第6話 二人目の容疑者
次に入ってきたのは、矢島(やじま)春菜(はるな)という社員だった。街中でも目立つであろう美人で、涼しげな雰囲気がある。おかんがまた醜く嫉妬しないか心配だった。
「あら、すっごくべっぴんさんやね~」
とおかんは言った。
ギクリとしたが、嫉妬をしている様子はなかった。純粋な気持ちで褒めていた。安堵の息をついた。
「いえいえそんなこと」
よく通る声で矢島は言った。
「さぞかしモテるんやろうね~羨ましいわあ」
「そんな、奥さんだって綺麗じゃないですか。おモテになるんじゃないんですか?」
「あ、わかりますぅ~?」
おれは椅子から落ちそうになった。
どの口が言ってんだ。
ごほんと、大きく音を立ておれは咳払いした。恥を晒すなという意思表示である。
「もうなんやのあんた。俺も俺もってアピールしてもあんたはモテへんのやから」
「そんなこと誰も思ってへんわ!」
おかんは憎いくらい声を立て笑っていたが、ふぅと吐息をつくと、
「矢島さんは、昨日何時頃に仕事が終わりましたか」
「九時です。それからすぐに帰りました」
「じゃあ最後の一人やったの?」
「はい」
「社長さんはその時まだ、おられましたよね」
「ええ、いましたわ。と社長室をノックし、中に入って挨拶しましたから」
「社長さんの様子はどうでしたか」
「普段と変わりなかったように思います。書類に目を通していて、顔を上げるとおつかれーって」
「会社を出て、どこかへ寄ったりしましたー?」
「寄ってないです。見たいドラマがあったので、速く帰って見たかったですし」
「矢島さんはずっとお家にいたんですね」
「いました。ああ、一度社長に電話したんですよ」
「何時頃の話なん」
「九時三十分頃です。仕事のことで確認したいことがありまして、電話したんです。でもお出になりませんでした。飲みに行くというのをチラリと聞いていたから、出ないのも仕方がないかと思いました。でも電話に応じれなかったのは、殺されていたからなんですね……」
「そうなんやあ。ちょうど犯人と対面していたとも、考えられるけどね」
「ああ……そっか……」
矢島は目を伏せた。ため息をつくと、
「それに、まさか密室だなんて……わけがわからない……」
「扉に不備はなかったですか。防犯カメラが壊れていたように」
「なかったと思いますよ。カメラが壊れていたのを発見したのは私なんですよ」
「昨日やったっけね、わかったのは」
「そうです。出勤して会社に入る前に、あれ? って気づいたんです。防犯カメラの首が少し折れていて、カメラの端が赤く光ってるはずなのに、消えていました」
「壊れたというよりも、壊されたと感じた?」
「はい」
矢島は首肯した。
「でも、社長が自殺したとは考えられないんですか? 鍵が閉まっていたのなら、尚更そうじゃないですか。そこがずっと引っかかってるんです」
朝倉はおれの質問と同様に返答した。答えを聞いた矢島に反証はなかった。
「社長さんの印象はどーう」
「仕事が好きで、情熱を持っている人でしたね。私もどちらかと言えば熱いタイプだと思うので、共感できるところもありました。けれど感情的な人でもありました。手をあげることはなかったですが、根性論をよく説いてましたね。それについていけず、辞めていく人もちらほらと……」
「専務さんも、ワンマン系だと言ってました」
「心血を注いでいる方だと思いますわ。……でもなんていうか、女子社員には比較的、優しかったんですよね。そこに不満を持ってる人はいるかも」
女好き社長だからだな、と思った。
社員に対しスケベ心があったのかはわからないが、阿東健吾はおれの好きなタイプではなかった。それは決して誠実とは言わない。
「不満を持ってる人はいはりました?」
「大なり小なり、みんな持っていたとは思います。女子社員には甘いし、よく怒るし、お酒が好きでよく誘われるのも、迷惑だと感じてる人もいました。あと、ボーナスが少ないことに、私も含め愚痴ってました」
「なるほどねぇ」
おかんは頬に手を当てた。今度は頬を膨らまさなかったので良しにした。
矢島は慌てて両手を突き出し否定した。
「あ、でも、だからといって殺そうなんて思うような人はいないと思いますよ!?」
「わかってます、わかってますよぉ」
とおかんは笑顔を作り言ったが、おれは嘘だなと即座に気づいた。すべてを疑うのが、探偵の役目だからだ。
ただ息子の前では少々、教育に悪いように思う。ダーティーなところを見せてしまうと、性格がねじ曲がってしまう。
いや、と思い直した。すでにねじ曲がっているか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます