第3話 あるいは、桃で一杯の海

 凄惨な事件から5年が経った。


 桃太郎と名付けられた赤子は異様な速度でみるみる成長し、長身痩躯の青年へと成長していた。よーく見てみると右の瞳は桃色で、桃の形をしている。


 夫の事件は公にはならなかった。桃から産声を上げた桃太郎が、突如として夫の亡骸へと飛び付き、骨も残さず喰らい尽くしたからである。証拠となるものはこの世から消え、図らずも司法当局の目を欺いた妻は、裏切った夫へのある種の報復として、桃太郎を完全無欠の理想的な男とすべく徹底的に教育を施し、なんだかんだで桃太郎はそれなりに普遍的な価値観と分別を持つに至った。


「母上、わたくしは鬼退治に赴きたいと存じます。出立のお許しを」


 ある日突然切り出した桃太郎に。何故?と首を傾げる妻。

桃太郎は凛とした表情を向けた。


「極悪非道の限りを尽くす、まさに悪鬼ども。天の道理に反するその所業を私は如何にあっても見過ごす事は出来ませぬ」

「つきましては、出立の駄賃として、母上謹製のきび団子を幾つか」


 妻は頷いた。こうして桃太郎は鬼ヶ島に旅立つことになった。


 ところで、鹿児島県の中央にそびえる桜島の直ぐ南に、「沖小島(おこがしま)」という小さな島が浮かんでいるんですけど、小学生低学年くらいの時に、桜島を歩き回り、色んなクイズを解くというオリエンテーションに参加したんです。配られた用紙に答えを書き込むという形式だったんですが、その中に、この島の名前はなーに?という問題があってですね。そんな何もねえ小島の名前なんて知らねえし、ウケ狙いで「おにがしま」って書いたら正解してたんですよ。「こ」と「に」を見間違えたんですね。向こうがね。で、こっちは小学生ですよ。正解を貰ったら「えっあれっておにがしまっていうんだ!」ってピュアに受け取って当然じゃないですか。周りの友達とかに「知ってる?アレって鬼ヶ島って言うんだぜ!」って知ったかぶりをかました訳ですよ。結構長い間ね。だいぶ言いふらしました。何人かは信じたと思う。自分も小学五年生くらいまで本気で信じてたし。ごめんね皆。


 

 そして、旅立った桃太郎は割とすぐに犬と出会う。彼は元・共産主義国の秘密警察らしい。冷戦後の民主化に伴うクーデターにより、それまで大統領の手先として強権を振るった秘密警察は解体され、要職の殆どは粛清を受け極刑。その下で働いていた者たちの殆どは第三国への亡命に至ったのだ。彼は粛清されて転生か何かをしたらしい。一緒に転生してきた純正のトカレフの威力は抜群だし、システマを駆使して敵の関節を破壊する国家の犬は頼もしい戦力だ。


 次に出会ったのは第7世代の人工知能を搭載したロボット「SAL」だ。

 これはかなり危険だ。何しろ裏切る。開発した博士が「裏切らないように造ったのに裏切っちゃうなら、もう最初から裏切るように作ったら裏切らないんじゃ?」と逆転の発想で作ってみたのだが、案の定裏切った。


 最後に出会ったのはキジだった。彼女はとある大企業の令嬢として生まれ、幼少時から溺愛されて何一つ不自由ない生活を送っていたのだが、五歳の時に難病にかかり、それ以降は遥か遠国の療養施設に隔離され、殆ど誰とも接触しない日々が続いていた。「ばあやのクッキーをまた食べたいな……」そう思いながら、十年もたつ。


 両親の愛情か、それとも、世間体を気にしているだけか。深窓の令嬢の為に与えられた部屋は、とても豪華な一流の家具や寝具が取り揃えられ……とにかく、人里離れた別荘的なところに押し込まれてはいるが、お金はたくさんかけて貰ってるので、洋服とかもすごいお嬢様感がある。本とかも一杯あるので教養や一般常識も抜群。まとめると、儚げな雰囲気がビシビシ伝わってくるお嬢様タイプのキジだ。言い忘れそうになったが、彼女の病名は鳥インフルエンザだ。


 余命幾ばくもない薄幸の美少女は、自由を求め窓から飛び出し、なんやかんやあって桃太郎一行と出会ったのだ。



 桃太郎、国家の犬、SAL、雉子(美少女)の一行は、往く手を阻む魑魅魍魎を、およそ1:3:5:2の割合で倒しながら鬼ヶ島へと突き進んでいった。

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