オカルト、噂、都市伝説。実際に見たことはないけれども、確かに存在していると思わせるものたち。怪しげな超科学は科学的に説明できるのか。錯覚だとしたらそれは人の心の仕組みで解き明かすことができるのか。この作品ではそんなテーマに真正面から切り込んでいく。
例えば吸血鬼は実在するか。現場に残された化学物質の分析から、ヒトとは異なる生化学を持つ生き物の姿が浮かび上がってくる。あるいは、脳の持つバイアスが見えないものを見せているのか。出てくる議論や仮説には必ず背景があり、出典がある。調べれば実在する理論ばかりであり、これは確かな知識に支えられたハードSFなのだ。
ハードSFと書くと一見すると取っつきにくそうで、現に難解な用語の並ぶ箇所もあるのだが、そこは作者の腕のすごいところで、「なんかすごいことをやっている」程度の認識でもストーリーを追うのに実はほとんど支障がない。「この用語がかっこいい」レベルの理解でも、次々おきる出来事や浮かび上がる謎が読者を離さない。実は、難しそうな言葉の並んでいる部分はそういう演出なのだ。
もちろん、下村智恵理の恋愛関係に陥らない男女のバディも健在だ。罵倒すれすれの軽口を叩き、信頼を寄せ、それでも互いに呆れている。もちろん女子高生の描写も鋭い。今の十代が何を考えているかわらかない自分には到底作り出せないキャラクターだ。
そして、現実と非現実が交じり合うこの小説を語るうえで外せないのが、知識だけではなく舞台となった土地の圧倒的な実在感だ。バイク乗りの作者は恐らく舞台を実際に踏破したことがあるのだろう。したことがなかったとしても、車を飛ばしたときのスピード感は本物だ。そして、垣間見えたボスの正体は、本当に一読したときの直感の通りなのだろうか?
読んでいるとこの作品は尋ねてくる。あなたの記憶は本当のものですか? それはオカルトのように実在性の疑わしい、エモい夏休みのようなアニメや小説を寄せ集めて頭の中で作った幻想ではありませんか? と。