第4話 ゲンスミスは酒が抜けない
地下の大空洞を突き進み、一時間が経った。
「アビー、捕まっちゃったのかな?」
《多分ナ》
「わたしを逃したせいで、ひどいことされてないかな?」
《アイツヲ信ジロ。上手クヤッテルサ》
横目でフランキーを観察する。話しかければ返答してくれるが、アビーと比べてどこか素っ気ない印象を受ける。仮面で表情が窺えないため、何を考えているのかがまったく掴めないのだ。
そこで気まずい雰囲気を少しでも和らげようと、自分から会話を仕掛けることにした。
「これからどこへ行くの?」
《オ前ノ首輪ニハ発信器ガ仕掛ケラレテイル。モシ逃ゲラレテモ追跡デキルヨウニナ》
「発信器!? じゃあ、ここにいるのもバレちゃうの?」
《イヤ、ココハ岩盤ノ層ガ厚イ地下ダカラ、信号ヲ感知サレルコトハナイダロウ。ダガ、外セルニ越シタコトハナイ。ソレガ可能カモシレナイ奴ヲ知ッテル。安心シロ、信用デキル相手ダ》
「そっか……」
首輪に指を添える。これがある限り、自身が組織から逃れることのできない所有物であるかのように感じた。
暗い面持ちで髪を弄るリリィの様子を見て、フランキーはわずかにアクセルを弱めた。
《……記憶ヲ失イ》
「?」
《見覚エノナイ不思議ナ世界ニ放リ込マレ。ソノ上、奇妙ナ連中ニ出クワシテ。色々不安ニ思ウトコロモアルダロウ》
顔は正面を向いたまま、淡々と言葉を綴る。
《ダガソウ捨テタモノデモナイサ。目ニ映ルモノ全テヲ忘レテシマッタトイウナラ、モウ一度知ル喜ビヲ得タト思エバイイ。人生ハ考エヨウダ》
「フランキー……!」
《オ前ハ何一ツ奪ワレルコトハナイ。私タチガ守ル》
「あ……ありがとう」
リリィは気恥ずかしさに身を縮めた。見た目通りの鉄仮面と思いきや、慈愛に溢れた人間味に触れて心が温まったとき。
《着イタゾ、ココダ》
停車した場所は、廃線となった地下鉄の駅を改造したアジトだった。荒廃していて気づかなかったが、今まで通ってきた道はもともと地下鉄の路線だったようだ。
《ココハ“ゲンスミス”トイウ男ノ住居ダ。探シテミルカ》
「はい!」
アジト内を捜索すると、お手製のバーカウンターに横っ面を乗せ、いびきをかいている老年の男がいた。近づくと、酒臭いニオイを放っている。
《奴ガゲンスミスダ。今起コシ……》
「バッキャローッ! もっと行けって! ソラソラソラ!」
突然、罵声を上げるゲンスミス。
「起きた!?」
《イヤ、寝言ダロウ。趣味ノ競馬ノ夢ヲ見テイルンダロウ》
「イイぞその調子だ、イケイケイケイケ……はぁ? 何で抜かれんだよマヌケッ!」
「ど、どうします?」
《ドウセ勝ッテモ夢ノ中ジャ意味ガナインダ。今ノ内ニ起コシテヤレ》
「えぇ!? なんでわたしが?」
《大丈夫、怖イ奴ジャナイ。後ロデ見テイテヤル》
「……分かりました、やってみます」
静かに歩み寄り、恐る恐る話しかける。
「あ、あのぅ……ゲンスミス、さん?」
「このポンコツが……あんなクソサイト信用するんじゃなかった」
「あの、お忙しいところすみません。ちょっと起きてもらえますか?」
「マジで今月どうすりゃいいんだ……この酒代だっておめぇ」
「えっと……聞いてます? あの」
「うるっせぇなぁ、ナンパはお断りだバッキャローッ!」
「きゃあっ!?」
突然跳ね起きるゲンスミス。リリィは頭を抱えながらフランキーの後ろへ隠れた。
「うあっ? なんだぁ、ここはぁ?」
《ゲンスミス。私ダガ》
「っぅおいっ!? びっくりした〜っ!?」
驚きざま、椅子から豪快に転げ落ちる。腰を打って悶える彼に、フランキーが手を差し伸べる様子はない。
《早速ダガ頼ミガアル》
「お前……俺のこの状況見て、何とも思わねぇのかよ。イテテ」
《自業自得ダロ。サッサト起キロ》
「か〜! お前らの頼みとかろくなもんじゃねぇだろ? 帰れ帰れ!」
《……分カッタ》
思いの外すぐに引き下がるフランキーに、ゲンスミスは鼻を鳴らした。
「何だ? やけに素直じゃねぇか。普段からそれなら可愛げが」
《フン!》
フランキーはバーの裏に回ると、陳列された酒ビンを次々と床へ叩きつけ始めた。
「やめろ〜っ!? 俺の命の水が〜!? 分かった、頼み聞かせてくださいお願いします! お願いします!」
床に頭を擦り付けるゲンスミス。
親ほどになろう年齢を重ねた男が土下座する姿に、リリィはどんな顔をすればいいか分からなかった。
「ダーハッハッハッ! 誘拐犯から誘拐してきたって? んで、アビーが捕まっただぁ? そりゃご苦労だなぁ!」
老年の男、ゲンスミスが豪快に笑い飛ばす。酒気を帯びた口臭に、リリィは後ずさった。
《笑イ事ジャナイ。アジトニ帰レナクナッタンダ。シバラクハココデ世話ニナル」
「そりゃ構わねぇよ。で、こっちの嬢ちゃんは首輪を解除してほしい、と。ちょい見せてみな?」
リリィの首輪をあらゆる角度からマジマジと見つめる。
「外せますか……?」
「バッキャロー、オメー俺を誰だと思ってんだ? 俺が見たことのねぇ機械なんざこの世に……なんだこれ?」
「ひぇえぇ……!」
急激に不安が膨れ上がるリリィ。フランキーに視線を送るが、おもむろに頷くだけだった。
「へへ、冗談だよ、見たことぐれぇあらぁ。ただ、俺の知ってるやつより改良が加えられてるな。こいつぁ下手にいじると起爆する仕組みになってるらしい。外すことはできないわけじゃねぇが、リスクがデカすぎるんだ。悪ぃな嬢ちゃん」
「いえ、大丈夫です。見てくれてありがとうございます、ゲンスミスさん」
「いや、ゲンでいいぞ。スミスなんざ紳士臭くて気に入らなくてな」
《アト、アビーカラノコトヅテダ。刀ノ調子ガ悪イラシイ》
「“灯籠”のメンテナンスってことかぁ? どれ、よこせ」
受け取った刀を作業台に置き、手早くメンテナンスを始める。
ふと隣で、リリィが興味深く眺めていることに気づく。
「何だぁ嬢ちゃん、気になるか? こいつは“灯籠”っつってな、サムライソードをベースに改造した、この世でたった一本だけの代物なのさ」
「ゲンさんが作ったんですか? すごい!」
《刀ダケジャナイ。私ノ仮面ヤスーツヲ作ッタノモ彼ダ。人間トシテハ残念ダガ、腕ハ確カダゾ》
「もうちょい素直に褒めることぐれぇできねぇのか、お前はよ」
ゲンスミスは灯籠の機構を説明する。
「いいか? この球体型の鍔は小型のガスボンベでな、柄のダイヤルを回すことで圧力をかけられるようになってんだ。んで、柄のトリガーを引くと……」
刀身の根元を指さす。
「このハバキっつうとこの隙間からガスが噴出する。一瞬で鞘に充満し、行き場を失ったガスに押し出される形で高速の抜刀ができるわけだ。その威力たるや、鉄を紙切れみてぇに切り裂いちまう。まぁ、噴出時のタイミングやコントロールを見誤ると刀だけ吹っ飛んじまったり肩が外れちまうから、アビーくれぇしか扱えねぇんだがな」
「わたし、目の前で居合をするアビーを見たんですけどすごく早かったのを覚えています。アビーがそんなに凄い人だったなんて……!」
「で、そのアビーは今頃留置所か。当然、警備は厳重だろうな」
「忍び込むのは難しそうですね……何とかして助けたいけど」
《ソレニツイテハ、モウ考エテアル。ゲン、“アレ”ハ準備シテアルカ?》
「当然よ。作戦決行は?」
《今夜ダ》
「ハハッ、話が早くていいねぇ」
話についていけないリリィが困惑する。
「ど、どういうこと?」
《ココマデ全テ想定通リトイウコトダ。アビーハワザト捕マッタノサ。私タチヲ確実ニ逃スタメニナ》
「そんな……!」
《アイツヲ信ジロト言ッタロウ? 今、私タチガデキルコトハ待ツコトダ。イイナ?》
リリィは力強く頷く。フランキーの指示通り、夜が更けるまで待つことにした。
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