第1話 コインの表5

ぼくの家は古いアパートの二階にあった。

両親が小学生の時に離婚してから、母親と二人でそこに住んでいた。


「ただいま」


家のドアを開けると、台所があってその向こうにある6畳の畳の部屋に母親が横になっているのが見えた。母親の丸い背中があった。

反応がないので、寝ているのだと思い、音を立てないように足を忍ばせた。


「ハル」


「あっ、起こしちゃった?」


母さんは少し身を起こしてぼくの姿を確認すると再び向こう向きで横になって言った。


「母さんね今日は疲れて動けないから、テーブルにあるの、チンして食べて」


キッチンにあるテーブルに目をやると、半額シールが貼られた弁当があるのが見えた。

母さんはリウマチを患っていて、日によって体調のムラがあり、体調が悪い日は横になっていた。

それでも母子家庭だからのスーパーのパートをして家計を支えてくれていた。


ぼくはテーブルの椅子に座り、弁当をレンジにかけず、無造作に弁当を開けた。ぼくは弁当を食べながら例の3万円をどう工面するか、考えていた。これまでずっと自分のなけなしのお金を渡していたけど、今日の1万円でぼくの貯金は完全に底をついていた。


母さんに柳井たちからカツアゲされていることは言えなかった。ただでさえ体調悪い中、無理して働いてるのに、これ以上負担をかけるわけにはいかなかった。でもとりあえず、母さんから借りるしかない。じゃないと本当に柳井から殺されてしまう。


「母さんさあ……」


「なに?」


「あの、ちょっと言いにくいんだけど…」


ぼくがそう言うと、母さんはからだの向きを変えてこっちを見た。


「なに?どうしたの?」


「あの、まぁ、ちょっとお金......いるんだよね」


「なんの?」


「修学旅行の頭金とかで」


完全な嘘だった。母さんに嘘をついていることで胸が痛んだ。


「いくら?」


「3万」


「3万かあ……」


母さんはそう言って頭を抱えた。3万円はうちの家計にとっては大金だ。すぐに用意できる額ではない。


「いついるの?」


「来週金曜日」


「わかった。なんとかするね」


「大丈夫?」


「大丈夫。そのくらいなんとかなる。30万じゃないんでしょう?」


母さんは自分が言った冗談に笑った。その笑い声はどことなく力のないもので、母さんが金の工面に頭を悩ませていることを伺わせた。


「お弁当、食べて。お腹すいてるでしょう?ごめんね、作ってやれなくて」


ぼくはその言葉に頭を横に振った。母さんはいつも優しかった。冷めたご飯を口に入れた。


自分が情けなかった。どうしてこうなってしまったんだろう。


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