リリィには何もない?
ドラキ
第1話 リリィには悩みがある
リリィ・ローリーにはいくつか悩みがあった。
まず、身長が低いこと。これは将来に期待。
次に髪が縮毛気味。コンプレックスからか感情が昂ったり、緊張すると無意識に髪を触ってしまう悪癖が嫌いだった。
そして直近の悩みといえば、この卵形のカプセルに閉じ込められていることだ。外側からしか開けられない構造らしい。内部は壁と一体化したイス含め、柔らかいゴム素材でできている。
ふと目覚めると、ここにいた。それ以前の記憶を辿ろうとすると霧がかかったように曖昧な心地になり、どうしても思い出せなかった。
そんな中でも悩みだけははっきりと思い浮かべられたということは、よほど気に病んでいたのだろう。
おまけに鉄製の首輪が取り付けられ、少し息苦しい。また、悩みが一つ増えた。
腰を上げ、前方の透明な窓越しに外を眺めてみる。照明が薄暗く見えにくいが、大型トラックのトレーラー内にいることが分かった。
左右のベンチに二人ずつ、計四人配置された男--だろうか? 全身を同一の重装備で固め、人の顔を模した仮面を装着している。おそらく彼らは自分を警護または監視、もしくは両方のためにいるのだろう。しかし何のために?
そもそも、このトラックはどこへ向かっているのだろうか? 今の時間は? 日にちは? ティーンエイジの少女を閉じ込める理由は?
「……あ」
また、無意識に髪を掴んでいることに気付き、ため息をついた。考えたところで状況は変わらないと悟り、ひとまずイスに腰を下ろそうとした、そのとき。
轟音と同時にトラック全体が激しく揺れた。
「どうした!?」
「後ろから追突された!」
「襲撃か?」
「銃を取り、備えよ!」
兵士たちが動き始めた。再び衝撃が。どうやら後続車が意図的に衝突を繰り返しているらしい。
兵士の一人が後部レバーを上げ、扉を開けた。眩い光がトレーラー内部に差し込む。
彼方に伸びる幅広の道路。このトラックはハイウェイを走行しているらしい。後方につく一台のクーペ。そのボンネットに一人の人物が立っていた。
カジュアルな赤いパーカーに身を包み、両手をポケットに収めている。高速で走行する車上にも関わらず、風圧をものともしない様子だ。
フードを被ったキャスケット帽の下には、きめ細かい白肌に目鼻立ちの整った女性の顔があった。濃い目のアイシャドウに彩られた瞳が瞬き、厚い口紅が吊り上がる。
「ご開帳〜、待ってたぜぇっ!」
ハスキーボイスを鳴らしながら、左腰に携えた刀を抜いた。
「撃て!」
四人が一斉に拳銃を発砲する。次々に車体やフロントガラスに命中する中、女性はハエを払うような軽い所作で弾丸を捌いていく。
やがて弾が尽きるタイミングを見計らい、踏み込んだ。空中を駆けるように跳躍し、トレーラー内へと転がり込む。
「お邪魔っと……」
「動くな!」
兵士たちが即座に取り囲む。
「あー、悪ぃ悪りぃ。すぐに済むからよぅ……」
肩膝をつき、頭を下げる女性。その顔は不敵に笑んでいた。これは非礼を詫びた姿勢ではなく、居合の構えだと気づく者はいなかった。
球体状の鍔を持つ異様な刀。その柄に右手を添えた瞬間。
炭酸飲料の栓を抜いた瞬間にも似た、空気が勢いよく噴出するような破裂音が響いた。直後、兵士四人の上半身が落下し、道路へ転がり落ちていった。
真相は、抜刀と同時に女性が凄まじい速度で回転。四人の体をすり抜けたと錯覚するほどの抜刀術で仕留めたのだった。
唖然とするリリィに、女性が急接近する。
「よう、元気かお嬢ちゃん?」
「あ、あの……きゃあっ!?」
女性はカプセルの蓋をこじ開け、リリィを抱き上げた。踵を返し、走り出す。
「ちょ、ちょっと待って!?」
「待たねぇよっと!」
再び跳躍。難なくボンネットに舞い戻ると、弾痕だらけのフロントガラスを蹴破り、そこから彼女を車内へ押し込んだ。
「ぁいったぁ……っ!」
「はいはい、ジャマジャマ!」
無理やり押し込まれた際、天井に頭をぶつけ、悶えるリリィ。女性は気にも留めず、助手席に腰を落とした。
「よーし、行くぞフランキー!」
女性が声を投げた先に目をやるリリィ。運転手の姿に目を疑った。
全身を纏う漆黒のボンテージスーツ。カラスを模した仮面で顔面を覆い、シックなハンチングを被った異様ないでたちの男が、窮屈そうに運転席に収まっていた。
フランキーと呼ばれたその人物は、女性に向き直る。表情の一切が読み取れない仮面の奥で呟く。
《……アビー》
「あ?」
《シートベルト》
「うっぜぇ!」
悪態を吐きながらも、アビーという名の女性は指示に従う。それを確認すると、フランキーはアクセルを一気に踏み込んだ。
トラックを追い抜きざま、フランキーは素早く拳銃を抜き出し、発砲。タイヤに命中し、トラックは蛇行の末に横転した。
「ハーハッハッハッ! ザマァっ!」
窓から身を乗り出したアビーが中指を突き立て、舌を出す。その端正な顔立ちとは裏腹に、かなり性根と口が悪いようだ。
リリィが驚いたのは、ここまでがトレーラー内で目覚めて十分以内に起きた出来事だからである。
あのままカプセルで眠っておけば良かった……髪を弄り後悔するも、時すでに遅し。事態が飲み込めない彼女を乗せたまま、車は疾走する。
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