒する茜の青い瞳をまっすぐに見る。


「その瞳の色は、人とは違う理で生きる者の証だ。それに、先代の住職からお前の話は聞いている。玉藻との因縁もな————」




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