第9話 三桃士
鬼の鬼による鬼の為の、新たな秩序の創造という神話級のビッグイベントの到来に、人々は震撼し、物理的にも揺れた。
鬼神輿を担ぐ古の
家族とはぐれ泣き喚く子供の手から離れた人形が、必死に逃げる大人たちによって踏み潰される。全体の被害を想像してもらうメタファー表現というやつだ。
「ナターリャ、鬼神輿を止める手段はないのか!?このままで都だけでなく、世界全てが、あとの祭りになる……!」
「方法は一つだけ……。鬼たちを作った博士は、鬼たちが暴走した場合に備えて安全装置を用意していたの。それは、鬼たちを抹殺するウイルス……」
ナターリャはそう呟くと、桃太郎に抱えられている、雉子を見つめた。
「まさか……」
「そう。その子の病気は鳥インフルエンザではなく、鬼インフルエンザなの」
「だが、どうやって鬼たちに感染させるんだ?雉子は見ての通り瀕死だ。もう自力じゃ飛べない」
バタバタバタバタ……桃太郎が空を見上げると、ヘリコプター・アタッチメントを装着したSAL(H型)が戻ってきた所だった。
「言っただろう?私は元々マスターの命に従っていただけ。あと、すぐにまた会えると」不適に笑うSAL。
つまり、今までは主人たる博士を裏切っていなかったので、たった今、絶好のタイミングで裏切ってきたのだ。
これで鬼神輿に乗り込める。あとは鬼たちに鬼インフルエンザを感染させる具体的な方法だ。イワンは雉子をミキサーにかけ、それを鬼神輿上空から散布しようと言い出したが、流石にあんまりすぎるので、桃太郎たちは止めた。
「げほっ、私が上空で咳をしまくれば、飛沫感染で全滅するんじゃないでしょうか」
「等級の低い鬼はね。鬼神輿のエネルギー源は彼等の踊りだから、鬼神輿の動きはそれで止められる。でも……私、と同格の
「ではこうしよう。雉子の血液からウィルスを抽出、培養、凝縮して毒性を高めた株を直接、鬼統領に打ち込む。そうすれば鬼統領から側近たちに次々と感染し、片付けられるはずだ」
話はまとまった。早速、雉子の血液から強毒化した鬼インフルエンザウィルスが作られ、用意した注射器に仕込まれた。
一行はSALコプターに乗り込もうとするが。
「悪いが、私は二人乗りなんだ」
SALコプターは二人乗りだった。
「敵の首領を注射で暗殺する……諜報員なら誰しもが一度はやってみたいという夢が叶う瞬間だ。俺が行かないでどうする」
イワンがにやりと笑い。
「改造されて操られていたとは言え、鬼統領の手下として悪事の限りを尽くした罪をあがなうためにはこうするしかないわ。私も鬼インフルエンザにかかって死ぬとしても……イワンと一緒なら、いいの」
ナターリャも微笑んだ。
「……判った」
桃太郎は逡巡して、静かに頷いた。
彼等の意思は強く、止めても無駄だったのだ。
しかし、イワンは桃太郎の首筋を手刀を打ち、わざわざ失神させた。そこまでしなくても桃太郎は『判った』って言ったのにだ。別に無理に止めたり、ついていこうともしていない。一度やってみたかっただけなのだ。
よく言及されるが、首に手刀を決められて丁度良い感じで気を失う事は、現実的にはありえない。脳そのものを揺らさない限りは、首を痛めるだけである。
仮に意識を失うほどの衝撃だと、その時はもう首の骨がどうにかなっているはずであり、この描写を安易に使うと、キャラクターの強さや耐久力の設定に揺らぎが生じ、話に集中できなくなる可能性がある。しかし今更そんなリアリティをひけらかす話でもないので、桃太郎は都合よく失神した。
――――――――――――――――――――――
病気の雉を抱きかかえた国家の犬と、その恋人を乗せたSALコプターが、鬼神輿の上空を飛ぶ。
眼下に広がる鬼の神殿では、鬼世界の到来を祝う鬼たちの宴が催されていた。
「鬼最高!」「鬼、最っ高ォ!」「OSK!」「OSK!!」
USA!のノリで大盛り上がりの鬼たちは、上空を飛ぶSALコプターのロータ―音に気付く様子はない。
「けっほ!けほけほ!ごほっ!けほぉっ!」
ここぞとばかりに遠慮なく咳をして、飛沫を散布する雉子。
ヘリコプターからウイルスをばら撒くバイオテロという、倫理的には結構まずい攻撃により、鬼神輿で踊る鬼たちは次々と鬼インフルエンザに罹患し、頭痛や発熱、倦怠感、嘔吐感と軽いめまいによって無力化されていった。クラスターがクラスターを呼ぶパンデミックが発生したのである。
エネルギー源を失った鬼神四柱の動きが止まり、鬼神輿による鬼インパクトは中断された。しかし、それだけでは不十分。SALコプターは更に飛び続け、全ての元凶である鬼統領がいるはずの鬼神輿の最上部に向かって、この不毛な戦いに決着をつける為に飛び続けた。
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