ユルいぜ!厨二高校探偵事務所
芦田朴
第1話 コインの表1
その男に初めて会った時のことは、今も忘れられない。
高校の校舎別棟2階の奥は昔、理科室として使っていたが、今は倉庫になっていた。運動会などのイベントでしか使わない道具が、面倒くさげに放り出されていた。日に焼けて一部分だけ変色したカーテンの隙間から漏れる太陽の屈折した光が、部屋に舞う無数のホコリを無邪気にキラキラと輝かせていた。
僕はそのカビ臭い部屋に、柳井たちに毎週金曜日の放課後いつも呼び出されていた。
部屋の前には先客がひとりいた。見るからに気弱なヲタクという感じで、髪はボサボサに伸びていた。そいつは僕を数回チラ見して、終始オドオドしていた。
ドアがいきなり開いた。
背がひょろ長い男が、右手で痛そうに顔を押さえながら出てきた。ソイツは僕らの存在に気づかないかのように、こちらを見ることなく、走り去って行った。
中から「次」と言う乱暴な声がした。そのヲタクは「し、失礼します」とモスキート音くらい小さな声でつぶやいて中に入っていった。
柳井は毎回ぼくのシャツの胸元を力づくでひっぱりあげるから、その部分だけ萎びた茎のように伸びていた。柳井は僕にそうすることを楽しんでいるようだった。
「今週はいくら寄付してくれるかなぁ?」
柳井は仲間二人と笑いながら、ぼくに訊いた。
金さえ出せば恐ろしい目に合わなくて済む、それだけでぼくは毎週金曜日に彼らにお布施していた。僕が学生服の右ポケットから裸の1万円札を取り出すと、柳井は電光石火の勢いでそれを取り上げた。
「これだけ?」
柳井は笑いながらそう言ったが、眼光鋭い目でぼくを睨みつけた。背が163センチくらいの小さい奴だが、不思議な威圧感がある。
「僕ら3人いるんだよ。山分けしたら一人3000円ぽっちじゃん?」
「で、でも、それがせいいっぱいで、あの...」
そう言った瞬間、柳井は突然ぼくの胸を叩き突き飛ばした。
ぼくは後ろにあった運動会や文化祭で使うものが無造作にしまわれた木製の物置に背中を打ちつけた。
ホコリがいっそう舞って、きらめいた。
「それはそっちの都合でしょ?」
柳井はわがままを言う聞き分けのない子どもを諭すような、低い落ち着いた口調でそう言った。
「約束を守ってくれたことは評価する。僕は暴力嫌いだし。でも次からは人のことを考えて行動しなきゃ」
柳井の落ち着き払った口調が、いつもながら返って不気味だった。柳井の理不尽な要求も、僕の恐怖心からか、正しいことのように聞こえた。
「じゃあ来週はこの3倍のお布施な?」
「え?そんな…無理無理、今でもギリギリ…」
柳井はニヤリと笑って「君にいいもの見せてあげる」と言った。
柳井は学生服の内ポケットからジッポライターを取り出した。そしてぼくの目の前で火をつけた。
「これ、いいでしょ?よく見て」
柳井のジッポライターにはガイコツの絵が描いてあった。それをどんどんぼくの目の前に近づけてきた。
「熱っ!」
ぼくの前髪が焼ける匂いがした。
柳井が笑いながら言った。
「前髪だけじゃ済まないよ。まつ毛もいっちゃう?」
柳井の仲間がぼくの恐怖に引きつる表情を見て「ウケる」と言って手を叩いて笑った。
その時だった。
突然、部屋のドアが開いた。
柳井たちは驚いて振り返り、開いたドアを見た。
そこには立っていたのは、ぼくのクラスの担任の下松がだった。
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