第1話 コインの表6
月曜日の朝、ぼくは気持ちの重さを引きずったまま登校した。思えば柳井たちからいじめを受けるようになってから、晴れ晴れとした気持ちで学校に来たことは一度もなかった。
ぼくはカバンから上履きを出した。柳井から毎日上履きをゴミ箱に捨てられたりしていたので、持ち帰るようにしていたのだ。それでも毎日ぼくの靴箱にゴミを入れられたり、つばを吐かれたりしていた。今日も靴箱を開けると、生ゴミが入れられていた。
下駄箱のところで上靴に履き替えるぼくの横を、屈託のない笑顔で通り過ぎ、友達をみつけてじゃれ合う人がうらやましかった。普通の高校生活ってヤツを送ってみたかった。
「ハルさん」
背中越しにぼくの名前を呼ぶ低い声がした。ぼくのことを「ハルさん」と呼ぶ人はいない。驚いて振り向くと、そこには金曜日ロッカーから出てきた角刈り口髭の男がいた。一回見たら忘れられないインパクトがある。しかしぼくはわざと、とぼけて訊いた。
「だ、誰……ですか?」
ぼくがそう言うと、その男は馴れ馴れしくぼくと肩を組んできた。
「ひどいなぁ。僕らは友達でしょ?もう忘れちゃいましたか?」
「……え?」
「そう言えばまだ名前言ってませんでしたね」
その男はぼくから離れて頭を下げて挨拶した。
「中央第二探偵社のキャップであります」
「え?」
情報が多くて入ってこない…
中央第二というのはこの高校の名前だけど、探偵社?キャップ?意味がわからない。
「キャップというのはですな、キャプテンという意味で、私がみんなにそう呼べと言ったわけではなく、みんなが面白がってそう言うだけで、私としてはちょっとダサいから、いまいち納得はしてないんだけど、強制のしようがないし、特にこう呼んでほしいという名前もないので、とりあえず受け入れている次第なのであります」
自分の口髭を指先で横に引っ張りながら、なぜか恥ずかしそうに早口で言った。
やはりこの人は変だ。関わらないほうがいい。
ぼくの心の声がそう言った。
「ぼく、急いでるので」
ぼくは急いでその場から立ち去ろうとすると、その男はぼくにこう言った。
「3万払うんですか?」
ぼくは足を止めた。
この男はあの日ロッカーの中にいて、一部始終を聞かれていたんだった。そのことを思い出した。
ぼくは再び逃げるように走りだした。そのぼくの背中にその男は大声でこう言った。
「助けを求めることは、恥ずかしいことじゃない」
その大声に反応して、近くにいた登校していた生徒が驚いて彼を見た。
ぼくはその言葉を振り切るように駆け出し、教室の中に走り込んだ。
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