探求者と闇王女の食珍道中

さだyeah

第1話 未だ来ざる食を探って

 ながいながい旅が終わり、やっと一息つけるようになったアルドは、ある場所に向かっていた。


「なつかしいな。前にここに来たのは サラマンダーと戦った時だっけ。」


そんなことを思いながら、そびえたつナダラ火山を眺める。アルドが向かっていたのは、古代に飛ばされてきて、最初に訪れた場所である火の村ラトルであった。


「あの時は 目の前のことに必死で あまり見て回れなかったから 今日はゆっくり観光するか!」


そう心に決めたアルドだったが、その決意は早々に砕かれることとなった。


「……? あそこにいるのは……」


宿屋の前で、アルドは見覚えのある後ろ姿と村の娘が、考えこんでいるのを見つけた。


「……おーい!」


呼び声に後ろ姿が振り返ると、懐かしい声を上げた。


「おぉ! アルドか!」

「久しぶりだな サモラ!」


見覚えのある後ろ姿とは、サモラのことであった。サモラは、世界中にあるうまいものを求めて旅をしている料理が大好きなドワーフ族の男である。


「悩んでたみたいだけど なんかあったのか?」

「うむ……。実はな この宿屋の娘に 宿屋の新しい名物料理を 作ってほしいと頼まれてな……。」

「以前 こちらの方が お料理を振る舞ってくださった時に とても美味しかったんです! だから ぜひともうちの新しい料理を 作ってほしいと思いまして……!」


宿屋の娘は少し興奮気味に話す。


「それは楽しみだな!」

「いや それがだな……。」


晴れやかな顔のアルドとは裏腹に、サモラの表情は曇っている。


「どうかしたのか……?」

「それが いつもなら すぐ思い浮かぶんだが いざ頼まれると なかなか思いつかなくてな……。なにか 刺激になるものがあれば 思いつくかもしれんが……。」

「なら ラトル以外のところで探してみたらどうだ?」

「旅で行った場所の うまいものも考えたが いまいちしっくりこなくてな……。他に行けるところがあるなら いいんだが……。」


すると、サモラは少し考えてから、突然大声を上げた。


「そうだ!!!」

「うわっ! なんだ急に……?」

「アルド ワシを他の時代へ連れて行ってくれ!」

「別にいいけど……。どうしてだ?」

「未来のうまいものを食えば 何かひらめくかもしれん!」


そういうと、サモラは先ほどとはうってかわって晴れ晴れしい顔で、宿屋の娘に言った。


「ワシが とびきりうまい料理を作ってやるから 待っとってくれ!」

「……はい! よろしくお願いします!」

「うむ。ではいくぞ アルド!」


そういって、サモラは行き先も分かっていないまま、走って行ってしまった。アルドは一連の出来事に驚きながらも思った。


「サモラ やけに楽しそうだな……。」


>>>


 「ここが未来の村か!」

「む 村とはちょっと違うと思うけど……。」


サモラの表現に苦笑いしつつ、アルドは言葉を続けた。


「未来といったら やっぱりエルジオンだろうな。一番発展している都市だし。」

「それで うまいものというのはどこにあるんだ?」


興奮気味のサモラにアルドは答える。


「とりあえず 宿屋に行ってみよう。」


早速2人はホテルへと向かった。


「ようこそ ホテル・ニューパルシファルへ。お休みになられますか?」

「ああ。頼むよ。」

「かしこまりました。こちら リフレッシュメントになります。ぜひお召し上がりください。」

「ありがとう。」


アルドはこうして料理を受け取って、部屋へと向かった。


「これが例のうまいものだな!」

「ああ。たしか『エスタ風ローストビーフ』とかだったかな。」


アルドの説明を聞くまでもなく、サモラは一気にほおばった。


「これは……!」

「ど どうだ……?」


料理を作ったわけではないが、アルドはなぜか緊張していた。


「このほとばしる肉汁……。まるで肉の旨味をたっぷり引き出したスープを飲んでるようだ!」

「気に入ってもらえたみたいでよかったよ。」

「だが これはワシの知っている肉ではないな。一体何の肉だ?」


さすが肉料理が好きなサモラなだけあって、肉の違いは分かるようだ。一方、そんなことは一つも気にせず食べていたアルドは、答えられずに困っていた。そこへ、タイミングよくホテルスタッフが部屋へとやってきた。


「大きな声が聞こえたのですが 何かございましたか?」

「い いや さっきもらった料理がおいしかったらしくて……。」

「そうだったんですね! お気に召されたようで何より……」


スタッフが話し終わるのを待たずに、サモラは聞いた。


「この肉は何の肉なんだ?」

「こ これは 培養肉ですが……。」

「なんだ それは?」

「ここでは天然のお肉はほとんど手に入らないので お肉の細胞を培養してつくったお肉を 使っているんです。」

「な なんと……!」

「お客様 培養肉をご存じないということは どこかの名家のご出身ですか? それなら スイートルームにご案内……」

「い いや そんなんじゃないんだ! じゃあ オレたちはこれで……!」


そういってアルドはサモラを連れて一目散に外へ向かった。


「ふぅ……。もう少しで オレの財布が空になるところだった……。」


肝が冷えたアルドは、息を切らしながらサモラの方を見て言った。


「で どうだ サモラ。何か浮かんだか?」


すると、サモラは不思議そうな顔で言った。


「何を言ってるんだ アルド。まだ全部食べてないだろ?」

「全部? あっ! 全部って まさか……。」

「そりゃあ この時代のものを全部食べるに決まっとるだろ!」

「そ そんな……。」

「さあ 次はどこだ?」


アルドはサモラの発言にうなだれていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。


「まさか わたしの目の前で 限定のガトーショコラが売り切れるなんて……。」


アルドが振り返るとそこにいたのは、シュゼットだった。しかし、今のアルド以上にシュゼットは落ち込んでいた。


「シュゼットじゃないか! どうかしたのか?」

「あら アルド……。実は 今日ラヴィアンローズの 新作スイーツが発売されたの。でも わたしの目の前で売り切れてしまって……。」

「それは 残念だったな……。」

「スイーツを愛してやまない このわたしが 手に入れられないだなんて……。」


そんな落ち込むシュゼットをよそに、サモラがすごい勢いで駆けよって聞いた。


「今 スイーツ好きといったか!」

「え えぇ……。言ったけど……。」

「なら ワシに力を貸してくれ!」

「き 急になに……?」


急展開についていけないシュゼットを見て、アルドは状況を説明する。


「実は サモラが 宿屋の娘から 新作の名物料理を頼まれてて その参考にするために来たんだ。」

「なるほど。そうだったのね……。」


アルドはシュゼットに答えると、そのままサモラの方へ向き直っていった。


「でも 何で シュゼットに……?」

「実は あの娘に名物料理以外に スイーツも頼まれていてな……。」

「そうだったのか。」

「ワシは 料理 特に肉料理は得意だが 甘いものはあまり得意ではなくてな……。」

「それで スイーツ好きのシュゼットに 声をかけたのか。」


シュゼットもようやく理解したようだった。すると、急に何かに気付いた素振りを見せると、少し興奮気味に聞いてきた。


「それって わたしが提案したスイーツが できるってこと?」

「まあ そうなるな。」


すると、シュゼットは一度下を向いてから勢いよく正面を向いた。


「わかりましたわ! ならば 魔界に堕した精霊の生まれ変わりである このわたくしが 迷える人の子のため 封印されし力をもって 手助けいたしますわっ!」


すっかり元の調子に戻ったシュゼットを横目に、サモラはアルドに聞いた。


「あいつは いったい何を言ってるんだ?」

「あはは……。たぶん協力するって言ってると思うよ。」

「そ そうなのか? でも それならありがたい。」


シュゼットの言った内容をようやく理解したサモラは、シュゼットに言った。


「なら よろしく頼むぞ。」

「もちろんですわっ!」

「では 早速だが この辺で甘いうまいものはないか?」

「そうですわね……。普段なら間違いなく ラヴィアンローズのフルーツタルトと答えるところなのですけど 今の状況では封印されし力をもってしても 手に入れられませんわね……。」

「うむ……。他にはないのか?」

「そうですわね……。あっ それなら 天に抱かれし園のタルトは いかがかしら?」

「ほう。なんかよくわからんが うまそうだな。」

「そうと決まれば 行きますわよ! アルド 闇の王女の忠臣として 案内してくださいまし。」

「ええっ オレ!?」


急に忠臣にされたアルドは、戸惑いながらシュゼットの言ったことを解読した。


「天に抱かれし園……。空に浮いている街ってことか? 浮いている街……。あっ もしかして ニルヴァのことか!」


ようやく行き先がわかったアルドは、2人に言った。


「じゃあ ニルヴァに向かおう!」


>>>


 「何だ ここは! 村が空に浮いとるじゃないか!」

「そう まさしく 天に抱かれし園ですわっ!」

「たしかに ニルヴァはエルジオンより 外の景色がよく見えるから浮いている様に見えるかもな。」

「で 甘くてうまいものはどこだ?」

「たしか 宿屋に あったはずですわ。向かいますわよ!」


浮遊街ニルヴァに着いた一行は、そのまま宿屋へと向かった。


「宙に浮かんだようなふわふわな寝心地! お休みになっていきますか?」

「ああ。お願いするよ。」

「かしこまりました。こちらサービスになります。どうぞ!」

「ありがとう! いただくよ。」


アルドがもらってきたタルトを見て、シュゼットが言った。


「これですわ! これこそ 天に抱かれし園のスイーツ 『シュプリーム・タルト』ですわ!」

「これが甘くてうまいものか! 早速いただこう!」


3人はもらったシュプリーム・タルトを口に運んだ。


「これは……!」

「どうだ サモラ?」


アルドはタルトを食べながらサモラに聞いた。


「果物の甘酸っぱさとすっきりした甘さ そして上品な甘みが絶妙だ! それにこのサクサクとした生地が この果物を引きたてながら 食感の楽しさを加えておる!」

「えぇ! これぞまさしく 楽園そのもの!」


3人がタルトを堪能していると、宿屋の娘がこちらへやって来た。


「うちのタルト 気に入ってくださったみたいですね!」

「それはもう 大満足ですわ!」


すると、サモラはエルジオンの時と同様、娘に食材のことを聞いた。


「この上にのっている果物は何を使ってるんだ? 味はイワイチゴとゾルグレープ あとアイザックの実の部分と似ているが……。」

「アイザックってティレン湖道にいるあの魔物のことか!? あいつ こんな味するのか……。」


サモラの話を聞いて、若干引き気味のアルドをよそに、宿屋の娘は答えた。


「どれも初めて聞く名前ですね……。うちで使っているのは クラックベリーとモモブドウ それからミストメロンです。」

「どれも聞いたことが無いな……。それも 培養肉と同じように作っているのか?」

「いえ うちで扱っているものは全て 天然の果物を使っています。この時代では天然の食べ物の中でも特に果物は手に入りにくいし ミストメロンはその中でも最高級のものですよ。」

「なるほど。だから 培養肉を食べた時の違和感を感じなかったのか。」

「天然の果物を食べられるなんて……。きっとわたくしの秘められし精霊の力のおかげですわっ!」


タルトを食べ終わった3人は宿屋を出た。


「それで 何かいいスイーツのアイデアは思いついたか シュゼット?」


アルドの問いかけにシュゼットはハッとした。


(しまった……! スイーツを堪能するのに夢中で何も考えてなかった! どうしよう……。あっ そうだ!)


「真実を視るこの魔眼が 何かを告げようとしていますわ! でも 魔力が足りなくて はっきりとは見えませんわね……。これでは 私は役に立ちそうも……」

「本当か! 魔力を高めるにはどうするんだ?」

「えっ? それは その……。何か食べる とか……。」

「それなら まだ行ってないところに行くのはどうだ? 何か食べていけば シュゼットも何か見えてくるかもしれないし。」

「その方が ワシも新たなうまいものに出逢えるしな! そうと決まれば 早速次の行き先を決めるぞ!」


サモラの勢いに思わず口にしたことを後悔するシュゼット。そんなことも知らず、アルドとサモラは次の場所を考える。


「といっても どこに行ったらいいか……。」

「天然のものなら ワシのいた時代のものと似ているから その方がよいかもしれんな。」

「天然ものか……。なにか心当たりはあるか シュゼット?」


シュゼットは落ち込んだまま答えた。


「それなら 黄金に輝きし楽園に行くといいですわ……。」

「黄金に輝きし楽園……。黄金といえば どっかで聞いたような……。あっ そうか! 小麦畑だ! じゃあ さっそくラウラ・ドームへ行こう!」


>>>


 「これはまたみごとな小麦畑だ。」


黄金色に輝く小麦畑を見ながら感心するサモラ。アルドたち一行はラウラ・ドームに来ていた。


「よし。じゃあ早速宿屋に行こう。」


アルドの呼びかけにつられるように、シュゼットとサモラはアルドの後ろをついていった。


「食材は 産地直送! 自然を愛する街で ひと休みしませんか?」

「ああ。そうさせてもらうよ。」

「かしこまりました。こちら サービスのランチボックスです。ぜひお召し上がりください。」

「ありがとう。いただくよ。」


アルドがランチボックスをもらってくると、サモラは早くくれといわんばかりの勢いだった。シュゼットも何とか持ち直している様子だった。


「もらってきたよ。」

「おお! パンとサラダか! シンプルだがうまそうだ!」

「ええ! 早速いただきますわ!」


3人はそういって『ラウリー麦パンとサラダ』を食べた。


「うまい! 非常に質が高いな。ワシの時代のものと比べてもかなりいいパンだ。」

「さすが 自然派志向を謳っているだけあって 風味が違いますわ!」

「おそらくあの小麦畑の麦で作ったんだろう。手間がかかっているのがよくわかる。」


シンプルなものであるが、サモラもシュゼットも満足なようだ。食べ終わった3人は宿屋の外へ出た。


「サモラ どうだ なんか思いついたか……?」

「うむ……。どれもなかなか刺激にはなったが もう少し何か今までとは違うものがあればいいんだが……。」

「そうか……。シュゼットはどうだ?」

「わたくしの魔眼も まだ魔力が足りないようですわ……。もう今日は……」

「つまり 今までとは違うものを もう少し食べたらいいということだな?」


シュゼットの話を遮るように、アルドは言った。


「それはそうだが 何か案があるのか アルド?」

「ああ。2人が知らない食べ物だったら オレの時代のものならいいんじゃないか?」

「確かに それなら違った刺激があって 面白いかもしれんな!」

「そしたら 合成鬼竜に頼んでバルオキーまで送ってもらおう!」


そういって、走って行くアルドとサモラ。その後姿をシュゼットは茫然と眺めていた。


(これだけ 色々まわるんだったら ラヴィアンローズのフルーツタルトのために 並んだ方が良かったかもしれないわね……。)


後悔の色を隠せないシュゼットにアルドが遠くから声をかける。


「おーい。出発するぞー!」

「ま 待って待って……! 私を置いてかないでよー!」


シュゼットは後ろ髪をひかれる心地のまま、アルドとサモラを追ったのだった。

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