第1話 コインの表7
午前中の授業が始まっても、ぼくはうわの空だった。今朝靴箱で話しかけてきた『キャップ』という男のことが脳裏に焼きついて離れなかった。おかしなビジュアルはもちろんだが、最後に言った言葉。
『人に助けを求めるのは恥ずかしいことじゃない』
その言葉が頭の中を駆け巡っていた。窓際の後ろの席でぼくはぼんやり窓の外を見ていた。グラウンドには下松先生がいるのが見えた。ぼくは担任の下松先生に相談しようと閃いた。下松先生はぼくが柳井たちに取り囲まれているのを見ていたし、体育の怖い先生として生徒たちから一目置かれているからだ。
下松先生なら、ぼくの力になってくれるかもしれない……!
授業終了のチャイムが鳴ったと同時に、ぼくは教室を飛び出した。そして校舎に向かって歩いている下松先生を見つけた。
「先生」
下松先生は靴箱の入り口から校舎に入るところだった。
「なんだ大野」
下松先生は平静を装っていたが、明らかに動揺していた。下松先生は若い女性の大島先生と人気のないところで会っているのをぼくに見られていたし、ぼくが下松先生を呼び止めることなんてなかったからだ。
「先生、あの、えー、あの……」
緊張して言葉が出てこない……。
勇気出せ!
ぼくは拳を握りしめた。
「あの、この前見られたと思うんですけど、柳井くんたちといるところ……」
「ああ……」
先生の反応は素っ気なく、冷淡な感じがした。
「あの、実は前から、その、柳井くんたちからいじめられてて」
言えた……!
ぼくはやっと言えたことで少しホッとした。
ぼくは下松先生を希望の眼差しで見つめた。
先生はぼくの肩に手を置いて言った。
「お前も高校生になったんだろ?自分のことは自分で解決しなさい」
下松先生はそれだけ言って、ぼくを残して去っていった。ぼくはショックでその場に立ち尽くしていた。頭が真っ白になって、脳の回路がフリーズしていた。
頭が再起動を始めると我に返り、猛烈な感情の波に襲われた。その波はぼくを飲み込み、ぼくは感情を抑えきれなかった。
勇気を出してせっかく助けを求めたのに。なんで助けてくれないんだよ!
でもそうだよな、ぼくはもう高校生だ。
先生に何を期待してたんだろう。
情けない。情けない。情けない。
ぼくは自分の情けなさと悔しさで、大粒の涙をこぼした。ぼくはうつむいたまま、涙を地面に落とし、靴で涙の跡をかき消した。
ぼくの頭上で授業開始のチャイムが再び鳴った。
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