第7話 三人目の容疑者
最後は事務員の折原彩乃だった。
二十代前半で、他の二人とは違い事務服を着ていた。前髪の一部を金のメッシュを入れ、ピンクとラメのネイルアートをしている。普段は明るい性格なのだろうが、身を小さくし浮かない表情だった。主に朝倉刑事の責任であると思われる。彼は威圧感がある。
――いやまさか、おれか? おれの顔が怖いからってことはないよな……。
「折原さん、お願いね~」
とおかんは言った。
「はい」
折原はゴクリと唾を飲み、心配そうに手の甲を撫でた。
「折原さんは昨日、何時頃に会社を出ました?」
「七時三十分くらいだったかと、いや、四十分かな……そんな時間帯です」
「そのまま家に帰ったと」
「そうです」
「九時から十時のあいだは家にいたの」
「いました。ああでも、九時三十分頃に、コンビニへジュースを買いに行きました。店員に聞いてもらえれば、証言してくれるんじゃないかなって思います……」
「次の日、専務さんと社長室の扉をノックしたんですよね」
「そうです。朝礼の時間になっても現れなくて、それで専務が知らないかって。私に訊いたのは、朝にいつも社長にお茶を入れてるからだと思います。事務員なので、会社にかかってきた電話の対応もします。お茶も入れてないし、社長からの電話もないと伝えました。そのあと、専務と一緒に社長室へ……。扉を破ることになって、私は嫌な予感があったので、一番後ろにいました。そうしたら悲鳴がありまして……」
おかんは頬に右手を添えると、
「嫌な予感ってことは、前からなにか気になっていたことがあったとか?」
「そんなじゃないです……」
「思い当たることがあるの?」
「……いえ」
「昨日の態度が変だったとかかしら?」
「いえ、そんなじゃ……」
折原は首を左右に振った。
「ただの勘です。専務が電話をかけ社長室から着信音がして、それでおかしいなって」
第六感のようなものが働いたのだろう。
「そう……。事務員さんってことは、経理の方も?」
「はい」
「こんなこと聞いちゃ失礼なんだけど、この会社の財務状況はどう?」
「特に問題はありませんよ。変なお金の動きとかも、ありませんし」
「社長さんの印象はどう?」
「そうですね……厳しい人ですけど、愛は感じます。ただ遊び過ぎというか、モテるんでしょうけども。私には関係はないですけど、勤めている会社の社長がそんなじゃ嫌ですので」
「それもそうやんね」
「この事件も、そういった背景が関係しているかもしれませんし……」
「なにか知ってるの?」
「いや、そういうわけじゃ……」
ゆるりと首を振った。だがなにかを言いたそうにしていた。]
「社員の皆さんは、どんな不満を持ってました」
「怒りっぽくて厳しいところとか、あとボーナスがちょっと少ないかなって。個人的には、Ketuを社長室に導入したけど、本当にいるのかなって思ってます」
「折原さん的には反対だったんだ」
「Ketuは可愛いけど、お金の無駄じゃないかなって。社員に還元してくれたら……休日出勤も多いのに……」
折原は待遇の面で不満があったらしかった。]
「まあKetuがいると、お客さんを招いた時に話の一つにはなるとは思うんですけどね。商談中に、Ketuに質問したりとか。……仮想通貨を扱う会社だから、そういった最新のガジェットを取り入れていれば、お客さんも安心できるかもしれませんし」
新しいもの好きがゆえ、Ketuを取り入れ、新しいもの好きがゆえ、仮想通貨の会社を起こしたのだろう。阿東健吾社長のアイデンティティだ。
社長室を思い浮かべ、空席になったデスクのタスクは、誰が担うのだろうと考えた。
「この会社を引き続くとしたら、誰になるんですか」
とおれは尋ねた。
「専務ですね、専務も株を持ってるし。ちょっと頼りないけど、サービスは良いかも。下の者の愚痴をよく聞いてるし、ボーナスの点は解消されるかも」
折原は失言だと気づき、バツの悪そうな表情をした。
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