晴れた日には黒髪のピエロが出るらしいですよ
九十九 千尋
これは友達から聞いた話なんですが……
僕の友達にユミちゃんという女子が居るのだけど、彼女が体験した、ある怖い話を語ろうと思います。
あ、確認ですけど怖い話を聞きに来たんですよね? あなたは。うまく怖がらせられればいいのですが。
ああ、あと、この話は僕の身近に起きたことでもあります。話の登場人物に僕も出て来ますから。前置きが長くなってすみません。
僕が小学生の頃、僕らの学校ではとある肝試しが流行っていたんです。
その肝試しっていうのは、通学路で行くことを禁止されてた抜け道を通ることでした。
田舎の古い廃屋だらけの細い通り、人の気配は微かに感じるけれど建物はどれもオンボロの平屋ばかり。雑草だらけでちょっと“バキュームカーの臭い”がする。昼間なのに狭いせいで薄暗い、そんな抜け道が通学路から少し外れたルートにあるんですが……これがけっこう不気味でして。
当時はその不気味さによって「その道では人食いのオバケが出る」とかなんとか、尾びれ背びれがついてましたね。そんな抜け道を一人で通り抜けるって肝試しです。
高校生ぐらいになると、その道自体は特に怖くはないんですけど、小学校の頃はかなり怖かった思い出があります。
とと、僕の話じゃなく、ユミちゃんの話でしたね。
ある日、ユミちゃんもその肝試しをすることになったんです。友達との話で、なんだか気が付けばユミちゃんがその抜け道を一人で歩いて抜けることになったんだとか。
ユミちゃんは、小学生の頃は男子に混じって遊ぶような勝気な子で、怖いもの知らずなところは男子みたいな子でした。あ、当時は、ですよ。今の彼女に知られたら僕が殴られます。あはは。
だからこそ、彼女はその抜け道を恐れずに通り抜けたんです。
昼間の明るい時間でも薄暗い、草生した細い道。オンボロなのに人気のする平屋に挟まれたその道。隙間から覗く青空がどこか遠くへ感じる道。
でも、もちろん、何も起きなかったんですよ。
え? 何も起きなかったのに怖い話なのか? って?
いえいえ、話はそれで終わらないんですよ。
一度、その抜け道を何事も無く通ったユミちゃんは、友達にそのことを自慢したんです。友達はそれを受けて、一度通っただけじゃなく、二度目も通れ、と言ってきたんです。友達はその通りが怖かったのに、ユミちゃん、あっさり通っちゃったから悔しかったんでしょうね。
ユミちゃんは一度何もなかったことを知っているので、その提案を受け入れて、その道をもう一度通り抜けることを快諾したんです。
二度目、昼間の明るい時間でも薄暗い、草生した細い道。オンボロで少し変な臭いのする平屋に挟まれたその道。わずかに見える遠くの雲が覗き込む道。
何事も無く一度目と同じように通り抜けようか、というところで、ユミちゃんはふっと……振り返ったんだそうです。何を思ったのか。
そこには、人が居たそうです。
ちぢれ髪の、あるいはボサボサの頭の。妙に白い肌をしたお兄さんが居たんだそうです。手には何かが入ったスーパーの袋。黒いジーパンに厚手の紺の上着。白い帽子。帽子と上着の隙間からハミ出る黒い髪。何よりユミちゃんが気になったのは、その人、化粧をしていたんだとか。鼻や目の周りを真っ赤に染めていたその様、頭のてっぺんじゃなく左右に張り出した髪の毛、白い肌と合わせて……ユミちゃんはその人を「黒髪のピエロ」だと、思ったそうです。
お兄さんはユミちゃんを見て微笑んで言ったそうです。
「こんなところに来てはいけないよ。ここは鬼婆が住むんだ。鬼婆は人を食べるんだ。もうこんなところを通ってはいけないよ」
その言葉に呼応するかのように、近くのオンボロの平屋から物音がして、ユミちゃんは思わず走ってその通りを走り抜けたらしいんです。
その物音と一緒に、何か、人のうめき声のような物が聞こえた気がして……
ユミちゃんは翌日、学校でそのことをみんなに言ってたんです。
それを僕も偶然その場に居合わせて聞いたんですが、そんな変な男の人、僕は見たことがないし、他の子も見たことが無い。きっと、ユミちゃんが怖くて作り出した嘘なんだと、みんな信じなかったんです。
一部の男子は、嘘つきだ、証拠を出せと。それを大声で言って事態を大きくしてしまったんです。
それを受けて、ユミちゃんは怒りました。怒って、思わずこう言ってしまったんです。
「じゃあ、もう一度あの抜け道を抜けて、『黒髪のピエロ』が居たこと、『鬼婆』がいた証拠をもってきてやる」
その日のうちに、彼女は三度目、あの抜け道へ。
昼間の明るい時間でも薄暗い、草の倒れた細い道。オンボロで変な臭いのする平屋に挟まれたその道。わずかに見える天道様がずっと遠くにある気がしてしまう道。
彼女は物音がした平屋を探しながら通りを進んだんだとか。するとまた、あのお兄さんが、『黒髪のピエロ』がいつの間にか背後に居たんだとか。
振り返って驚いた様子のユミちゃんに、お兄さんは叱りながらも、その手を引いて、抜け道の出口近くまで歩いて行ってくれたんだとか。
でも、ユミちゃんは抜け道を抜けることが目的なんじゃなく、お兄さんやあの呻き声の証拠が欲しくて来たんです。帰れと言われても素直に帰れません。そのことをお兄さんに言うと、お兄さんはとても困ったように答えてくれたそうです。
「鬼婆の居る証拠が欲しいの? 困ったな。他の子に見せるために欲しいんでしょう? それじゃあ……」
お兄さんは少し迷うようにした後、ユミちゃんに言いました。
「そうだ。携帯、スマホはあるかな? 写真を君に送ろう。鬼婆の写真だよ」
でも、僕らの小学校はスマホの持ち込みが禁止だったので、ユミちゃんはスマホを持ってなかったんですよ。
お兄さんはそれを聞いて、にっこりと笑ったんだそうです。
目じりが下がり、口角が上がり、黒髪のピエロが笑ったんです。
でも、目が、笑ってなかったんだそうです。
「そう。じゃあ、鬼婆を直接見に行こう。大丈夫。もう動かないだろうから。沢山あるんだ。行こう!」
お兄さんの手がユミちゃんの手首を掴もうと伸びたのを、ユミちゃんは思わず避け、ユミちゃんは走り出しました。振り返らずに、必死に。通りを駆け抜けて、一心不乱に。
昼間なのに薄暗い、くさい臭いのする、狭い通り。人の気配の全くしない平屋が並ぶ抜け道。隙間に見える青い空だけが妙に異質な、通ることを禁止された抜け道。
背後から、ずっと、黒髪のピエロの声が追いかけてきて言っていたんだそうです。
「良いの? 証拠、欲しかったんでしょう? 逃げて良いの?」
必死に必死に必死に走って、走って走って走って、ユミちゃんはその抜け道から逃げるように大通りに出て、交番に駆け込んだんだとか。
交番で大声で泣くユミちゃんにお巡りさんは困惑したものの、彼女のランドセルを見て、即座に事態を察したみたいです。
彼女のランドセルは、大きく刃物で切り裂かれていたんだとか。
という話を、後日、登校してこないユミちゃんの代わりに、他の女子から聞いたんですよ。もちろん、その話もやっぱり何人かは信じず、どうせ証拠が無かったから、学校をズル休みしてるんだ、という噂になりました。
が、その日の学校からの帰りは、通学路に親が付き添うことになりました。
先生が“終わりの会”で言うには……
「学校の通学路の傍の道で、不審者が出た。家にまっすぐ帰るように」
僕や、ユミちゃんの話を聞いていた子は即座に思い浮かんだんです。
その不審者は『黒髪のピエロ』だ。そいつは帰るのが遅くなったら出るんじゃない。あの通りに居るんだ。本当に、居たんだ……
その話は、子供の間の噂話から、大人の間での噂話に変わり、そしてついには……ニュースになった。
「〇〇市××町で、バラバラ連続殺人事件が……」
「犯人は紺のジャンパーに黒のジーンズ、白い帽子をかぶった成人男性で……」
「犯人は、被害者の頭部をスーパーのビニール袋に入れて運んでいた痕跡があり……」
「犯人は未だに捕まっていません」
そう、この事件、まだ犯人は、『黒髪のピエロ』はまだ捕まってはいないらしいんですよ。
流石に、あの事件の後、あの抜け道は警察が捜索して回ったんで……もうあそこには居ないと思うんですが。
でも、今でも、あの通りを何かの拍子に覗き込んでしまう自分が居るんです。ユミちゃんの話が本当であったのなら……なおのこと、気になってしまうんです。
ああ、そうだ。
僕は止めたんですが、僕の友達の友達が……ってもう他人ですけど、今度、その人たちがその抜け道を通って色々探してみるんだそうです。
何かまた怖そうな話になったら、また聞いてくれますか? うまく話せればいいんですが……
ああ、でも、小学生の頃じゃあるまいし、その人たちには肝試しになるのかどうか。
そもそも、お化けとか、そういうのじゃないのだから、肝試しじゃすまないのに。
晴れた日には黒髪のピエロが出るらしいですよ 九十九 千尋 @tsukuhi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます