やかましいおかんは名探偵!

タマ木ハマキ

第1話 これでも名探偵

「ただいまーっと」


 リビングに入ると、母親である千条(せんじょう)明美(あけみ)はせんべいを食べながら、こちらに背を向け横に寝転んでいた。座布団を二つに折りまくらにし、右手は座布団と頬のあいだに入れ、左手はせんべいだ。バリボリと咀嚼音を立てながらテレビを見ている。


「おかえりー」

 とおかんがこちらを見ずに言った。ぶっと屁をこくと、左足をちょいっと上げ右足を掻いた。


 このおばはんはぁ……。


 ダイニングテーブルにカバンを置くと、キッチンに入り冷蔵庫を開けお茶を取り出した。

 グラスに注ぎ一口飲んでいると、おかんはふんっと鼻を鳴らした。テレビには若手の女性シンガーが映っていた。どうやら彼女に鼻を鳴らしたらしいが、なぜ因縁をつけたがっているのか。


「なんやのこの子、なんも可愛いことないやんか」


 そんな浅い理由でふてぶてしく鼻を鳴らしたのか。母親が若い娘に嫉妬しているのは、戦争の映像を見るくらいに辛い。凄惨で醜く、時間の流れを感じるということだ。


「別に可愛さで売ってるわけやないねんから、ええやんか」

 とおれは言った。女性シンガーは、皮肉にも親に感謝するという内容の歌をうたっていた。

「でも、テレビに出てるんやで?」

「嫉妬すな嫉妬」

「嫉妬ちゃうで? なんやのあんた、この子のこと好きなんか」

「別に好きやないけども」

「この子よりもお母さんの方がよっぽどええ女やでぇ」

 なに言ってるんだか……。


 せんべいを食べ終えると、おかんは起き上がりキッチンの前にある椅子に座った。ダイニングテーブルに両肘を乗せ、こちらを見た。哀れみの目をしている。嫌な予感を感じながら、おれはお茶を飲んだ。


「なんやねんな……」

「あんた、彼女できそうにないな……」

「なんやねん、いきなり」

「ふとそう思ったんよ、お母ちゃんは心配やわぁ」

「心配なんかすな。ストレスは肌に悪いで。悪い肌がもっと悪くなるわ」

「アホ、お母さんの肌は綺麗やって、ご近所さんでは有名なんやで。まあ、あんたは顔が悪いけどな」


 おれはお茶を吹きかけた。


「こら、自分の息子掴まえてなんてこと言うんや」

「いや、悪いとはちょっとちゃうな。あんたは顔が怖いねん、いかついねん」

「生まれつきやからしゃーないやろ。ほな可愛く産んでくれ」

「身長も高いしな、威圧感があるわ」

「それも産まれつきじゃ」


 文句を言ったが、しかし事実であった。

 学校でおれは疎まれていた。

 凶悪な面をしている自覚はあるし、身長も百八十三センチもある。タチが悪そうに見えるのだろう。失礼な話だが仕方がない。

 疎まれている理由は容姿だけでなく、おれの素行にも問題があったからだ。今は先輩のおかげで良くなったと思うが、中学の頃は喧嘩ばかりしていた。思い返してみても喧嘩しかしていなかったように思う。そんな奴に誰も近づきたがらないだろう。素行をなおしても今更だった。だが先輩だけは違った。


「ほらあんた、あの子はどうなんや」

「どの子」

「澪(みお)ちゃんやして」

「あ、ああ……」

「仲良くしてるやないの。進展はないんかいな」

「う、うるさいな。ほっとけやおかん」

「けど澪ちゃんはええ子やからな、あんたにはもったいないか」


 おかんは言うと、息子を苛めるのに飽きたのかまたテレビを見た。


 ため息をついた。

 ほんとうるさいおばはんだ。

 確信をついているだけ辛い。

 峰ヶ崎(みねがさき)澪は、おれの一つ上の学年の先輩だった。中学も同じで、喧嘩ばかりし学校の不良からも距離を置かれていたおれに、唯一優しく接してくれたのが先輩だった。


 グラスのお茶を飲み切り、部屋に戻ろうとしていると、おかんのスマートフォンに着信があった。画面を確認すると、

「あ、事件やろか」

 と言った。


 おれは足を止め振り返った。

 つまり相手は朝倉(あさくら)真吉(しんきち)刑事だということ。今月もまたおかんに依頼をするみたいだ。

 おかんは小太りでだらしがなく世話好きのお喋り好きの、これぞ関西のおばちゃんといった感じだが、探偵としての類まれなる能力があった。

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