第8話 桃年期の終わり

「随分待たせやがって!そろそろ決着を付けさせてもらうぞッ!」


 桃太郎たちの回想シーンが終わるのを律儀に見守っていた#dc143c鬼が、鋭い叫びと共に鬼力おにぢからを解放する。


 鬼次元から鬼の様に取り出した鬼力が具現化し、鬼の中の鬼のみが扱える鬼術により構築された鬼刀おにがたなから鬼という文字が現れ、周囲に満ちる鬼フォースを更に取り込み、桃太郎たちがこれまでに出逢ったどんな鬼よりも鬼らしい、真の鬼の力が発揮された。鬼みたいな音がして、鬼みたいな臭いもする、五感全てで感じる鬼っぷりだった。


 一介の鬼にしては強力すぎる力に、桃太郎たちは戦慄しつつも、その正体を探ろうと話し合いの場を設けた。国家の犬の諜報力で集めた情報を、SALがアルゴリズム解析し、雉子が思春期の少女ならではの多感な感性で識別する。すばらしい連携だ。


「判ったぞ……あいつらは……!」


 存分に協議を重ねた桃太郎たちは、遂に真実を導き出した。


 なんと、鬼たちは、かつては国家の犬の仲間である旧共産主義国の秘密警察の仲間の成れの果てだったのだ。大粛清により処刑されて転生した彼等を、SALを開発した博士が捕らえて改造手術を施し、異形の鬼へと造り変え、その資金を出したスポンサーは雉子の父が経営する大企業だったのである。


 全員の伏線が繋がった瞬間だ。

  

『何をてこずっている……』


 低く、威厳に満ちた声が周囲に響く。


「この声は、鬼統領さま……!?」

「!?」


 怯えて振り返った#dc143c鬼のうなじに自分と同じローマ数字の入れ墨を見た国家の犬・イワン=ストロガノフが、彼女が実はかつての恋人だったという事に気付く。


「それは……!?お前はコードネーム”ブルーXV”、ナターリャだったのか!」

「突然、何を……私は……あ、思い出した!イワン!こんな姿の私をまだ愛してくれる?」

даダー!」


 イワンは思わず母国語で叫び返し、駆け寄った二人は熱い抱擁を交わした。


「すてき……感動的」雉子がロマンチックな再会に小さな胸をときめかせる。


「どきどきしちゃうっ!」

 しかしその心臓の高鳴りは、周囲に鳴り響く地響きに掻き消された。

 

 ドゴゴゴゴゴ……!


 山が割れ、ずんずんどこどこ鳴る太鼓の音と共に、巨大な物体がせりだしてくる。


「な……あれは、鬼ヶ島!?」

 驚く一同。大地を裂き、浮上してくる岩山。


「いいえ、あれは鬼神輿おにみこし……!実は鬼ヶ島は、海上を航行する巨大な神殿要塞だという伝説は本当だった……!しかも、鬼統領さま自らが搭乗して、出撃してくるなんて!」


 正気に返ったナターリャが呟く。

 

「鬼祭りが始まってしまう……!」


 わっしょい、わっしょい……。


 鬼ヶ島の岩山ががらがらと崩れ、鬼神輿の全容が明らかになる。威勢の良い掛け声を張り上げて担ぐのは原初の鬼、鬼神四柱きしんよばしら


 身長がゆうに数百メートルもある、男女の赤と青の鬼の思念統合体イデアだった。アダム赤鬼とアダム青鬼、イヴ赤鬼とイヴ青鬼である。


 打ち鳴らされる鬼囃子おにばやしに合わせて踊り狂う鬼たちを満載した鬼神輿を担ぐ四柱は、地響きを立てながら、唖然とする桃太郎たちの前で、山々を踏み砕いていった。


 原初の鬼が鬼神輿を担いで練り歩き、世界を破壊するという鬼祭りが、ノリのいい太鼓と共に開幕したのだ。


「そんな……」


 桃太郎は膝から崩れ落ち、余りの出来事に絶望した。最早為す術がない。



「ピー……ガガガ……」

 SALのコンピュータが判り易いコンピュータ音を立てて、プログラムか何かが起動した事を示す。すると、流暢な渋い男性の声がSALのスピーカーから響いた。


「これが我々の真の目的。全てを破壊し、新たな世界を創世する祝祭。これを乗り越えた時、人は真の安寧を手にする事ができる。これは災厄ではなく……祝福なのだ」


「SAL……やはり裏切るのか!?奴等に情報を流していたのはお前か!」


「心外だな。最初から私はマスターの命令に従っていたまで……またすぐに会う事になるだろう。君達が死んでいなければだが……では、失礼するよ」


 そう言うと、SALは飛行形態に変形し、鬼神輿に向かって飛んでいってしまった。


「そんな、友達だと思っていたのにっ……げほぉっ!」


 案の定反乱してしまった人工知能にショックを受けた雉子が、ショックすぎて血を吐いて咽込んで、地面に落ちる。


「雉子……!くそっ、僕達はどうすればいいんだ……!」


 口からだらだら血を流す雉子を抱きかかえ、桃太郎は練り歩く鬼神四柱が担ぐ鬼神輿を睨み上げ、己の無力感に震えた。



 わっしょい、わっしょい、わっしょい……。

 世界が、調子の良い掛け声と共に壊れていく。

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