物書きであるあなたの、身近な誰かの、悪意ある肖像

まともな人間が一人も出て来ない。創作クラスタの人間関係のもつれや、創作にすがらないと生きていけない人々の弱さが解像度高く描写されている。ピンポイントで射貫くような表現は、悪意さえこもっている。破滅に向かう加速に乗ったとき、ページをめくる手は止まらなくなる。これぞ最高のサスペンスである。
読んでいるうちに感じるのは「こういう奴いるわ」みたいな既視感だ。あるいは、まるで自分のことを丸裸にされたような不愉快で痛快さだ。小説を書いたり読んだりするのはまるで弱さの証だと指さして笑われるような作品だ。

この小説の主人公は三人いる。

碧月夜空、女性向けジャンルで執筆していたが、界隈特有の人間関係やルール、トラブルに疲れている。七尾ユウ、学業の挫折と親の過干渉で引きこもってしまい、閲覧数の伸びない小説を書くことだけを自分の支えにしている。儀武一寸、一見すると円満な家庭を築いている元ラノベ作家。きっと読者の周りにも、こんなタイプが一人はいることだろう。
三人がオンラインで互いの作品を講評しあったことをきっかけに、事態は最悪の事態へ向かっていく。

下村智恵理の得意とすることは、社会の暗部や対人トラブルの描写だ。ちょっと考えただけでもこの作品には引きこもり、家庭内暴力、女性の貧困、レイプドラッグなどが扱われている。また、同人誌界隈で起きがちなトラブルも、確かにこういうのをネットで読んだな、ということを連想させる。ネットの荒らしも、匿名による祭りも、嫌がらせも既視感がある。さっきはまともな人間が一人もいないと言ったが、脇役たちもそれぞれに身勝手で平然と他人から様々なものを奪っていく。相手を見くだし、嘲弄し、面白おかしく消費する。

創作者三人も行き過ぎた言葉で傷つけあい、一度ついた嘘で取り返しがつかなくなり、ちょっとした行き違いで破滅へと突き進んでいく。しかし、破滅してなお、何かにすがろうとして、誰にも読まれる当てのない小説を書き続けてしまう。物書きの業の深さだ。

ところで、まともな人間はひとりもいないと何度か言った。しかし、私やあなたはまともだろうか。最悪の結末を後押ししたのは、読者と同じ普通の人々だったのではないか。創作をする人間だけでなく、読み専の読者にも問いかける作品である。

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