第3話 現場へ

 家の前で待っていると、白のセダンがやってきた。朝倉の車だ。

 おかんは助手席に乗り込み、おれは後部座席だった。

 朝倉の年齢は四十代前半で、体格は大きく、おれよりも少し小さいが背もあった。髪をオールバックにし、眉間にしわを常に寄せている。マル暴の刑事と言えば十人中、十人が疑問もなく納得するだろうが、捜査一課の所属だった。


「また今月も頼むよ」

 と朝倉は車を発進させると言った。

「場所は遠いん?」

「そうでもない」


 朝倉はバックミラーでこちらをちらりと見ると、

「元気か、啓斗」

「ええ、まあ。それなりに」

「それなりか、ふふっ。なら良かったよ。最近は、落ち着いてるみたいだな。喧嘩もせず」

「まあ、そうですかね……」

「そうか」


 朝倉は優しく微笑んだ。おかんは口を挟むように言った。


「私を呼ぶってことは、謎があんの?」

「そうなんだ。密室殺人が起こってな」

「そう……」


 密室殺人となると、澪先輩も興味を持ちそうだ。なにせ先輩は探偵志望である。明日、学校で教えてやろう。


「被害者の名前は阿東(あとう)健吾(けんご)、四十歳。イミテーション・コインの社長だ」

「なんの会社なん?」

 とおかんは尋ねた。

「仮想通貨の売買や入金、信用取引などをしている」

「今時の会社やね」

「小規模な会社だが、それなりに上手くやれているらしい。あとちょっとで現場だ。より詳しい話は、そこでする」


 ややあってから現場についた。

 オフィス街だった。ビルなどが並んでいるあいだに背の小さな建物がある。株式会社イミテーション・コインという看板がかかっていた。


 扉の前には制服警官が立ち、いかめしい表情をし、道行く人々に威圧感を与えていた。しかしこちらを見てもなんの反応も示さなかった。探偵とその息子であることを認識しているのだ。当初は、素人を現場に入れることを反対するものも多かったが、朝倉が睨みつけると沈黙したのだという。上にチクりあがったやつは、どうなっているかわかっているよな? という脅し付きで。


「行こう」

 朝倉は進んでいった。制服警官は敬礼し、朝倉は少し手を挙げた。

「どうもこんにちは~」

 おかんはおばちゃんの愛想笑いを浮かべ会釈した。おれも軽く頭を下げ進もうとすると、おかんは勢い良くこちらを振り返った。

「こらあんた、ちゃんと挨拶しなさいっ。挨拶は大事やで!」

「こ、こんにちは……」

「すいませんねー、アホでほんまこの子は~」

「ああ、いえ……」

 おかんはまた会釈し、おれもならい頭を下げ進んだ。


 挨拶は大事。

 それは認める。だがただいまと言った息子の顔を見ず、屁をこくのは果たしていいのだろうか?

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