第3話 ゴーツには裏がある
ここはガーディアン第十二支部、取調室。
連行された身にもかかわらず、アビーはふんぞり返っていた。
「だから、オレは何も知らねぇんだって。つか、そろそろ横になりてぇんだけど? ダメ?」
「ダメに決まってるでしょ、バカなの?」
対峙するガガリサは苛立ちを隠しきれず、机を爪で叩く。
「そんな冷たくすんなよ〜、オレたちの仲だろ? 楽しくやろうや」
「ところで、やけに大人しく捕まってくれたわね、アビー。いったい何を企んでいるのかしら?」
「別に何も。オメーこそオレみたいなチンピラより、そろそろエリオットの尻尾を掴んだらどうだ?」
彼女の眉根が引き上がったのを見て、アビーはしたり顔をする。
「エリオット・ルマルシャン……美容整形の分野で名を上げた医者の出で個人の会社を設立し、専属の優秀な技師団を擁しているやり手だ。滅多に表舞台に姿を見せず、慈善事業や企業団体に多額の金を寄付する高潔な人物と名高い男だが……」
エリオットという男について語り始めるアビー。その情報の詳細さは、彼に対する浅からぬ執着や因縁を感じさせた。
「その裏じゃ、違法薬物や武器の流通、不正取引に手を染めているという悪評も少なくない。中でもガリガチュアの暗部--人身売買組織の大元なんじゃねぇかって噂されてるが、実態は掴めずと……その様子じゃ、進展はねぇみてぇだな」
「なるほど。ただの享楽主義の考えなしと思ってたけど、そうでもないみたいね……今の話に少し補足するとね。うちの統括衛士長ゴーツ・ガシャルダンとの癒着が囁かれているのよ。というか事実だと私は踏んでるわ」
「ちょっとお姉ちゃん!?」
傍らにいたギギルナが、口に指を押し当てるジェスチャーをとる。
「おっといけない。今のは失言だったかしら? ま、記録されなきゃ平気でしょ」
ガガリサが部屋の隅を睨みつける。言い知れぬ恐怖を感じた記録係の手が止まる。
「証拠こそないけど私の勘と経験がそう言ってるのよ。ゴーツとエリオットは間違いなく……」
そこへ、一人の衛士が慌てた様子で入室してきた。
「ガガリサ衛士長! あの……!」
「何?」
「ゴーツ統括衛士長が参りまして、その」
「失礼するゾ」
衛士を押し退け現れたのは、全身を重装甲で覆った巨漢だった。狭い一室に、突然戦車が飛び込んできたかのような威圧感に、その場にいたほぼ全員が息を呑む。
「ほぅ……噂をすりゃあ何とやら。本部のお偉いさんが、こんなとこまで何の用だ?」
「口を慎みなさい、アビー! ……申し訳ありません、ゴーツ統括衛士長。現在、この者の取り調べを」
「結構。これより吾輩が執り行ウ。退室してクレ」
「……はい?」
ガガリサが眉根を寄せる。
「失礼ですが、この者は先のハイウェイの事件に関する重要な……」
「知ってオル。だから代わろうと申し出ているのダ。これは本部からの正式な通達でアル」
騒動が起きたハイウェイはゴーツの管轄外であり、本来出張ることなど有り得ない。事件発生からそれほど時間が経っていないにも関わらず、中央本部からここまで急行してきたということだ。この異様な事態に、ガガリサが対応に迷っていると。
「おー、オートマンってのはマジっぽいな? 詰まってる感じがすらぁ」
アビーがゴーツの鎧を拳で小突いていた。
「貴方、いったい何を!?」
「そういや、ハイウェイでぶった斬った奴らもオートマンだったな」
「!?」
アビーは見逃さなかった。ゴーツの兜の隙間から覗く、赤い眼光が明滅する瞬間を。
「脳みそ以外の生身を一切残さず機械に置換する……不老不死を象徴するオートマン化は、このご時世でも簡単じゃねぇ。莫大な費用に高度な技術、時間も手間もかかるわけだ」
「何の話をしてイル?」
「そうそう、聞いた話によるとゴーツさんよぅ。オメーの部下どもも、もれなくオートマンらしいじゃねぇか? いいもんだよなぁ、メモリーのバックアップさえありゃ、体がぶっ壊れようがお構いなしだ」
「……」
「もっとも、政府機関の許可なしでのバックアップは違法。だがオメーほどの権力と人脈ならどうだろうなぁ。そうそう、ガガリサぁ。ハイウェイの連中のIDは調べたか? 無駄だろうな、とっくに手を回して……!」
アビーの体が弾け飛んだ。ゴーツの豪腕が首を押さえ込み、壁に叩きつけたのだ。
「ガァ……ッ!?」
「随分と回る舌ではないカ。羨ましいものダ」
「ゴーツ統括衛士長! いけません、被疑者への暴力は……!」
「ガガリサ衛士長。此奴の話に耳を傾けるべきではないゾ。いいカネ?」
「……了解、致しました」
「ではもう一度言おウ。これより取り調べは吾輩が行ウ。速やかに退出し給エ」
「はっ!」
ガガリサは深く一礼すると部屋を後にした。廊下を足早に進む彼女に、口を尖らせたギギルナが問いかける。
「本当に良かったの〜、お姉ちゃ……キャッ!」
署内を揺るがす地鳴りのような衝撃。
「あのガラクタ風情が……っ!」
原因はガガリサの苛立ちによる暴挙だった。帯電した拳が壁を突き破っている。凶悪犯を制圧するために、彼女もまた身体改造を施していたのだ。
「人身売買が絡んでそうな事件になるとこれよっ! 仕事横取りしやがってエッラそうに、クソボケがぁっ!」
その表情は憤怒に歪んでいた。横切る同僚たちの不穏な視線もお構いなしに、鼻息を荒げる。
「間違いないわ、ハイウェイの一件は確実にゴーツが絡んでる! 人身売買に関わってるってことよ! ガーディアンの恥晒しめっ!」
「お、お姉ちゃん、ちょっと落ち着いた方が!?」
冷静さを描いた姉の様子に、普段は窘められる側のギギルナも困惑する。
「オーケー、大丈夫。今から落ち着くわ、任せて……フー。これで良し」
「いい加減、癇癪持ちを直してほしいんだけどなぁ……」
「何か言った?」
「ううん、何でも。それより、これからどうするの? アビーの言う通り、ハイウェイのトラックや誘拐犯の残骸はみ〜んなゴーツの部下に回収されてるし……」
「その件は後回しよ。まずは過去に起きた人身売買に関する資料を調べ直すわよ。今に見てなさい、奴の錆びついた尻を磨いてやるんだから!」
「は〜い」
二人は資料室へと急いだ。
記録係すら追い出し、部屋の周囲に誰もいないことを確認したゴーツはダニーに向き直る。
「邪魔者は去ったナ。ではアビーよ、手短に済ませようじゃないカ。素直に少女の居場所を答えれば貴様の処遇は取り計らってやろウ」
「だから知らねぇよ、そんなこと。何だ、あのガキが見つからねぇとまずいことがあるのか?」
「……吾輩はガリガチュアの治安を守る者として、少女の安否を気遣っているノダ」
「ウソこけ。あのガキにつけられた首輪。ありゃ、発信器が内臓されてんだろ? 普通ならすぐに居場所を割り出せるはずだ。そこへテメェの部下を送り込んで、保護という名目で連れ出せる。今までもそうしてきたんだろうな」
その指摘にゴーツは反論しなかった。
「ところが今回は勝手が違う。信号を感知できねぇんだろ? 地下に逃げたのは分かっても、ガリガチュアの地底にゃ今は使われていない坑道やら空洞がごまんとある。しらみ潰しに探しても手間がかかるわな? それでオレに直接聞きにきたわけだ」
「そこまで分かっていて、なお教える気はないと言うことダナ?」
「どうしよっかな〜、迷っちゃうな〜」
腕を組み、首を傾げるダニー。痺れを切らしたゴーツが、机を殴りつける。
「もうヨイ! 取り調べは終わりダ! せいぜい独房で悩み続けることダナ!」
ゴーツは立ち去っていった。残されたアビーはほくそ笑む。
「独房ねぇ……ありがてぇこった」
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