第5話 ギガント姉妹は寝起きが悪い

 コーン、ココーン、コココーン……--。

 コーン、ココーン、コココーン……--。

 深夜の独房に響く物音。アビーが缶切り刃で、便器を叩いていた。見回りにきた看守が小走りで近寄り、注意する。

「おい、静かにしろ!」

「なぁ、ちょっと聞きたいんだけどよぅ」

「何?」

「昔聞いた曲の名前が思い出せないんだよ。リズムはわかるんだけどよぅ、何だっけなぁ? ほら、こんな感じの」

 コーン、ココーン、コココーン……--。

 コーン、ココーン、コココーン……--。

 曲というには若干疑わしい、単調なリズム。看守には聞き覚えがなかった。もっとも、まともに付き合う気もなかったが。

「そんなもの知るか! いいから、さっさと寝……!」

「あ、もういいぜ。ご苦労さん」

 アビーが独房の隅へ身を隠した。

 直後、地鳴りが発生。先ほどまでダニーが立っていた場所の床が盛り上がる。コンクリートの亀裂から、巨大なドリルが顔を出した。

「うわぁあ〜っ!?」

 腰を抜かす看守。床下から現れたのは、先頭に岩盤掘削用のドリルを備えた地底戦車だった。

「やっと来やがったか。おせぇぞ、タコ」

 アビーは悪態をつきながら、外装を蹴り上げる。

 ハッチが開き、ゲンスミスが身を乗り出した。

「おい、助けに来てやったのになんだその態度は! ピンポイントで発見できたんだぞ、もっと褒めろ! 褒めて伸ばせ!」

 アビーが一定のリズムで送る音を地中からソナーで探知し、独房の居場所を特定したのだ。

「分かった分かった、よくやってくれたよあんたは。偉い偉い」

 気持ち半分で宥めていると、留置所内に警報が鳴り響く。看守に目をやると、警報ボタンに指をかけていた。

「看守オメー、空気読めや!」

「空気読んだから押したんだよ!」

「いったい何事よーっ! こんな夜中にーっ!」

 所内で寝泊りしていたガガリサが、騒ぎを聞きつけて衛士とともに廊下を走ってくるのが見えた。

「やべ、面倒なやつがくるぞ。さっさと逃げようぜ」

 アビーはさっさと戦車に乗り込もうと、車内を覗く。そこにはゲンスミス、フランキー、リリィが仲良く肩身を寄せ合っていた。アビーの顔を見るやリリィは、花が咲いたような笑顔を浮かべる。

「アビー! 良かった、無事だったんだね!」

「おい、何でリリィもいるんだよ!」

《アジトデ一人留守番スルノヲ嫌ガッタンダ。仕方ガナイダロ》

「フランキー、オメーがついてりゃ良かっただろ!?」

「バカお前、この戦車は二人で操縦しねぇとまともに動かねぇんだよ! 文句あるなら降りろ!」

「ケンカしてないで早く逃げようよ〜っ!」

「あぁ、悪ぃ悪ぃ!」

 リリィの意見を尊重し、アビーが車内に飛び込む直前。

「待ちなさいボケがぁああ〜っ!」

 遥か遠くから、こちらへ向かうガガリサが激昂。雄叫びを上げながら、右拳を突き出した。その瞬間、右前腕が分離し、切断部から炎が噴出。独房目がけ、猛スピードで推進を始めた。

「ロケットパンチだぁ!?」

 右拳は鉄格子の間を紙一重で潜り抜け、アビーの顔面を鷲掴む。勢いを保ったまま、独房の壁に叩きつけた。

「グギギギ……ッ!?」

 片方のみながらその腕力は凄まじく、アビーは奮闘するも指一つ引き剥がせない。

《クソッ!》

 痺れを切らしたフランキーが戦車から飛び出した。アビーに加勢するも、顔面から右腕が離れる気配はない。

「無駄よ、私の執念が乗り移ってるんだからっ! そら、もう一発!」

 続いてガガリサは左前腕を射出した。

「!」

 自身が標的と気づいたフランキーは銃を取り、発砲する。三発被弾するも、左腕の勢いは衰えない。捕まえんと掌を広げ、間近に迫る。

「ダメ〜ッ!」

 そこへ、フランキーを庇うようにリリィが飛び出した。

「ちょっ!?」

 一般人であるリリィを傷つけるわけにいかないと、ガガリサはとっさに左腕を方向転換させた。が、気が動転した本人の意思を反映してかコントロールを見失い、壁、床、鉄格子、天井をぶつかり回り、やがて--便器に突入した。

「イヤ〜〜〜〜〜〜ッッッ!!??」

 膝から崩れ落ち、絶叫を上げるガガリサ。頭を抱えようにも両腕がないので、上体を振り乱している。

 彼女の意識から逸れてしまったのか、アビーを掴む右腕は力を失い、落下した。

《リリィ、スマナイ。オ前ヲ危険ニ晒シテシマッタ……」

「ううん、これぐらい大丈夫! ちょっとドキドキしたけど」

 動悸を抑えながらも、自身なりのちょっとした冒険を成し遂げられたことにリリィは誇らしく思った。

「いいぞ、リリィ! よくやった!」

「えへへ……」 

 続いてアビーに褒められて、はにかみながら頬を赤く染めた。

「さぁて今のうちに行くぞ。急げ急げ!」

 二人を先に行かせ、最後に残ったアビー。戦車に乗り込む間際、ガガリサに聞こえるよう大声でこぼした。

「あ、悪ぃ。今日のクソ、流してなかったわー」

「イィイイヤァアアア〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッッッッ!!!???」

「ガ、ガガリサ衛士長っ! 気を確かにっ!?」

 床に頭を打ち付けるガガリサ。なだめる看守を尻目に、アビーはほくそ笑む。

「本当は使ってねぇんだけどな……ま、いいや」

 そう呟きながら、ハッチを閉めた。直後、戦車はバック走行で地底へと戻っていった。

 落ち着きを取り戻し、看守に支えられたガガリサが独房内へ到着した。当然、すでに姿はなく、痕跡と呼べるのは大穴とそこからわずかに漏れてくる掘削音だけだった。

「クソッ、取り逃すなんて……またゴーツのやつにネチネチ言われるわ。あ〜もう、最悪!」

 苛立ちをぶつけるかのように瓦礫を蹴り上げる。メイクを落とした怒りの形相とネコ柄のパジャマが、看守の目にはミスマッチだった。

「お姉ちゃん、どうしたの〜?」

 そこへギギルナが遅れてやってきた。瞼は半分落ち、未だ寝ぼけている様子だ。こちらの寝巻きは下着が透けて見えるほど薄いレースのネグリジェという、中々攻めたものだった。

「ギギルナ、制服に着替えなさい。この穴から、あいつらを追いかけるのよ」

「え〜、面倒なんだけど……もう少し寝かせてよ〜。穴は逃げないでし……あれ、腕はどうしたの?」

「うるさいわねっ! さぁ、急いで準備するわよっ!」

「ふぁ〜い……」

 姉妹は廊下を引き返していった。ちなみに二人がここへ戻ってきたのはメイクを終わらせた(ガガリサは左腕の洗浄含む)二時間後であった。

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