第10話 おかん、やめてくれ……

 扉を開け、玄関に入った。澪は緊張でもしているのか、中に入ってこようとせず、体を固くさせていた。


「先輩も遠慮せずに」

「うん……。お邪魔しまーす」


 玄関に入ると、澪は廊下の先に向かって言った。

 靴を脱ぎ、廊下を進んでいく。先輩を家へ招くのは、照れもあるがどこか高揚しているという、妙な感覚だった。もちろん悪くない感覚だ。


 扉を開けリビングに入る。

「おかん、澪先輩を連れてきたで」


 おイッチニ~、サンシ~

 おかんは先日と同じく、横向きに寝そべっていたのだが、せんべいはなく、数字のかけ声を出しながら、左足を開いたり閉じたりと、体操していた。テレビではレオタードを着たお姉さんが、同様の動きをしていた。

 エアロビクスだ。

 おかんは短く太い足を懸命に動かしている。テレビに映っているお姉さんと雲泥の差だった。


 恥ずかしい。よりにもよって今日、エアロビクスをしなければならないのか? 先輩が来るのは知っていたはずだ。愧死してしまいそうだった……。


 澪も苦笑を浮かべていた。おかんは首を捻りこちらに向くと、

「ああ、おかえりー」

「なにやっとんねんな……」

「なにやってるってあんた、美脚体操やないの」

 おかんは自分の太もも叩いた。ぶるぶると、お肉が振動した。


「お母ちゃんもまだまだ綺麗でいたいやないの」

 色々文句を言いたかったが、澪を気まずい思いをさせておくにはいかない。

「おかん、澪先輩に来てもらったで」

「どうも、こんにちは」

 澪はひきつりながらも、人懐っこい顔で笑った。


「澪ちゃんやないの~」

 おかんは立ち上がると、澪の前に立ちにこにこした。

「澪ちゃんも美脚体操する?」

「あ、いえ私は……」

「いらんこと言うな!」

 とおれは声を上げた。


「なんやの、ええやんか別に……。でも澪ちゃんはそんなんいらんかもね。相変わらずちっちゃっくて可愛いね~」

「そんな……」

 澪は恥ずかしそうに小さく首を振った。

「ほんまアホ息子とは全然ちゃうわ。図体がでかいだけやさかいな~」

「そんなっ、頼もしいじゃないですか」

 澪はおかんの目を真っ直ぐ見据え否定した。


 あら、いいですねえ……。悪くない感触や……ええやんかぁ……。


「あかんで澪ちゃん!」

 おかんは澪の両肩を掴んだ。

「図体で騙されたあかんで!!」


 ──いらんこと言うなや!!

 おれは地団駄を踏みたかった。


「ですけど、いいんですか」

 と澪は言った。なにがだ? 図体の大きなことがか? 良きにきまっているだろう。頼りがいがあるんだ。

「まったく関係ないのに、私が捜査に加わって」

「そんなんええんよ。後進を育てるのも大事なんやで? 今の世代は、次の世代へ。そしてまた次の世代へ……みたいな感じよ。担当の朝倉っていう刑事には、ちゃんと伝えといたから。朝倉刑事も全然いいよって言ってたで」

「あ、ありがとうございます! 勉強させていただきます!!」


 澪は小さな拳を握った。目の中には炎が揺らめいていた。これほどまでに喜んでくれるのなら、前から誘っておくのだった。


「ところで澪ちゃん」

「はい?」

「うちのアホ息子どない? アダルトサイトばっかり見まくってるけど、男としてどう?」

「いらんこと言わんでええんじゃボケェ!!」


 おれは叫んだ。叫んだが、澪の表情をちらちらと窺ってみた。どないと訊かれた反応が気になった。

 困り顔を浮かべるだけで、それが良い反応なのか悪い反応なのかわからなかった。

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