第1話 コインの表10
ぼくは教室にいた。
気がつけば4時間目の国語の授業になっていた。
放心状態で思考回路がストップしていた。
ぼくは無意識のうちに教科書を開き字を目で追っていたが、目や耳から頭にはなんの情報も入らなかった。ふと我に返り、国語の大島先生が、夏目漱石の『こころ』を朗読しているのに、やっと気づいた。
ぼくの頭の中をさっきの下松先生の言葉が何度もリピートされていた。たった一言の言葉が精神的なショックを引き起こしていた。加えていろんな疑問が頭の中をかき回し、挙げ句の果てにそれはぐちゃぐちゃに混線し、激しくもつれていた。
ぼくは4時間目になって、やっと頭の中を整理する冷静さを取り戻した。
下松先生は今日ぼくが柳井と会うことを知っていた。ということは恐らく柳井が下松先生に話したということだ。
あの時、先生は『大事な用』と言っていた。
3万円を今日柳井たちに渡す、ということも知ってるのだろうか?これは考えても答えが出ないが、先生の言う『大事な用』の中身を下松先生は知っているのだろうか……?
月曜日に下松先生に『柳井たちからいじめられている』と言っていたのに、今日ぼくを力づくで学校に来させた。どういうことなんだ?
もしかしたら、下松先生は柳井たちに若い女性の大島先生と怪しい感じで会ってるところを見られてるから、彼らの言いなりになってるのかもしれない。
いずれにしても、下松先生の助けは期待できないことだけは確かなようだ。
ぼくは下松先生に裏切られたという失望と敗北感の混ざった複雑な感情に、思いの外、強いダメージを受けていた。
ぼくはこっそり机の下に隠れて、スマホのラインを見た。幼なじみのユウヒからはまだ『既読』になったまま、なんの返信もなかった。
それで、もう一度ユウヒにメッセージを送った。
『ユウヒ、今日の昼休み相談したいことがある。大事な用なんだ。頼む!実は柳井たちに…』
そこまで打ったところで、人影に気づいた。少しだけ体の向きを変えると、国語の大島先生が後ろからこっちを見ているのがわかった。
マズい!
慌ててスマホを乱暴に机の中に押し込めた。机の中で送信ボタンだけは押した。
大島先生はぼくに一瞥をくれると、再び教科書を甲高い声で読みながら、ぼくの隣を通り過ぎて行った。
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