ストロベリースラップスティック

かごめごめ

ストロベリースラップスティック

お題:本/苺/正義の枝

ジャンル:学園モノ



 休み時間、トイレから戻ってくると、わたしの机の上から“あるべきもの”がなくなっていた!


「えっ、えっ、嘘……ない……」


 絶対ここに置いておいたはずなのに!

 まさか…………盗まれ、た?


「嘘でしょっ……!?」


 さすがにトイレにまで持っていくと失礼に当たると思って、持っていかなかったのが裏目に出た。こんなことなら肌身離さず持っておくべきだった!


「ねぇ結愛ゆあっ、望来みく! ここに置いてあったの知らない!?」


 わたしは半ばパニックに陥りながらも、近くの席で談笑していた友人たちに訊ねた。


「わ、どしたの星夏せいか。そんな血相変えちゃって」

「スマホでも失くした?」

「もっと大事なもの!」


 そう、それはわたしにとって、本当に大切なものだった。

 最愛の妹の次に――いや、もはや妹と、家族と同じくらい大切なものだ。


 数分とはいえ目を離してしまったのが本当に悔やまれる。痛恨の極みだ。


「あ、そういえばさっき、かがみくんが星夏の席の近くまで来てたような……」

「望来、それほんと?」

「う、うん。関係あるかはわかんないけど……」


 鏡かける。わたしに好意でもあるのか、よくちょっかいをかけてくるお調子者の男子だ。

 あまりしつこいと適当にあしらったりもするけど、彼とぎゃーぎゃー言い合っている不毛な時間が、わたしはそれほど嫌いではなかった。


「あー、また鏡かぁ。懲りないねぇ彼も。星夏にちょっかいかけたら殴られるって、学習してるだろうに」

「Mなのかな、鏡くん……」


 カケル。鏡颯。


「ありがとね、ふたりとも。ちょっと懲らしめてくる」

「行ってら〜」

「……そういえば、結局なんだったんだろ、星夏の大事なものって」


 望来のつぶやきを背後に聞きながら、わたしは颯の席まで早足で歩み寄った。


「ちょっとカケルぅ!」


 颯は席に座り、顔を隠すように分厚い本を開いていた。鈍器として使えそうなとんでもなく分厚い本……ていうか広○苑だ。

 アホの颯が休み時間に辞書なんて読むわけない。めちゃくちゃ怪しい!


「……くぷっ、くくくっ」


 辞書の奥から、押し殺した笑い声が聞こえてくる。


「こんのぉ、アホカケル……! さっさと返しなさいよ、わたしのおえださま!」


 わたしはそれを、心の中で密かに「正義の枝」と名づけ、崇めている。

 つらいとき、苦しいとき、くじけそうになったとき……そのけっして折れることのない枝が、折れかけたわたしの心をいつだって支えてくれたのだ。


「お枝さまて……んな大げさな。これはただの――」


 颯が、本から顔をあげた。


小枝こえだじゃねーかっ」


 言って、颯はピンク色のスティックを口に咥えた。


「しかも冬季限定の苺味! つーかうまいなコレ。永森ながもりも食うか?」


 ボリボリ、ボリボリ、ボリボリ。

 颯がお枝さまを噛み砕いていく。


 そう――わたしの大切なもの、それは小枝だ。

 国民的チョコレート菓子の小枝だ。

 小技こわざじゃない、小枝だ。

 わたしは小枝が大好きだった。


「ふざけないでよっ……!」


 小枝を、お枝さまを、正義の枝を盗むなんて!

 しかも、よりにもよって冬季限定の苺味を!

 絶対に許せないっっっ!!


「カケル……あんたね、今度という今度は本気で許さないんだからっ!」

「あははっ、悪い悪い。つい魔が差して……」

「問答無用っっ!!!」


 わたしは強く拳を握りしめると、颯の左頬めがけてパンチした!


「ぐぼァ! ってぇッ……! 相変わらず容赦ねぇなぁ、永森のパン――」

「うるさいうるさいっ! うるさぁい!!」

「ぐはッ! ぐふッ! ほげぇぇッ!!」


 ボカっ! ドゴッ! ボコッ!!

 わたしは両手で交互に颯の顔面を殴り続ける。


「ちょ、待て永森っ、痛っ、ぐぼォッ、しゃれにならっ、げはぁぁッ……!!」

「洒落になってないのはそっちでしょ!!」


 わたしは颯に思いっきり体当たりした。

 颯の座っていた椅子がガッシャーン! と大きな音を立てて横倒しになる。

 颯は床に叩きつけられた勢いで後頭部を強打していた。


「ッ――!!」


 痛がっている隙に馬乗りになって、また殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。


「死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」


 ドカッ! ゴンッ! ぐしゃ! ぐしゃあ!


「ぐぼぁァ!! ぅえッ! ぉえぇぇッ! ぐががぁッ! ぐがが!!」


 颯の鼻から血が出ている。まぶたがちょっと腫れぼったい気がする。どこかから誰かの甲高い悲鳴が聞こえた。

 気にせず、わたしは殴り続けた。


「許せない……絶対に許せない……」


 ただ盗むだけなら、まだ許せた。返してもらえばそれで済むんだから。

 でも、コイツは――あろうことか、「食べた」のだ。

 そんなの許せるはずがない。生命に対する冒涜だ。


「あぁ……真冬まふゆちゃん……!」


 死んだ妹が大好きだったお菓子、お枝さま。

 季節がめぐるたび、わたしは新作や季節限定のフレーバーを買いに走り、妹の形見のように、妹そのもののように大切に保管していた。


 事故に遭ったりしたら大変なので、基本的に持ち歩くことはないが、年に一度の特別な日――妹の命日だけは、一緒におでかけすることにしている。


 苺味は、妹が特に好きだったフレーバーだ。

 あの日も、発売されたばかりの苺味を、うれしそうに買い物カゴに入れていた。


 わたしは、もう二度と失いたくない。

 なんの罪もない命を奪う悪は、絶対に許さない。

 わたしが信じる正義はただ一人、真冬ちゃんだけだ。


 だから――


「お願いっ! 死んで! ねぇ! 早く! 早く死んでよっ!!」


 言葉は発さなくなったが、まだ意識は残っていそうな颯に、殴りながら懇願する。

 そのとき――


「ちょ、ちょっと星夏!? なにやってんの! いくらなんでもやりすぎっ!」


 背後からやってきた結愛に、羽交い締めにされた。


「ぅ、ううっ……」


 その隙をついて、颯が芋虫のように床を這って逃げていく。


「なんで邪魔するの! あと少しで死んだかもしれないのに!」

「ねぇ、ほんとにどうしちゃったの! なにがあったの、星夏……!」

「どうもこうも……ほら、見てわからない?」

「え?」


 一瞬拘束が緩んだので、振り向きざまに横っ面を殴った。結愛は友達だからもちろん手加減した。


「ほら、見て、これ……」


 わたしは床に散らばったピンク色の破片を拾い集めた。

 颯と揉み合った際に床に散ったお枝さまが、粉々に砕けてしまったんだろう。


「こんなにばらばらになっちゃって……かわいそうな真冬ちゃん……」


 あの日、大型トラックに撥ねられた妹の姿と、自然と重なってしまう。

 当時妹は四歳で、わたしは七歳だった。


 お使いの帰り道、わたしがほんの少し妹から目を離してしまったせいで、妹は死んでしまった。

 わたしは轢き殺される妹を、わけもわからずただ呆然と見ていることしかできなかった。


「大切な家族を殺されたんだから、かたきを取りたいと思うのは当然じゃない?」


 かき集めた真冬ちゃんの欠片を、ぎゅっと握りしめる。

 わたしの拳は、苺みたいに真っ赤に染まっていた。


「ねぇ、望来もそう思うよね?」


 わたしは立ちあがると、そばで呆然と立ち尽くしていた望来に声をかけた。


「ぇ、ぁ……」

「望来はわたしの邪魔しないよねって訊いてるの」


 望来はわたしを見て、隣でうずくまってすすり泣く結愛を見て、またわたしを見た。


「…………ぅ、うん。しない、よ……」

「よかった〜。これ以上友達を傷つけずに済んで」


 わたしは真冬ちゃんとしっかりと手を繋ぎ、反対の手で颯の机の上に置いてあった鈍器のような辞書を掴んだ。


 そして、わたしは駆け出した。


「こらぁ〜っ、待ちなさいよカケルぅぅっ!!」


 ――安心してね、真冬ちゃん。

 お姉ちゃんが、必ず仇を取ってあげるからね。

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