最終話 桃取物語

 昔々の事である。


 鬼爆発の強烈な光、そして衝撃と音で、桃太郎は目覚めた。


 立ち上がった桃太郎が見たものは、立ち昇るキノコ雲と、既に木っ端微塵になった鬼神輿を担ぐ巨大な四体の鬼神――鬼神四柱が、膝から崩れ落ちる姿であった。


 状況を確かめなければならない。そう思った桃太郎はモバイルを取り出し、SNSやニュースまとめサイトなどを駆使して、一体何が起きたのか、そしてネットでの反応を確かめた。


 根拠のない噂や、悪乗りしたいだけのコメントに打ち勝ち、正確な情報を得た桃太郎は、旅の仲間たちを失ったことを知ると空を仰ぐ。己の無力さへの絶望と、全てが終わったという安堵が込み上げ、こぼれた。


 そして、ぼやけて滲む視界に、一つの影を見る。


 地上へ崩落していく鬼神輿から、イワンに注射を刺されたはずの鬼統領が飛び出し、桃太郎の前に地響きを立てて降り立ったのだ。


「……そんな。死んだはずじゃ」

「鬼爆発を同時に起こしたのは失敗だったな。確かに俺は鬼インフルエンザに感染し、死の淵に立たされた。だが、鬼爆発により、ウィルスに侵された身体が突然変異を起こしたのだ。俺は……進化し、あらゆる鬼を超越したのだ!」


 最早、鬼ですらなくなった鬼統領の邪悪な高笑いが響く。


 鬼統領はスポーツ新聞を取り出し、桃太郎に投げ寄越す。


 片隅に、試合結果が記されていた。



 イワン●11-35〇鬼統領 九回オモテ 上手投げ



――――――――――――――――――

 

 桃太郎は、イワンがトリプルスコアの決まり手でサヨナラ負けしていた事を知り愕然とする。ネット記事には載らないニュースもあるのだ。一つのメディアではどうしても偏りが生まれてしまう。こうして様々な媒体から多角的な情報を入手するのが、リテラシーの第一歩なのだ。


 そうして、桃太郎と鬼統領の最後の戦いが始まった。



 お互いが全てをぶつけ合う壮絶な死闘の間に、これまで投げっぱなしだった様々な謎が解き明かされ、伏線が回収されていく。無理矢理回収するために、終盤になってからまた新しい事実が上乗せされた。実はこの世界の月は、桃だったのだ。


 桃太郎は桃月から地球に避難させられた王子。かつて老婆が川で拾った桃は、サイヤ人のポッドのようなものだった。桃太郎の戦桃せんとう力が強いのもこれで説明がついた。


 桃月では長きに渡り白桃人と黄桃人による内乱が続いており、劣勢に立たされた白桃王は一人息子を桃に乗せて地球へ……。


 内乱の歴史の回想や、桃太郎と鬼統領の対決はかなり長引き、なんやかんやで桃太郎が勝った。



「ふ、ふふふ……お前も結局は人外の怪物けもの。人間どもがお前の正体を知れば、どうなる……きっと、お前達のように、殺しに来るだろうな。差別意識という金棒を振り回して群がる人間こそが、まことの悪鬼よ」


「…………」


 地面に大の字に倒れた鬼統領が血を吐き、苦しむ姿を桃太郎は冷たく見下ろしていた。勝敗は決していたが、鬼統領は薄く笑い、勝ち誇っているようですらあった。


 雨が降り出し、二人を打つ。両者の心情をドラマチックに表す情動の代替表現でもあり、物語を進める為の舞台装置でもある。


 そのことに気付いた桃太郎は、未だ背後で膨れ上がり続ける巨大なキノコ雲を鋭く振り返る。雨はその雲から降ってきていた。


「……しまった……!」

「気付いたな。そう。上空に巻き上げられた鬼インフルエンザウイルスが拡散し、雨となって地表に降り注ぐ。全ては俺の計算通り……く、くくく……判ったか?雨を浴びた者どもがどうなるか……星の全ては鬼となり、星の全てが、俺になるのだ!」


 全ては手遅れ。桃太郎は焦燥と怒りを以て鬼統領を睨む。もはやこの事態を止めることは誰にも出来ない。但し、自らの手で決着を付けられる事が一つだけある。


 桃太郎は、半分に折れた刀を投げ捨てると、手近な岩を抱え上げた。何故そうすべきと信じたのか、桃太郎本人にも判っていなかった。


「……そうだ。それでいい。誰しも心に鬼を持つ。それを証明してくれ」

 歩み寄る桃太郎の姿に、満足そうに頷く鬼統領。


 そこら辺に転がっている様なごくありふれた岩を、高く掲げ。

 

 桃太郎は鬼統領の顔面を、どんぶらこした。


 

 勝負に勝って試合に負けた桃太郎は、その場に膝をつき、暫く呆然としていた。鬼統領の目的は成され、雨を浴びた全てのものが鬼と化していくのを、眺めているしかなかった。雨はやがて川となり、海に注がれて気化した雲から、また新たな雨となって降り注ぐ。その過程に在る生物は全て汚染され、鬼になってしまうのだ。




 上空に、とてつもなく巨大な桃が現れる。


 桃月の王が乗る桃型の宇宙船だった。


 桃月の情勢が落ち着いたので息子を迎えに来た……のではなく、単にすごい爆発が起きたので見物に来ただけである。そこで立派に成長した息子を見つけたので一石二鳥と言えよう。


 桃太郎は、大勢の家臣と幾万もの桃月人を従える桃王と再会した。


「父上、宙船そらぶねを飛ばす程の科学力をお持ちなら、この変異を止めることもできましょう。ワクチン的な何かで。何卒……何卒、ワクチン的な何かで!」

「うーん、無理!」


 桃太郎は懇願するも、白桃王は断腸の想いで断る。


 愛する息子の為ではあっても、世界を救うという一大プロジェクトを立ち上げるには企画書を通して予算を組み、工数を設定して一つ一つの案件を片付けていく必要があるからだ。


「あと、関係ないし、面倒くさいし……」


 苦渋の表情を浮かべる桃王の決断であった。


 すっかりしょげきった桃太郎は、最後に一度だけ『鬼』が跋扈する世界を振り返ると、宇宙船に乗り込み、桃月へと帰って行った。



 こうして、世に鬼の素子がばら撒かれ、人々の心にちょっとした鬼が宿る世界になってしまった。だが、それはあくまでもメンタル的な問題で、それまでの世界と大きく変わるものでもない。


 人々は破壊された鬼神輿の残骸に群がり、収められていた金銀財宝を我先に略奪する。その時の方がよっぽど凄惨な事件が起きたし、大混乱だった。


 そうして得た宝は蹂躙されたみやこの復興資金となり、傷ついた人々の治療費や保険金に充てられ、鬼がもたらした被害を少しずつ克服していく。


 やがて、平穏を取り戻した人々の営みは、いつまでも続いたのである。


 あまり、めでたしくはない。










 ――永い時が経った。



 父親のあとを継ぎ、桃王に即位した桃太郎は、メロン太郎が率いるメロン軍の侵略に晒されていた。メロン軍の戦力たるや、桃とは比べ物にならない程に果汁が迸る。そして瞬く間に桃軍は潰走し、桃王は少数の家臣ともに、辺境の城へと追いつめられたのである、


「……ここまでか……許せ、息子よ。……さらばだ」

 桃王は産まれて間もない我が子を抱き締め、呟くと、桃ポッドへ押し込み、宇宙へと打ち上げる。


 愛する妻との間に生まれた果実が、地球へと向かっていくのを見届けた桃王の背後に、剣を携えたメロン太郎が現れた。





 桃の中ですやすやと眠る赤子は、自らを待ち受ける運命をまだ知らず。


 やがて桃は大気圏へ突入し、山に衝突すると、二度、三度と大きく跳ね回り、ごろごろと転がって峡谷に落下。剥き出しになった岩に散々ぶつかりつつ、谷底の急流に吞まれ、下流へと流され始めた。




「――おや、なんじゃろう、この音は」


 川に洗濯に来ていた人影が、顔を上げた。


 どんぶらこ。どんぶらこ……。


 川上から、大きな大きな桃が流れてきました。




                終

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桃太郎トライアル Shiromfly @Shiromfly2

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