第6話 誰が為に桃は成る
桃太郎は、ついに現れた
黒鬼は奇襲の機を失い、一時混乱したが、もう仕方ない。素直に出ていって取り繕おうとしたが、桃太郎と口論に発展する。
「黒鬼め!夜襲とは卑怯な!正々堂々と戦え!」
「それはこちらの台詞よ、桃太郎!奇天烈な絡繰人形を利用するなど、桃の騎士の川上にも置けぬわ!」
「桃の騎士……?」
「ち、口が滑った……知らぬなら知らぬままで良い!そして知らぬまま、死ねッ!」
黒鬼が鬼次元から金棒を召喚し、構える。鬼パワーを凝縮した黒い金棒だ。これで殴られれば大抵の人は死ぬだろう。
だが、桃太郎の桃型の目は桃の力を解放し、桃次元から桃色の力を解き放った。
ついに激突か。だが、その寸前、
「……待て、同志・桃太郎」
国家の犬、イワン=ストロガノフが、ずいと前に出て、桃太郎を制した。
「犬……!?」
「こいつは俺に任せてくれ……かつてレッド-合計で54くらいと呼ばれた、この俺に」
そう言うと、イワンは服を脱ぎ始めた。
且つて某共産主義国の秘密警察に属していた彼は、コードネームを与えられた諜報部員でもあった。そしてその来歴はとても凄絶なものだった。
彼が某共産主義国の諜報部に配属された日。国家の犬としての忠誠を身に刻み付ける儀式として、身体にコードネームであるローマ数字の入れ墨を受ける事になった。
しかし、悲劇は、入れ墨の担当者の一人がローマ数字の仕組みを良く判っていなかった事で起きる。本来は十三を表すX IIIと入れたかったようだが、まず十がXだという事を良く判っていなかったし、Xの後に、(III)と入れることも良く判っていない。
「違う、それは十三じゃない」
「え?じゃあこう?」
「違うって」
「こう?」
「違う違うw」
「いや判らんて」
「頑張れ、頑張れwww」
もう一人の担当者は爆笑していた。止めるつもりはさらさらなかったようだ。
身体中にありとあらゆるアルファベットを刻まれ、最終的に左太腿の付け根に、ようやく正しい『X III』を刻まれた彼は、それでも国家への忠誠を試された。
笑顔で『ハラショー』と言うしかなかったのだ。
こうして、その身に大小様々の間違った『X III』のなり損ないを刻まれ、それでも絶妙な笑顔をこちらに向ける、悲惨な試練に打ち勝った国家の犬が誕生したのだ。
そのどこか悲しそうにも見える笑顔は、イワンが受けた数分の苦痛を象徴している。創造主による気紛れで、親からもらった大事な身体を弄ばれ、入れ墨担当者の無知により身体に刻まれた呪いに耐え、もう一人の担当の面白半分の煽りによって悪化し、それでも『レッド合計で54くらい』は笑っていた。
人の人生とは、実はこういうものなのかもしれない。神という者が居るのならば。
―――――――――――――――
服を脱ぎ捨てたイワンの身体にびっしりと刻まれた54くらいのローマ数字に、黒鬼はびっくりした。流石に鬼と言えどもここまでのことはされない。
この眼前の男が持つ呪われた運命に同情する。
「なんてことだ……そんな酷い傷を受けながら、何故戦う?」
「………」
イワンは応えなかった。
感受性が強く、行間を読む力に秀でている黒鬼は、イワンの心に秘められた葛藤と覚悟を都合よく読み取り、独自の解釈と多角的な見方により、この男の真の思いを勝手に知る。
「そうか……判った。私の負けだ……。私もお前と同じだったのかもしれない。私はかつてこの肌の色で仲間の鬼たちから笑われ、辱めを受けながら生きてきた。だから鬼社会の中で仲間外れにならないように、必死にがんばっ」
その瞬間、黒鬼は前のめりに倒れた。
新たに現れた#dc143c鬼が、裏切りそうになった黒鬼の首の後ろに手刀を入れて気絶させたのだ。
鬼統領は全てを読んでいた。黒鬼が裏切ったら……その、なんていうか、判るよね?と#dc143c鬼に遠まわしに言ってあったのだ。
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