最終話 リリィには何もない?

 ギガント姉妹指揮の下、ガーディアンによるエリオット社ビルの家宅捜索が行われた。これにより、エリオットの悪事が白日の下へ晒されることとなった。今回のオークション参加者はもちろん、顧客リストに記載された各界の著名人も近いうちに検挙されることだろう。

 エリオットは、社用車内で発見された。各関節に銃撃の跡、全身複雑骨折に一部皮膚の損傷、生殖機能喪失などの重傷を負っているものの、幸い命を取り止めたらしい。もっとも、身体機能は完全に回復する見込みはなく、今後の彼を待ち受ける苦難は想像を絶することだろう。

 ゴーツの残骸はガーディアンの手によって残さず回収された。本部の裏サーバーに保管されたバックアップのロックを解除・解析したところ、彼がガーディアンの正義や理念を放棄し、数々の犯罪に関与していたことが明らかになった。

 この一件により、ガーディアンは本部並び組織根幹の立て直しを迫られることとなった。その捜査の指揮を執るのは今回の功績により昇格、本部へと栄転となったガガリサ統括衛士長とギギルナ衛士長である。

 そして--。




 一週間後。

 岩盤を撤去し、修復した地下のアジト。修復されたアビーはソファに寝そべり、手鏡に映る自身の顔を眺めていた。

「あーあ、かさぶたができてらぁ」

 額にできた弾痕を指で弄る。ジョッキを手にしたフランキーが隣に腰かけた。

《ドウシタ? マダ、気ニ病ンデイルノカ?》

「おいおい、この面はオメーのもんだぞ? ちょっとは凹めよ」

 そう言って、両頬を伸ばした変顔を見せつけるアビー。

《イイサ……キズモノデモ美シイコトニハ変ワリナイ》

「へーへー」

 リリィは頬杖をつきながら、二人のやりとりを眺めていた。

「まさかフランキーが普通の人間の女性で……その顔をオートマンのアビーに移植してるだなんて。ややこしい話だよね」

「そうか? オメーがバカなだけだろ?」

「いや、見た目で完全に騙されるって! てっきりフランキーが男で、アビーが女の人かと……あれ? ちょっと待って。アビーは体を改造する前は“”だったの?」

「そりゃあ、オメー……なぁ?」

《マァナ》

「いや、どっちなの? あ〜もう、はっきりしてよ〜!」

 混乱して地団駄を踏むリリィ。以前から彼女の言動について思うところがあったアビーが、イタズラっぽく笑う。

「前から思ってたんだけどよぅ、オメーまさかフランキーに」

「あ〜、それ以上はダメ! 怒るよ!?」

 見かけはどうあれ仲睦まじい二人を横目に、フランキーはジョッキに残る琥珀色の液体を流し込んだ。中身はオイルではなく、“ハチミツのカクテル”である。

「そもそも何で顔をアビーにつけてるの? 今回みたいにケガしちゃうくらいなら、大事に保管でもしておけばいいじゃん!」

「オレも最初はそう言ったんだけどな、あいつなんて言ったと思う? 『綺麗なものはいつでもそばで見ていたいだろ?』だってよ。ナルシストの極みだぜ」

「あ〜。地下でアビーの寝顔見て綺麗だって言ってたのはそういう意味?」

「だからこそ、このデコの傷は……!」

《モウイイト言ッテルダロウ?》

 フランキーが歩み寄り、アビーの額を撫でた。

《守リタイモノガ近クニアッタ方ガ、人ハ強クナレルモノダ》

「……うわぁ」

「ふわぁ……!」

 キザな台詞を受けて、顔を引きつらせるアビー。対照的にリリィはどこかくすぐったい気持ちに駆られた。

 そもそもの発端は、フランキーが病に侵されたアビーを救いたいという献身から生まれたものだった。互いの間にある絆。それが友情か愛情か、もしくは別のものか。少なくともリリィが推し量ることはできない。それでも二人の傍らでいい。あの関係に少しでも寄り添い、眺めていたい。そんな不思議な感情が芽生えていた。

「おい、てめーら。俺が必死こいて働いてやってんのに、呑気にくっちゃべってんじゃねぇぞ」

 ゲンスミスが愚痴をこぼしながら、大量の資料を抱えてやってきた。

「おー、ゲン。調べはついたのか?」

「ああ。組織から頂いた情報から、大体の目星はついた。まずは嬢ちゃん。お前のことだ」

「!」

「お前はガリガチュアから西へ一千キロ先にある、小さな農村の生まれだってよ。エリオットのやろう、どこまで蜘蛛の巣を張り巡らせてやがったんだか」

 突然降ってきた自身の出自に関する情報。強張るリリィを見て、フランキーが背中をさする。

《ドウスル、リリィ? オ前ガ望ムナラ、私タチガ送ルガ》

「……確かに。確かにね。故郷に行けば、家族や友達に会えば記憶が戻るかもしれない。わたしの人生がもう一度動き出すかもしれない。でも」

 リリィは迷いを断ち切るように、頭を横に振った。強い決意を込めた瞳で、三人に向き直る。

「わたし、まだみんなにお礼できてない。命を、人生を救われた恩返しがどれだけのものか想像もつかないし、何もないわたしだけど、それでも一生懸命頑張るから! だから」

 深呼吸して、腹の底から叫んだ。

「もう少し、みんなと一緒にいたい! ダメかな!?」

 もはや悪癖は鳴りを潜めていた。リリィの心からの訴えに、三人は顔を見合わせる。

「……別にここにいたけりゃいんじゃね?」

《ソウダナ》

「だとよ。嬢ちゃん良かったな。で、話は変わるが」

「変わるの!? え、それだけ!?」

 肩透かしを喰らう彼女をよそに、三人は話を進める。

「フランキー、喜べ。顧客情報を調べてみりゃ、お前の“”は、少なくともガリガチュアのどこかにあるのは確かだ」

《ソウカ……ソレデモ全テヲ回収スルニハ、マダマダ時間ガカカルダロウナ》

「いいじゃねぇか。人生は長いんだ。気長にやってこうぜ。あと回収できてないのは……おっぱいと、何だっけか?」

 言うな否や小突かれるアビー。

「何すんだよ!」

《……サスガニ恥ズカシイカラ止メロ》 

 俯いて、いじけたように呟く。ここまでクールに振る舞ってきた彼女だが、ここにきて初めて女性らしい仕草が垣間見えた。もし表情が覗けたならば、さぞ赤面していることだろう。

「アビー、本当にデリカシーないよ?」

 フランキーを庇うように抱きしめ、注意するリリィ。アビーは彼女を見つめ、下卑た笑みを浮かべた。

「そうだ、リリィ。おっぱい見つかったら、お前が移植すりゃいいんじゃねぇか?」

 一瞬、水を打ったような静寂が地下に訪れた。下衆な発言に対する反応は様々だった。

「アビー、サイッテ〜ッ!」

「さすがにひでぇわ、今のは。逃げよ」

《謝レ、アビー。ソレトモ、ソノ面ニモウ一ツ風穴ヲ空ケルカ?》

「おまっ、ちょ……っ、冗談だって!? 本気にすんな! ってかお前の面だから! おいっ、待てって、フランキ……“”! オレが悪かった〜っ!」

《……〜〜ッッ! ソノ名デ呼ベバ、許スト思ウナッ!》

「えっ、なになに、フランキスカって? 本名? どういうこと、教えて!?」

 そこから、逃げるアビー、追うフランキー、ついて回るリリィという奇妙な構図が生まれた。

「まるであいつらのファンだな。まぁた当分騒がしくなりそうだ」

 ゲンスミスはウォッカを煽った。幾度も口にした老酒だが、三人の様子を眺めながら味わうそれは格別だった。 

 ふと、リリィの発した言葉を思い返す。

『何もないわたしだけど……』

「何言ってんだか。今の嬢ちゃんに何もないわけねぇだろ?」

 時代が移り変われば流行や嗜好、人という形態すら姿が変わる。それでも人間の心の深奥だけは、今も昔もそこまで変わらないのではないか。

 そんな思いを馳せながら、鼻腔に残った酒の風味を堪能する。

「長生きはしてみるもんだ……」

『許容量オーバー。胃袋を交換してください』

 ふと、どこからか警告音声が鳴った。

「何だぁ、まだそんなに呑んでねぇだろ? 調整し直さなきゃな。ったく、ポンコツがよぅ」

 ゲンスミスは自嘲しながら、上着を巻くる。そしてに手をかけた。

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リリィには何もない? ドラキ @dora3310

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