第5話 失桃園

 国家の犬、SAL、病気の雉と共に、あらゆる地で、魑と魅と魍と魎を倒しに倒し回ってきた桃太郎達は、本来の目的と鬼ヶ島への道順を見失ってしまっていた。


 その事に気付いた桃太郎は、生来真面目な性格のせいもあり、大いに気落ちしたという。鬼を倒すために生まれ、旅立ったはずの、自らの使命を忘れてしまった自分への悔悟と慚愧の念、そして自責に苛まれ、責任感と重圧に圧し潰されそうになっていた桃太郎を救ったのは、仲間達との友情だったのかもしれない。


 立ち直った桃太郎は一路、鬼ヶ島へと急ぐ。そのシーンのバックに日本地図が表示され、彼等の足取りが線となって浮かんだ。テーマ曲も流れる。


 やがて日が沈み、山中で野営を張った桃太郎達は夕飯にありついた。


 彼等の旅の、主な糧食は、当然、きび団子だ。煮て良し、焼いて良し、バランスの良い、栄養価に富むきび団子は、桃太郎たちの戦闘力と、健康な身体の源だった。


 桃太郎はきび団子を串に刺し、焚き火で焼く。

 きび団子が「ギー!」と鳴いた。


 桃太郎が”妻”から受け取ったきび団子は、妻が朝早くから出かけ、野生のきび団子を捕まえて集めた物だ。すばしっこいきび団子を狩るのは非常に難しい事で知られており、活きの良い良質なきび団子を得るには、数年の修行とテキストによる勉強が必要だと言われている。妻は桃太郎を日本一にすべく、独学できび団子を狩るすべを身につけたのである。野に山に、縦横無尽に駆け回る妻の雄姿は、地元では語り草となっていた。


 ところで、きび団子は、太平洋で生まれ、成体になると近場の川を遡上し、交尾を行う。そして新たな命を宿した雌のきび団子は再び海に戻り、海流に乗って環太平洋を一周、稚団子ちだんごを至る所にばら撒く。そして、育った場所によって成体になった時の姿が大きく異なる事が、研究者により近年明らかにされつつあった。


 北米大陸に帰化したものは、ハンバーガーになるのだ。


 そんなきび団子が焼ける香ばしい香りが、桃太郎たちの食欲をそそる。


 国家の犬が「スパシーパ」と言った。SALはロボットだから食べられないかと思いきや、普通に食べる。原理はSAL本人にも不明らしい。


 そこに偵察に出ていた病気の雉が舞い降りてきた。飛べるから偵察に行くのが当然であるが、難病を患う雉は、血を吐きながら、既にきび団子に舌鼓を打っていた桃太郎たちに文句を言った。

「ああっ、ゴホッ、もゲホっ食べてる!ゴホゲホッ私ごほっ、お腹が減っゲホ」


「おつかれさま。辺りの様子はどうだった?」

桃太郎が雉に微笑んだ。


「ええ、ケホッりませゲホでしゴホッ。ケホか夜ケホ見コホせん。鳥目ケホッホ」

「なんだって?『何もありません。というか夜は何も見えません。鳥目だから』だって?」


 桃太郎の誤算だった。


 今まさに、夜闇に紛れて、黒鬼が静かに忍び寄り、襲撃の機会を虎視眈々と狙っていたのである。「くっくっく…さあ、良い子たち。早く寝るんだよ。夜更かしする子は痛い目に合うからねぇ…。寝てくれたら楽に済ませてあげよう……」


 寝首を搔くのが黒鬼の作戦だ。しかし黒鬼の足はガクガクと震えている。つまりはこうだ。真正面から飛び込んでいくメンタルは持ち得ていないのだ。じゃあなんで一人で来たんだこいつ。思い付きで物語を書くとこうなるのだ。


 その時突然、SALの頭部ユニットから赤色灯がせり出し、けたたましいサイレンと共に回転した。

「見つけました!桃太郎!ONIを!私は!」

AI独特の微妙な口語文法で、SALが叫んだ。


 黒鬼の誤算だった。


 猿型機動兵器として最先端の技術で開発された多機能フレームを元に、多種多様なユニットを装備し、各種観測装置……可視光線、X線、電波レーダー、おやすみタイマーとかプリウスも真っ青の対人接近警報装置、等々、あらゆる機能とセンサー群をこれでもかと搭載しているSALには、漆黒の体躯を持つ、闇の化身たる悪鬼の尖兵……「夜だと見えにくい黒鬼」でも、赤外線で丸見えだったのだ。

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