第10話 「私のことじゃなく?」

 私は最近ずっと考えていたことがある。


 口には出さなかったけど、それは吸血鬼関連、さらに言うと羽月関連のことだ。


 私達がフィクションで見る吸血鬼は大体変な効果付きで吸血をしてくる。

 よくよく考えてみると、何かを流し込むわけじゃなく、血を吸うだけで吸血鬼になったり眷属になったりするのはどういう理屈なんだろう、と現実的に考えると無理がありそうな設定にも思えてくるけど、フィクションの吸血鬼の中ではあるあるだ。


 そういう効果みたいなものが、現実の吸血鬼にはないなんてあり得るのか、というのが最近の私の思考のトレンド。

 暇になったら大体これについて考えてる。


 でも、この議題については吸血鬼の皆さんからは否定されていて、羽月は「ないんじゃない?」と言っていたし、母親は「吸血鬼はでっかい蚊」だと言っていた。


 吸血鬼の吸血というのは既に生きるための行動じゃなくなっていて、儀式的な意味の方が大きくなっているっぽい。

 男女間の婚姻の証、とか。


 でもそうなると尚更怪しくなってくる。


 婚姻の証とか言いつつ、好きになっちゃう効果とかあるんじゃないの、元々好きだと思ってたから気づいてないだけなんじゃないの。ってな感じで。


 ……まあ、そんな効果はないとちゃんとわかっているのに、こんなことを私がずっと考えているのは、誰でもない、私自身がその効果を与えられちゃったかもしれない、からなんだけど。


「吸血鬼の本?」

「そう、なんか、吸血鬼にしか伝わってないみたいな」

「ないんじゃない?」

「あ、そう……」


 放課後。

 ホームルームが終わると、私と羽月は決まって片方の机に集まって話し出す。


 別に何か用があることはほとんどなく、帰る前に話しておこう、くらいの感覚。

 そして今日は、私の方から羽月の机に近づく日だった。


「なに? 調べ物?」

「ちょっと、研究したくてさ」

「え、なんで?」

「世間に発表するため」

「なんで!?」


 冗談に決まっていることにも羽月はいい反応をしてくれる。

 まあ、研究したいというところは別に冗談でもないんだけど。


「いや、知りたいじゃん、吸血鬼のこと」

「へー、私のことじゃなく?」

「は? へ、いや、なんで……」

「そんな嫌そうな反応しないでよ」


 今のはそんなことを聞いてきた羽月のミスだと思う。


 ……でも、会話的には「そんなわけないやろ!」とか「知りたくないわ!」と言ってツッコむのが正解だったりしちゃうのか。

 いや、だけど、そんな風に否定できることじゃなかったから困る。今のは。


「それで、何が知りたいの?」

「……吸血鬼の、必殺技とかかな」

「……本当に?」

「半分くらいは」


 あながち間違っていない表現だった気がするけど、羽月は冗談としか受け取ってくれなかったようで、曖昧に笑うだけだった。


「あー……じゃあ、今日調べに行く?」

「え、調べられるの?」

「そりゃあ調べられるでしょ」


 意味ありげに笑う羽月。


 その顔を見て期待はできないなと思いながらも、私は文句も言わず羽月についていってしまうのだった。



「……だろうと思ったけど」

「調べ物と言えば図書館でしょ!」


 そういえばこんなところにあったな、と思いながら、まだ小さい頃になら来た記憶のある図書館を前から眺める。


 親に連れられてなら来たことがあるけど、一人で来た記憶はない。

 羽月はどうなの、と聞こうと思ったけど、ただの図書館に観光施設でも見るようなキラキラした目を向ける羽月を見る限り、来たことはなさそうだった。


「羽月って結構お嬢様なの」

「ん? よし、入ろ入ろ」

「うん」


 別にフィクションの吸血鬼について調べたいわけじゃないんだけど、と言いたい気持ちはあったけど、羽月といられれば何でもいいのか、素直に入っていく自分が恨めしい。


 久しぶりに入った図書館は空いていて、まばらに人がいるだけだった。これが図書館としては普通なのかもしれない。


「吸血鬼の本を手分けして探そうか」

「いやいいよ、そんなガチ研究したいわけじゃないし」

「なら一緒に探す?」

「……それでいんじゃない」


 少しでも大声を出したら皆が振り返ってしまいそうな静かな図書館に配慮してか、いちいち顔を近づけて話しかけてくる羽月に思わず一歩下がってしまう。


 羽月は何も感じないんだろうか。いや、何も感じないのが普通か。少し近づいたくらいで。

 教室でくっついてはしゃいでる女子がいちいちドキドキしてるとは思えない。


 なのに私は羽月が少し近づいて、私の纏う空気に触れただけで変な意識をしてしまう。

 自分のことだけど、確実におかしい。変人だ。こんなの。


 ……だから多分、これは吸血のせいなんだ。そうじゃないとおかしい。おかしいんだ。


「どういうのを中心に探す?」

「……吸血かな」

「ふーん、そういうのか」


 何に納得したのかわからなかったけど、私の要望を聞いて目を凝らし始めた羽月は一つの本を手に取る。


「『吸血鬼が血を飲む理由』」

「それでいんじゃない」

「……なんか『作品ごとの吸血鬼』とか書いてあるけど大丈夫? フィクションっぽいよ」

「いや、本物の吸血鬼について書かれてる本なんかないだろうし」

「……あっ、そうか」


 ……もしかして気づいてなかった?

 今の今まで。


 普通に本物の吸血鬼についての本が人間の図書館に置いてあると思ってここまで来たんだろうか。


「えっと、そういうのでいいの? 調べるのって」

「良くないけど、羽月が自信満々だったから黙ってついてきた」

「あ、そうなんだ……」


 勘違いをしていたらしい羽月は、珍しく恥ずかしそうな顔をしてる。


「…………」


 その顔を見て一瞬目を逸らした自分を戒めるように、ちゃんと羽月の顔を見る。

 こういうのだ。こういうところからきっと直していくべきなんだ。


「……どうする?」

「どうするって?」

「多分千草の探しもの、ここにはないけど」

「ないね」


 だからと言って私が怒ったりするはずもないのに、羽月は不安そうな顔で私を見る。

 それをわかっていてそんな顔をしているだとしたら、羽月は魔性の女だ。


「……いいよ、普通に図書館で本読も」

「あれ、いいの? 調べ物しにきたのに」

「来た時からないって私は知ってたし……それに」


「まだ帰りたくないし。――いよ。ここ」

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