第6話 二人には秘密がある
「相変わらず汚ねぇところだよなぁ、全く」
「あ〜、疲れた!」
《追手モ来ナイミタイダナ》
「腰いてぇ……」
一時間かけ、ようやくアジトへ到着した一行。
狭い車内から解放され、ひと心地つこうと思い思いの行動へ移っていく。
「それにしてもゲンさんってすごいよね。武器やら戦車やらアジトやら、なんでも作れちゃうんだもん。何者なんだろう?」
リリィが大きく背伸びをしながら、何気なく発した疑問。僅かながら三人に緊張が走ったことを、彼女は知る由もない。
「へへ、嬢ちゃん。そんなに気になるなら、俺の正体を教えてやろうか?」
「え?」
「ずばり……天才よ」
「あー、うん。あはは」
リリィは愛想笑いで流した。それを見たアビーが呟く。
「あいつも少しはマシになったな」
《ソノ“マシ”トハ、ドウイウ意味ダ?》
「聞くな」
アビーはそっぽを向いた。
《サテ。アビーモ回収シタシ、アトハリリィノ首輪ヲドウスルカダガ……》
「回収て」
「ゲンさんでも外せないみたいだし……ねぇ?」
「……」
ゲンスミスがいつになく真面目な思案顔を浮かべていた。
「ゲンさん?」
「うん? ああ、申し訳ねぇ、へっへ。まぁ、何とかなるだろ」
「そうだな……また明日考えりゃあいいだろ。今はとにかく寝ようや」
《寝ルニシテモ、横ニナレソウナノハベッドトソファグライダガ?》
「仕方ねぇだろ。普段は俺一人だけで過ごしてんだから。来客用なんて用意してねぇっつうの」
《ソレナラ……》
フランキーの提案で、ゲンスミスはベッド。リリィはソファ。残る二人は地べたに毛布を敷き、その上で寝ることとなった。
《本来ナラ、リリィニベッドヲ譲レト言イタイトコロダガ》
「何だよ?」
「おっさんがもともと使ってたベッドなんざ使いたくねぇよな」
「おっさんで悪かったな、あぁ!?」
ゲンスミスは不機嫌そうにベッドへと飛び込んだ。
「二人は本当に地べたでいいの? 痛くない?」
《私タチニ遠慮スルコトハナイ》
「そうそう。ガキはとっとと寝てな」
「……ねぇ、アビー。前は聞きそびれちゃったけど……もう一度いい?」
「んー?」
「二人は、どうしてわたしを助けてくれたの? 何でそこまでわたしに優しくしてくれるの?」
リリィは真っ直ぐな瞳を向けて問いかけた。二人は顔を見合わせる。
「そうだな……そろそろ教えてやってもいいか」
「本当?」
「ただし面倒くせぇから、世界名作昔話風に話すわ」
「何で?」
リリィの疑問には答えず、アビーは勝手に語り始めた。
「--十年前、あるところに一人の若者がいました。そいつは容姿端麗なナルシストでした。そんなヤツにも一人だけ友人がいました」
この時点で登場人物が二人。リリィはそれぞれに、自分が思う相手を当てはめた。
「その友人は全身を蝕む重い病にかかっていました。手術にも莫大なお金がかかります。悩みに悩み抜いたそいつは友人のためならと、自分の皮膚を頭から爪先まで余すことなく売り飛ばすことに決めました」
「え……っ?」
急展開する物語に、リリィは耳を疑った。
「そいつは“無欲な肌”の持ち主でした。自らの美貌を捨ててまで友人を助けようとしたのです。皮膚の剥離手術は成功しました。しかし、その手術を担当した技師団に問題があったのです」
アビーの穏やかな語りは変わらなかったが、その表情に陰りが生まれた。
「何と技師団は、患者の臓器や皮膚を闇市場に売り飛ばす犯罪組織だったのです。もちろん一銭も与えられません。それどころか、用無しとして処分すると宣告を受け、文字通り身ぐるみを剥がされたそいつと友人は絶望に打ちひしがれました」
語気に感情が込められ始める。押し込められた怒りの気配だった。
「そんな二人に、技師団の一人が手を差し伸べたのです」
「!」
「その男は良心の呵責に耐えきれず、組織を裏切ったのです。生命維持装置の機能も備えた、皮膚代わりのラバースーツを。そして病を克服する強靭な肉体を、それぞれ二人に与えてくれました。資金や設備を無断で使われた組織は怒り狂い、男を追放しました。それ以降も男は二人に協力をしてくれるようになります。心強い後ろ盾を得た二人は、裏で出回っているであろう皮膚を取り返し、組織に復讐する機会を窺っているのです……めでたしめでたし。さぁ、寝ろ。すぐ寝ろ」
「いや、全然めでたしじゃないよ! そ、その三人ってもしかして」
「ファ〜ア、眠ぃ眠ぃ。んじゃおやすみ」
アビーは床に寝そべると背中を向け、それきり何も言わなかった。リリィが気を揉んでいると、フランキーが代わりに話し始める。
《アビーノ話シタ通リ、私タチハ復讐ノタメ何年モ奔走シテイル。肌ノ一部ハ取リ返スコトガデキタガ、少々手荒ナ手段バカリ使ッテシマッテナ。ガーディアンニモ目ヲツケラレルヨウニナッタ。ギガント姉妹ト顔馴染ミナノハソノタメダ」
「……うん」
「ソンナ折、組織ガ新タナ“無欲な肌”ノ持チ主ヲ見ツケタトイウ情報ガ入ッタ。奴ラノ強欲ハ留マルコトヲ知ラナイ……二度ト自分タチノヨウナ犠牲者ヲ出シタクナイト思イ、ハイウェイノ一件ニ繋ガルワケダ》
「そうだったんだ……」
フランキーの補足で、ようやく全容が把握できた。
自身が想像する配役が正しければ、もともと“無欲な肌”の持ち主だったフランキーは、それを放棄してまで友人アビーを救おうとしたのだ。
自分はそんなことができるだろうか、と考える。そもそも記憶がないのだから、過去を顧みることもできない。何も持たず、何も備えず。何も生まず。何も背負っているものがない。“無欲な肌”とはよくいったものだ、と自嘲する。
リリィは背を向けて眠るゲンスミスに目をやった。組織を裏切ったという技師は、間違いなく彼のことだろう。優れた科学技術の腕も納得がいく。
「ゲンさん……いい人だね」
《見カケハ汚ラシイ男ダガ、良クヤッテクレテイル。感謝シテモシキレナイ。少シ癪ダガナ》
「……」
ゲンスミスは起きていた。もっと素直に褒めることはできないのかと思ったが、ここで突っかかるのもヤボだと目を閉じた。
《コイツモ眠ッタヨウダナ》
アビーの寝顔を見つめるフランキー。その頬に手を伸ばし、優しく撫でる。仮面で表情は窺えないが、そこには慈しみが感じられた。
《綺麗ナ面ダロ? ソノクセ、中身ガ下品ナモノダカラ始末ガ悪イ》
「うっせぇ、タコ」
《起キテタカ……》
「はよ寝ろ、タコ」
リリィは軽口を叩き合う二人の様子を見て、どこか羨ましく思えた。
記憶を失う前の自分にも、二人のような関係の友がいたのだろうか。両親は? ひょっとしたら恋人も?もしいるのなら、今頃どうしているのだろうか。いなくなった自分を想ってくれているのだろうか。
そんなことを考えるうち、リリィの意識がうつらうつらと薄れ始めた。眠りに落ちる間際、ふと願った。
記憶を失う以前の人間関係。それも気になるが、今は--今は“彼ら”ともう少しだけ過ごしていたい、と。
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