第4話 新たなる食を創めて
食を巡る旅を終えて新たな名物料理を作るため、ラトルへと戻ってきたアルド・サモラ・シュゼット。
「やっとラトルに戻ってきたな。」
「ああ。長かったが たくさんのうまいものに 出逢えてよかった。おかげでいい料理が思いつきそうだ。」
「わたくしも 魔界級のスイーツを作り上げて見せますわ!」
「シュゼットも やる気みたいだな!」
すると、アルドはふと浮かんだ疑問を口にした。
「そういえば シュゼットって 料理できるのか?」
「うっ……。そ それは……。」
(そ そういえば 自分の理想のスイーツを作れると喜んでいたあまり 自分が料理しない事を てっきり忘れてた……!)
ここにきて、根本的な問題を指摘されたシュゼットが、返答に困っていると、サモラが口を開いた。
「あれだけ 甘いものが好きだと言ってたんだ。好きなものなら 探求もするはず。ならば 自分でも甘いものを作るだろう。」
「確かに そうだよな。」
いつの間にか、いい流れに変わったのを感じて、シュゼットは戸惑いながらも、いつもの調子で言った。
「あ 当たり前ですわ! 精霊の生まれ変わりである このわたくしに 不可能なことなんて存在しませんわ! 料理だなんて わたくしにかかれば お茶の子さいさい でしてよ!」
調子を取り戻したシュゼットをもろともせず、サモラは続けた。
「では レシピをこいつと共に考えてくる。悪いが それまで 休んでてくれ アルド。」
「ああ わかったよ。」
「では 行ってまいりますわ!」
こうして、サモラとシュゼットはレシピを考えるため、酒場へと入っていった。
「一体どんな料理ができるんだろうな。さて 今から暇だし ラトルに来たら 力が抜けてどっと疲れたな……。しばらく 宿屋で休むか。」
こうして、アルドも宿屋へと向かった。
しばらくして、アルドは目が覚めると、陽が傾き始めていた。
「しまった……! 休みすぎたぞ……。急いで2人のところに行かないと……!」
アルドは自分がやってしまった失態に気付いて、すぐさま酒場へと向かった。
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酒場まで走ってきたアルドだったが、酒場の前に2人の姿はなかった。
「いない……? もしかして 先にどこかに行っちゃったのか……?」
そう思っていた矢先、サモラとシュゼットが酒場から出てきた。
「おお アルド。ちょうどいいところに。」
「今 やっとレシピが決まって アルドを呼びに行くところでしたわ。」
「こんな長い時間 話し合ってたのか!?」
「ああ。だが 究極のレシピを作り出したぞ。」
「とうとう 決まったんだな! それで どんな料理なんだ……?」
「それは 作ってからの楽しみですわ!」
「まあ それもそうだよな。」
「そうと決まれば 早速食材を取りに行くぞ!」
「えっ……? 今から……!?」
レシピが決まって喜んでいたアルドは、耳を疑った。
「そうだが それがどうかしたか?」
「オレは てっきりもう料理ができているものかと……。」
「料理を作るところからが料理だ。基本中の基本だぞ。」
「そんな……。」
「さ それじゃあさっさと 食材を取りに行くぞ。最初はゾル平原でゾルグレープを採りに行くぞ。」
こうして、アルドたちの食を巡る旅改め、食材探しの旅が始まった。
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アルド一行は、ゾル平原の南側へとやって来た。
「ここら辺に あったはずだ。」
「ここってたしか オレが古代に初めて来たときに たどり着いたところだったな。」
「そうだったのですわね! 急にこんなところに来たんじゃ さぞかし 驚いたでしょうね。」
「まあ その時は 色々と大変だったからな……。」
「お あったぞ。」
エルジオンからゾル平原に飛ばされた時のことを思い出していたアルドに、サモラは声をかけた。サモラが指さす方を見ると、ちょうど行き止まりの岩場に、赤い実をつけた植物があった。
「これが ゾルグレープか。」
「ああ そうだ。」
そういって、サモラはゾルグレープを一つ採って食べた。しばらくして、サモラは一つうなずくと、数個採ってカバンにそれを閉まった。
「これで 一つ目の食材 ゲットですわ!」
「よし。では 今度はヴァシュー山岳でイワイチゴを採るぞ。」
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次に一行は、ヴァシュー山岳の中腹へと向かっていた。
「たしか この辺だったはずだ。」
「こんなところに 植物なんか生えているんですの?」
「みたところ 岩だらけだけど……。」
心配する2人をよそにサモラはあたりをきょろきょろしながら、どんどん進んでいく。そして、しばらく行ったところで、サモラは足を止めた。
「おお。あったあった。」
「ほんとにあったんですのね!」
「ほれ これだ。」
「この 紫の花のことか?」
「よく見てみろ。この花の中に紫の実がなってるだろ。これがイワイチゴだ。」
そういうと、サモラはまた一つ採って食べた。どうやら、一つ一つその味を確認しているようだ。少ししてから、いくつかを採ってカバンに閉まった。
「これで 食材は全部か?」
「いえ まだもうひとつございますわ!」
「さあ 最後はティレン湖道で アイザックを狩るぞ。」
「アイザック……!? 本当に食べるのか……。」
アルドは少し気が引ける思いのまま、ティレン湖道へと向かった。
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アルドたちはラトルを通って、ティレン湖道へと入った。
「それで そのアイザックとやらは どこにいるんですの?」
「あいつらは桃色の花の香りが好みでな。その近辺にいるはずだ。」
「桃色の花って あれのことか?」
アルドが指さす方には、確かに桃色の花が咲いていた。
「ああ。あれのことだ。」
「そしたら 早速 待ち伏せして……。」
「いや その必要はないぞ アルド。」
身を隠そうとしたアルドに、サモラは言った。不思議に思って、サモラの視線を追うと、そこには2体のアイザックがいた。
「こ これを食べるんですの……?」
「ああ そうだ。どうかしたか?」
「い いえ 何でもありませんわ……。」
アルドに続いて引いてしまったシュゼットに対し、サモラは当たり前であるかのように答えた。
「さあ さっさとすませるぞ!」
サモラの言葉に、2人も武器を構えた。
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3人は難なく2体のアイザックを倒した。すると、サモラがその赤い実をもぎ取ってカバンに入れた。
「こ これは 味見しなくていいのか?」
完全に引いてしまっているシュゼットに同情しながら、アルドは聞きたくないはずのことを、言葉を絞り出して聞いた。
「ああ。アイザックはいつでも現れるというわけではない。貴重なものを味見して使えなくするのはもったいないからな。」
「そうなんだな……。さて これで食材の調達は終わりか?」
「いや まだだ。」
すると、少しショックを受けていたが回復したシュゼットが、いつもの調子で言った。
「い 今までのは スイーツに使う食材ですわ! だから 次は 料理に使う食材を採りに行きますわよ!」
「そ そうなのか……。思ったより大変だな……。でも サモラの料理も気になるし 最後まで付き合うよ。」
「うむ。そうと決まれば もう少し奧へ行くぞ。」
スイーツの食材を集め終えたアルドたちは、続いて料理の食材を集めるため、ティレン湖道の奥へと向かった。
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アルドたちは、ティレン湖道の西側の行き止まりまで来た。
「おお あったあった。この花だ。」
「このオレンジ色の花がどうかしたのか?」
「この花はブロイラーが好きでな。やつがこれの匂いに 寄ってきたところを 捕まえる。」
「ブ ブロイラーってまさか あのでっかい鳥みたいなやつか……?」
「ああ そうだ。」
「……。」
サモラの答えにアルドは返す言葉もなかった。シュゼットも、アルドの雰囲気を察してか、顔が引きつっていた。
「おっ 早速来たぞ。」
サモラの声に振り向くと、1体のブロイラーが近づいてきた。
「早速 狩るぞ。」
「あ ああ。」
「わかりましたわ……。」
サモラに続いて、2人も武器を構えた。
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しばらくの戦闘の末、見事勝利したアルドたち。すると先ほどと同様、サモラはブロイラーをさばき、その全てをカバンに詰めた。
「つ つぎは どこに行くんだ……。」
「次は ダンシングを狩りに ヴァシュー山岳に戻るぞ。」
「やっぱり 魔物か……。」
こうして、顔が引きつったままのアルドとシュゼットはサモラに続いて、再びヴァシュー山岳へと向かった。
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サモラに連れられ、アルドとシュゼットはヴァシュー山岳を登り、ナダラ火山の入り口まで来ていた。
「そういえば なんで ヴァシュー山岳なんだ? ダンシングならゾル平原にもいるけど……。」
「ヴァシュー山岳のダンシングは ゾル平原にいるやつと比べて 植物が育ちにくい環境だから その分蜜の質が高いんだ。」
「そういうことだったのか。」
「ああ。なかでもナダラ火山の近くは 特に質が高い。」
狩りの仕方はやや雑だが、さすがは食の探求者なだけあって、魔物に関する知識も豊富だ。
「あっ あれ……!」
「うむ。さっそくお出ましだ。」
アルドが指さす方を見ると、3体のダンシングがいた。
「あれが 言っていた魔物ですのね……。」
「ああ。それでは行くぞ。」
サモラの呼びかけで、再び2人も武器を構えた。
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3体のダンシングを倒すと、サモラはまた先ほどと同様、ダンシングからいくつかを採ってカバンに閉まった。
「よし。これで最後だ。」
「終わったんだな……? じゃあ……!」
「今から 調理ですのね……?」
「ああ。では ラトルに戻ろう。」
2人はサモラの言葉に、ようやく歓喜の表情を浮かべると、ラトルへと向かった。サモラは心なしか、2人の足取りが先ほどよりも軽くなっているように思えた。
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3人は食材探しの旅を終え、再びラトルへと戻り、そのまま宿屋へと入った。
「さて 帰ってきて早々だが さっそく料理するか。少々時間もかかるのでな。アルドは先に休んでいるといい。」
サモラの提案に、アルドは頭を横に振った。
「いや せっかくだから サモラとシュゼットが料理するところ 見ていてもいいか?」
「だ ダメですわ!」
アルドのお願いに、なぜかシュゼットが答えた。
「な 何でだ シュゼット……?」
「き きっと お料理の 邪魔になってしまいますわ! あなたも 見られていたら 気が散りますわよね? ね?」
空気を読んでといわんばかりに視線を送るシュゼットだったが、その甲斐もなくサモラは言った。
「いや ワシは別に構わん。それに こいつは料理はせんぞ。」
「……!」
「そうなのか……?」
「さっき レシピを考えているときに 試しに料理を作ってもらったんだが どれも消し炭と化していた……。」
「あ……。」
「や 闇のプリンセスなんだから 料理も漆黒に決まってますわ……!」
サモラの言う真実に、何かを察したアルド。シュゼットは、苦し紛れに言い訳を言ってのけたが、アルドは何も言わずただ笑っていた。その目はいつも以上に優しいものだった。
「うぅ……。ごめんなさい……。」
「別にいいって。それにレシピ自体はシュゼットが考えたんだろ?」
「ええ まあ……。」
「それだけでも すごいと思うぞ。」
「……ありがとう アルド。」
「まあ そういうわけで すべてワシが作るぞ。」
そういって、サモラはカバンからダンシングとブロイラーのさばいたものを出した。すると、そこへ宿屋の娘が何かをもってこちらへ来る。
「皆さん おかえりなさい! サモラさん 言われた食材 持ってきましたよ!」
「ちょうどいいタイミングだ。礼を言うぞ。」
宿屋の娘が持ってきたのは、小さな赤い実をいくつも付けた枝と、黒くて胴体にキズのある魚と、油の入った壺だった。すると、サモラはさっそく料理に入った。
「まず ダンシングの花の部分を絞って 蜜を取り出す。アルド このすり鉢と棒で そこのラトルペッパーを すりつぶしてくれんか?」
「ああ わかった。」
アルドはすり鉢と棒を受け取ると、小さな赤い実をつけた枝をとり、赤い実を全て鉢に入れて、すりつぶし始めた。横で、サモラはブロイラーをさばいている。シュゼットは、そわそわしながらも、邪魔しないようにじっとしていた。しばらくすると、ラトルペッパーは赤と黒が混じった粉末状になった。
「できたよ。はい。」
「うむ。いい感じだな。では このラトルペッパーをダンシングの蜜の中に入れる。そして 少し混ぜたら そこに ブロイラーの肉を漬ける。」
「これだけでも いいにおいがしますわね!」
ラトルペッパーとダンシングの蜜を合わせたものは、甘くもスパイシーな匂いがして、食欲がそそられる。サモラは、漬けた肉が入った壺を端に置き、魚をさばきだした。
「肉は これで置いといて 次は魚だ。お前 悪いが 壺にふたが閉められる程度に 油を注いでくれ。」
「えっ 私……? わ わかりましたわ。」
シュゼットは、言われるがままに大きな壺に入った油を、中くらいの壺へと注ぎ込んだ。
「入れましたわよ。」
「うむ。礼を言う。では そこに クロコゲカサゴの切り身を入れ ダンシングの茎から採った サルビアを入れる。」
こうして、あっという間に、肉と魚それぞれを漬けた壺ができた。
「よし。そして 残ったブロイラーのガラは 地下で一晩熟成させて 残ったクロコゲカサゴのアラは 外で干す。これで終わりだ。」
「あら もう終わりですの?」
「思ってたより早いな。」
サモラの突然の終了宣言に、2人は拍子抜けした面持ちだった。
「何を言ってる。終わったのは「下準備」だぞ?」
「下準備……?」
「この後 ブロイラーの肉とクロコゲカサゴに切り身を一日漬けておく。それに 熟成させたブロイラーのガラと 干したクロコゲカサゴのアラは 3時間ほど煮込む必要があるな。」
「そんなにかかるのか……!?」
「じゃあ 今日は食べられませんの……?」
サモラの言った行程に、アルドとシュゼットは驚きを隠せなかった。
「ああ。だから 今日はもう休むぞ。ワシは 食材や鍋の番をしていなきゃならんから 2人で休んでくれ。」
「だったら オレも手伝うよ。」
サモラを心配したアルドの提案に、サモラは頭を横に振った。
「手伝ってくれるのは ありがたいが これらは 慣れた者でないと難しくてな。だから 心配は無用だ。」
「まあ サモラがそう言うならいいけど あまり無理はするなよ。」
「わかっとる。」
「それじゃあ 先に休ませてもらうよ。」
「ごきげんよう。」
「では ご案内しますね。」
こうして、2人は宿屋の娘に案内されて、それぞれ2階の部屋で休んだ。サモラは2人を見送ると、ブロイラーのガラとクロコゲカサゴのアラの準備を始めた。
アルドが目を覚ましたころには、もうとっくに陽が昇っていた。
「ふぁ~……。さて サモラの調子はどうかな……? 見に行くか。」
アルドは、目をこすりながら、1階へと降りていった。
>>>
1階へ降りると、鍋に火がかかり、2つの壺とブロイラーのガラらしきものが机の上に置いてあったが、サモラの姿はそこにはなかった。
「……? どこかに行っているのか……?」
すると、上からシュゼットが降りてきた。
「おはよう アルド……。どうか したの……?」
「おはよう。いや サモラの姿が見当たらなくてさ。」
「ああ……。それならさっき外で……。」
寝起きで普通の口調になっているシュゼットがゆっくり話を続けようとすると、入り口の扉が開いた。入ってきたのはサモラだった。
「おお お前たち起きていたか。」
「サモラ……! どこに行ってたんだ?」
「ああ。干していたクロコゲカサゴのアラを 回収しようと思ってな。」
「そうだったのね……。」
「さて お前たちも起きてきたことだし そろそろ作るか。」
そういって、サモラたちは厨房へと向かった。
「では まず 湯を沸騰させた鍋に 一晩熟成させたブロイラーのガラと 干したクロコゲカサゴのアラを 野菜と一緒に入れる。」
「干したものをまたお湯に入れるんですの?」
料理を前に普段の調子を取り戻したシュゼットは、ふと思ったことを聞いた。
「一度干すことで 余分な水分が抜け 旨味が凝縮される。それを煮ることで 凝縮された旨味が全部出て うまいスープになる。」
「なるほど そういうことでしたのね。」
入れるべき材料を全て入れて、少しかきまぜたところで、サモラは言った。
「よし。これから 3時間ほど煮込まなければならんからな。その間に お前の考えた甘いものを作るとするか。」
「やっとですのね! 待ちくたびれましたわ!!」
シュゼットは先ほどの寝起きの時とは、別人のようであった。
「それでいったい どんなものなんだ?」
「それはだな……。」
サモラが周りをきょろきょろしているところに、宿屋の娘がやって来た。
「サモラさん 持ってきましたよ!」
「おお それを探しておったのだ。礼を言う。」
宿屋の娘が持ってきたのは、さらさらしたものとざらざらしたものの2種類の白い粉と、卵とオレンジ色の塊だった。
「これは いったいなんですの?」
「このさらさらしたのは 小麦を挽いたもの ざらざらしたのは 砂糖だ。それから 卵はブロイラー 四角い塊はヘルハウンドの乳から作ったものだ。」
シュゼットは、スイーツの材料を見ただけにも関わらず、興奮気味だ。
「で 最初は何をしますの?」
「では 小麦粉を挽いた粉を このふるいにかけてくれるか?」
「お安い御用ですわ!」
「頼む。さて この塊と砂糖を混ぜる。そこに といた卵を少しずつ入れる。」
「ふるいにかけ終わりましたわ!」
「うむ。そしたら この粉を入れてさらに混ぜる。」
「オレは何かすることはあるか?」
「……では 採ってきたイワイチゴを 洗っておいてくれ。」
「ああ わかった。」
「さて この生地を伸ばして丸くする。」
「洗い終わったぞ。」
「うむ。そしたら イワイチゴをこの生地で包む。」
サモラはそういって、普段からは考えられないくらい丁寧にイワイチゴを生地で包んだ。
「そしたら これを 窯で焼く。」
「でも これで焼いたら イワイチゴが黒焦げになるんじゃ……?」
「その心配はない。イワイチゴはヴァシュー山岳 つまりナダラ火山のふもとに生えている。だから マグマが来ても平気なくらい 熱に強いのだ。」
「そうなのか……!」
「ああ。では 焼くか。」
そういって、サモラは窯に入れた。
「さて 焼き上がりを待つか。」
こうして、焼き上がるまでの間、3人は座って少し休んだ。しばらくして焼き上がったのを確認すると、サモラは焼いた生地を取り出した。
「よしうまく焼けているな。」
「とてもいい香りですわ……!」
「それに イワイチゴも入れる前と同じ状態だ!」
アルドとシュゼットは、それぞれで興奮気味だ。
「よし アルド 悪いが ゾルグレープを さっと洗ってから布でくるんで 全ての実がつぶれるまで 棒で叩いてくれ。」
「叩くんだな? わかった。」
「では アルドが叩いている間に アイザックの実を切っておくか。」
こうして、アルドが棒でゾルグレープを叩いている間で、サモラはアイザックの赤い実を少し小さめに切り分けた。しばらくして、アルドが声をかけた。
「終わったぞ サモラ。」
「うむ。そしたら 皿の上で その布をできる限り 搾ってくれ。」
「こ こうか……?」
「ああ それでいい。」
言われるがままに、アルドが搾ると、そこから赤紫の少しトロッとした液体が出てきた。ゾルグレープの果汁のようだ。アルドは力いっぱいに搾り続け、果汁が出なくなったところで、サモラに言った。
「もう……出そうに……ないみたいだ……。」
「わかった。それでいい。この搾りかすは 後でバルハラペーニョと一緒に粉末にするとして……。では この果汁を生地にかけて アイザックの実をのせれば……。よし 完成だ。」
「ほんと!? では早速……」
出来たと聞いて、シュゼットが我慢できずに手に取ろうとすると、サモラがそれを止めた。
「甘いものは最後だ。それに まだ料理も終わっとらん。少し待っとけ。」
「そ そんなぁ……。」
シュゼットはことのほか、悲しそうだ。それからしばらくして、サモラは小皿を持って、鍋へと向かった。
「どれ どんなもんだ。」
そういって、小皿に鍋で作っていたスープを入れて、飲んだ。
「うむ。良い出来だ。では お前 このスープを皿に入れてくれ。」
「うう……。わ わかりましたわ……。」
「皿に入れている間に 漬けたクロコゲカサゴを油で揚げる。漬けた肉は火であぶる。」
悲しい顔でスープを皿に入れるシュゼットを横目に、サモラは昨日から漬けていたクロコゲカサゴを揚げながら、漬けていたブロイラーの肉を火であぶった。
「入れ終わりましたわ。」
「うむ。そしたら そこに揚げたクロコゲカサゴと 炙ったブロイラーの肉を少しスープに漬かるように添えて 最後にさっき作ったゾルグレープの搾りかすとバルハラペーニョを合わせた粉末をほんの少し振りかけて 完成だ。」
「やっとできたか……!」
「早く食べたいですわ!」
サモラは宿屋の娘と宿屋のオーナーを呼んできた。
「ついにできたんですね!」
「サモラさん ありがとう。恩に着るよ。それで これは何という料理だ?」
「ああ 名付けて 『ラトル山海スープ』と『イワイチゴのナダラ風クッキータルト』だ。」
「じゃあ 早速たべよう!」
「いただきますわ!」
「お前 まず先にスープを食べてから クッキータルトを食べるんだぞ。」
「わ わかりましたわ……!」
皆はまず『ラトル山海スープ』を食べた。
「これは……!」
「どうだ?」
「おいしい! 肉と魚の旨味が強く感じるよ!」
「それなのに とても優しいお味ですわ!」
「んん! このお肉美味しいですね!」
「こっちの魚も最高だな!」
皆の反応にサモラも嬉しそうだ。
「肉と魚はそのまま食べてもいいし スープに浸してもいいぞ。」
「おお! スープに浸すと魚も肉も また違った味わいになるな!」
宿屋の娘とオーナーも大満足のようだ。
「さあ 食べ終わりましたし 今度こそスイーツを!」
「これは シュゼットが考えたんだよな。」
「その通りですわ! さあいただきますわよ!」
皆はあっという間にスープをたいらげると、今度はクッキータルトを食べた。
「ん~~~~~~!!! コレよ コレ! まさにわたしが描いていた通りの味!」
「クッキー生地のサクサク感と 中のイワイチゴの柔らかさがたまらないな!」
「この ソースがいいアクセントになってますね!」
「この果物もシャキッとしてて合うな!」
スイーツの方もみんな大満足のようだ。そんな中サモラは言った。
「ワシは 今回の旅でいろいろと学んだ。素材の特性をうまく使う。味としても 食感としても 異なるものを選ぶ。同じものでも 調理方法を変えてみる……。全て 今まで食べてきたうまいものが教えてくれたことだ。」
「サモラ……。」
「それに「いのちをいただいたからには 最後まで使い切る」これが ワシのモットーだ。だから 今回も ほとんど 捨てる部分は出していない。」
「すてきな考えですわ。」
アルドとシュゼットは、感動しているようだ。サモラは宿屋の娘とオーナーに向き直って聞いた。
「ワシの料理はどうだ。新たな名物料理になりそうか?」
「ええ 十分すぎるくらいに! そうですよね オーナー。」
「ああ! 本当にありがとう サモラさん!」
「そうか。それは良かった。」
サモラも嬉しそうだ。すると、宿屋のオーナーがサモラに尋ねた。
「そうだ! さっそく料理人にも伝えたいから レシピを見せてもらえるか?」
「ああ これだ。」
そういって、サモラは紙きれを1枚オーナーに渡した。
「ありがとう。どれどれ……。ふむふむ……。んん……?」
先ほどまで朗らかな顔だったオーナーが、急に厳しい顔に変わった。
「どうかしたか?」
「サモラさん 申し訳ないんだが これは名物料理には出来ない……。」
「……!!」
オーナーの発言にみんなは驚きのあまり声が出なかった。
「ど どうしてですか!? こんなにおいしいのに……。」
「いや 料理そのものはいいんだが 問題は材料なんだ。」
「というと……?」
「ブロイラーやダンシングは あなた方のような手慣れの方なら問題ないと思うが うちの従業員は あまり戦闘慣れしていないんだ……。クロコゲカサゴは釣り場までの抜け道があるからとれるけど その他の食材も 魔物に襲われる可能性がある。従業員の安全がかかっている以上は オーナーとしては了解することはできない……。」
「では この料理は……」
「ここまで してくれたのに 本当に申し訳ない……!!」
「本当に何とお詫びすればよいか……。」
宿屋の娘は半泣きで謝った。オーナーも何度も頭を下げている。サモラもシュゼットも複雑な表情だ。すると、アルドが少し考えてから言った。
「なあ オーナー。もし 戦闘慣れした人が食材を持ってきたら 問題ないよな……?」
「あ ああ。料理を作ることはできるよ。」
「だったら オレたちが食材を採ってきた時は この料理を作ってくれないか?」
「もちろん それなら大丈夫だ。喜んで作らせてもらうよ! でも いいのか?」
「もちろん 毎回というわけにはいかないけど せっかくサモラとシュゼットが考えたのに もう食べれないのも 他の人に食べてもらえないのも 悲しいしさ。サモラとシュゼットも それでどうかな?」
「……わたくしは それでよろしくってよ。」
「毎日作ることができないのは残念だが オーナーの気持ちもよくわかる。……いいだろう。」
「……わかった! じゃあ あなた方が素材を持ってきた時には 喜んで作らせてもらうよ!」
結果として、名物料理にはならなかったが、それでも作ってくれると聞き、アルドもシュゼットもサモラも、納得したようだ。
「さてと わたくし そろそろ元の時代に 帰らないといけませんわ。」
「オレも帰ろうかな。」
料理ができるとわかって気が抜けたのか、アルドもシュゼットもどっと疲れが出たようだ。
「そうか……。ここまで手伝ってくれて助かった。礼を言うぞ アルド。それにお前も。おかげで 料理を完成することもできたし 勉強にもなった。」
「こちらこそ ありがとう サモラ。」
「とてもたのしかったですわ! また食べに来ますわね!」
こうして、ながいながい旅は終わり、アルドはシュゼットをエルジオンへ送るため、宿屋の人々とサモラと別れを告げ、合成鬼竜のもとへと向かった。
料理を食べてから少し時間が経っているが、アルドもシュゼットもサモラも、胸のあたりに料理を食べた時のワクワクとぬくもりを、まだ感じていた。
探求者と闇王女の食珍道中 さだyeah @SADAyeah
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