第8話 彼らにこそ裏がある
三日後。
ガリガチュア中心部、エリオット自社ビル地下十五階。
この日、招待客限定の闇オークションが開かれていた。佳境を迎えつつある会場に、ゴーツを引き連れたエリオットが現れた。
「皆様お待たせ致しました。本日のオークション、ラストを飾りますは十年ぶりの取り扱いとなります、“無欲な肌”! 偽りなきその美貌! どうぞ気の済むまでご覧ください!」
スポットライトに照らされて登場したのは、絢爛豪華な純白のドレスで着飾られたリリィだった。首輪は外されているものの、生気を失った虚ろな目で佇んでいる。
「さらに今回は趣向を凝らし、入札の前に彼女との慎ましい舞踏会を開催したいと思います! 間近でその見目麗しき肌を堪能して頂きたいのです!」
エリオットに促され、リリィは会場の中心へ歩み出た。恰幅の良い男性客が一番手を名乗り出る。優雅な音楽に乗せて、ダンスが始まった。
その様子を眺めていたエリオットは、感無量の笑みを綻ばせる。
「彼女、この三日間一切の食事を摂っていなかったんだ。美容薬だけは無理やり投与させたから、肌艶は保たれているはずだけどね。健康チェックも問題はなかったし、無事オークションに出せてホッとしているよ」
「良いのですカ? 目玉商品をあんなにベタベタと触らせテ。万が一のことがあれバ」
「あはっはッハははハハッ、構わないよ。多くの人の手に触れてもらい、彼女の美しさを感じてもらいたいのさ。それに商品にかすり傷でもつけたらどうなるか、うちの顧客は十二分に理解している」
エリオットは得意げに顎をさする。
「何より、これは彼女のためでもあるのさ。オークションが終われば、彼女の肉体は彼女自身から解放され、多くの人の元で愛でられることとなる。ならばそれまでの間、自由気ままに体を動かしてもらおうという、僕なりの優しさだよ」
「……それは結構ですナ」
続いて二人目とのチークダンスを終えたリリィ。そこへさらに一人の男性が接近してきた。
「お嬢さん。私とも踊っていただけますか?」
「……ハイ」
二人は向かい合い、互いの手を繋いだ。リリィは男性の肩に、男性はリリィの腰をそれぞれ腕を回した。弦楽器の緩やかな音楽に合わせ、ステップを踏む。
リリィは一刻も早く終わってほしいと願いつつ、目鼻先の男性に意識を向ける。一切の肌の露出を抑えたスーツに、フルフェイスの仮面。顔をこちらに向けていることはわかるが、視線や表情までは窺えない。
これまでの相手からは、舐るように体を見回す下卑た視線に、高価な品を値踏みするかのような慎重さと、決して傷つけてはいけないという恐れが感じられた。
しかし、今回の男性は違った。腰に置かれた掌の感触、足運び。密着した体の温かみ。まるで自身を一人の人間として尊重し、ダンスパートナーとしてエスコートしてくれている気がした。
「……怖がらなくていい」
リリィはハッと顔を上げた。
「言っただろ? お前は何一つ奪われることはない。私たちが守る、と」
「え?」
「動くな!」
一人の兵士がズカズカと二人の間に割り込む。
「何を話している? 不要な会話は慎んでもらおう!」
リリィは強引に引き離された。続いて二人の兵士が男性の腕を左右から押さえる。
「貴様、怪しいな……エリオット様!」
兵士たちは男性をエリオットの前に突き出した。
「ふむ……うちの大事な商品を拐かすような真似は勘弁願いたいねぇ。その面、拝ませてもらうよ」
エリオットが男性の仮面を手をかけ、引き上げた。
「お、お前は……っ、ひぎゃああああっ!?」
狼狽るエリオット。その直後、腹部に強力な電撃が走る。それは男性を拘束していたはずの兵士二人の拳打によるものだった。衝撃は凄まじく、エリオットは背後にいたゴーツの元まで弾き飛ばされた。
「貴様らぁ、何のつもりダッ!」
「何のつもり? それはこちらのセリフよ、ゴーツ統括衛士長。いいえ、ガラクタァアッ!」
「お姉ちゃん、口が悪いってば……」
兵士の衣装を脱ぎ捨てたのは、ギガント姉妹だった。
「とうとう突き止めたわよ。エリオット・ルマルシャン。ゴーツ・ガシャルダン。貴方たちが共謀して、闇オークションを取り仕切っている、その瞬間を! もう言い逃れできないわよっ!」
「この会場にいる連中もみ〜んなまとめて逮捕してあげる〜。手荒な真似したくないから動かないでね、ウフ」
「貴様ら、いったいどうやってここに忍び込ミ……!?」
ゴーツは何かに気づき、辺りを見渡す。リリィと、彼女を連れた兵士の姿がどこにもないのだ。
「まさカ……っ!」
関係者専用連絡口の扉を押し破るゴーツ。長廊下のはるか先をひた走る二人の姿があった。
「く……っ!?」
エリオットを一瞥する。彼は意識を失って床に伏していた。
「致し方ナイ……エリオットに代わり、吾輩が指揮を執ル。兵士たちよ、あの侵入者どもを始末シロッ!」
そう言い残すと、ゴーツはリリィたちの後を追った。
「ちょっと、逃げるんじゃ……っ!?」
「ゲホッ、ゲホ……ッ!」
ゴーツを追おうとするガガリサの横で、男性が膝から崩れ落ちた。
「フランキー、大丈夫!?」
仮面の男性の正体は、フランキーだった。生命維持装置であるラバースーツを脱ぎ、顧客の一人に変装していたのだ。
「さすがに限界か……っ!」
「ここまでよく頑張ってくれたわね、礼を言うわ。貴方たちが手筈を整えてくれたおかげで、ここまで楽に潜入できたんだから」
三日前。姉妹は独房の大穴へと潜り込んだ。しかし、しばらく進んだ途中で迷子になり、さらに地鳴りが起きたことで動揺。無我夢中で辿り着いた先が、ゲンスミスのアジトだった。
そこで五体満足のフランキーたちと遭遇し、倒された兵士と、密かに録画していた会合の映像を見せられたのだった。ゴーツが犯罪に加担している証拠を掴みたい姉妹にとって、それは願ってもない証拠だった。
部外者を捜査に加えることは原則許可できないが、施設の元関係者であるゲンスミスの手は借りたい。さらに捜査を聞きつけたゴーツが不当な手段をもって邪魔をしかねないという懸念もあり、非公式での潜入捜査という形を取ったのだ。
「ここの制圧は私たちに任せない。貴方はどこかに隠れてて」
「ご苦労様〜」
「すまない……」
フランキーはおぼつかない足取りで来客用の通路へと向かう。
兵士が後を追わないよう、姉妹が通路の入り口に立ち塞がる。
「さぁて、と。ギギルナ、遅れをとるんじゃないわよ?」
「お姉ちゃんこそ、腕は鈍ってないでしょうね? ウフ」
「まさか!」
互いの拳を打ち付ける。その狭間に眩い雷光が迸った瞬間。双子は疾風迅雷の迎撃を開始した。
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