第2話 「ドキドキしてふ?」

「血吸っていい?」

「しつこいなぁもう」


 私のクラスメートがみーんな吸血鬼だと判明してから三日。

 とりあえず私は生きていた。命があるって素晴らしい。人間最高。


 吸血鬼界のことは何がどうなってるかわからないけど、今のところ私は生かされているらしい。

 冷静に考えれば、私が殺されたらさすがにちょっとした騒ぎにはなるだろうし、人間の見た目をして生きてる吸血鬼達は騒ぎを起こしたくはないのかもしれない。


 吸血鬼側は見なかったことにするんで、そっちも空気読んでくださいみたいな。可愛いな吸血鬼サイド。


 ただ、皆が空気を読んでるっていうのに、全てを台無しにしようとしてる存在が一人。


「血液パック買いなよ。お金貸そうか?」

「そういう問題じゃなくてさー」

「私にその問題はわからない」


 その正体は私のただ一人の友達。羽月。

 今でも友達と言っていいのかはわからないけど。


 私が吸血鬼の存在を知った次の日に「血吸っていい?」と交渉してきたスピードアタッカー。


 どうやら私の血が目当てだったことは判明したんだけど、だからと言って友達じゃなくなるわけじゃないのか、意外なことに羽月とは以前と同じように話してる。


「昨日のテレビ見たー?」とか「前言った動画見たー?」とか「あの映画見たー?」とか。

 その中にたまに「血吸っていー?」が入る感じ。それだけ。


 私はまだそっちの世界に触れていいのか迷ってるというのに、羽月はどんどん攻めてくるから困る。


 いや、ここまで吸血鬼丸出しで話してきて、私から聞くのはアウトなんてことがあってたまるかって話だけど。


「今更聞きたいことができたんだけど」

「なにー?」

「羽月はずっと私の血が吸いたいと思ってたってこと?」


 羽月は少し驚いたような顔をする。

 吸血鬼に関する話はずっとはぐらかしてた私が攻めてきて驚いてるのかもしれない。


「んー」

「素直に」

「違うね」

「本当かなぁ」


 だとしたらそんなにアタックしてくるもんかな。

 羽月が嘘をつく時の顔はこの数週間でわかったつもりになってたけど、今は自信がない。


「ならそんな急に言ってくるのはなんで?」

「羽月が吸血鬼のこと知ったって聞いて」

「あ、正式名称も吸血鬼なんだ」


 よかった。私が吸血鬼って呼んだら「誰が鬼か!」「あんな下等生物と一緒にするな!」って怒られるところまでは想像してたから。

 あとは、吸血鬼の中にも『吸血鬼』派と『ヴァンパイア』派がいたりとか。若いとヴァンパイア派だったりしそう。


「で、吸血鬼のこと知ったって聞いて?」

「次の日学校も来ないかと思ったんだけどね?」

「うん」

「来たから、吸血鬼のこと受け入れてくれたんだなって思って」

「それで?」

「血吸わせてって聞いても大丈夫かなーって」

「なんでやねん」


 そんな軽い気持ちで聞くなよ吸血鬼。

 かっこわるいよそんな感じだったら。血液パックの時点でだいぶ印象変わっちゃってるけど。


「大体……吸血とか、言われても実感湧かないし」

「実感?」

「どんなのかとか、効果とか」


 私達のイメージのままの吸血だとしたら、太い牙で首元に穴開けられる感じだし、多分痛い。

 あとは眷属にもされそう。友達から急に眷属はちょっとキツい。


「あー、別に変なことはないよ。ただ血貰うだけ」

「変な効果あるんじゃない?」

「ないんじゃない?」


 羽月本人もわかってなさそうなのが引っかかるな。

 ただ、羽月が私を眷属にしようとして血を吸おうとしてるわけじゃないのは何となく伝わってきた。

 だとしたら、目的はなんなんじゃ、となるけど。


 別に血が貰えるだけならさっきから言ってる通り血液パックと変わらないと思うんだけど。

 そう考えるとやっぱり何か隠してる気がしてくる。


「なら、血液パックじゃダメな理由は?」

「ダメじゃないけど」

「美味しくないとか?」

「味は変わらないらしいよ」

「変わらないんだ」


 若干劣化してそうなもんだけど。

 でも新鮮な方がいいとは限らないか。釣ってきた魚もスーパーの魚も味は変わらないらしいし。むしろスーパーの方が美味しいとも聞く。


「でも、私人の血吸ったことないから」

「へー、襲ったりはしないんだ」

「襲ったら現行犯逮捕だよ」

「そりゃそうか」


 人間の世界に生きてるわけだしね。

 血液パックももらえちゃうってことは普通に人間と共存してるんだろうし、今のは少し失礼だったかもしれない。

 吸血鬼への偏見が出てしまった。


「じゃあ吸血鬼って皆、人の血は吸ったことないの?」

「いや、大体の人は親の血は吸ってると思う」

「へー、吸血鬼同士で」

「違う違う、吸血鬼の親は片方人間なことが多いから」

「えっ」


 それはちょっとびっくりした。

 てっきり狭いところで繁栄してる感じかと思っていたけど、人間とも子供ができるんだ。


 ん? ということは、子供も人間になったり? その場合、吸血鬼の血はどんどん薄くなってたりするのかな。

 私の中の吸血鬼への興味が掻き立てられていくんだけど。どうしてくれる。


「だけど、私は両親が吸血鬼だからさ」

「プレミアムなわけか」

「ちょっとだけね」


 吸血鬼的には名家の娘みたいな扱いだったりするんだろうか。

 純血の吸血鬼、みたいな。

 でもさすがに羽月の親のどっちかには人間の血も混ざってるか。


「だから、私は人間の血吸ったことないんだ」

「吸血鬼の血じゃダメなの?」

「そういう質問された時、吸血鬼の血は人間の肉とよく比べられるらしいよ」

「それはダメだ」


 吸血鬼同士の吸血は吸血鬼にとってはカニバリズムなわけか。

 確かに辛い。でも人間の血を飲まなくても生きていけるなら、別に飲んだことなくてもいいじゃん、と思わなくもない。


「ねー、だからお願い」

「もし羽月はこのまま人間の血飲まなかったらどうなるの?」

「人間の血を飲んだことのない吸血鬼になる」

「そういう話か」

「でもどう思う? 吸血したことない吸血鬼」

「まあダサいね」


 水を貯めたことのない貯水槽みたいな。

 確かに吸血鬼としては馬鹿にされる要因になるかもしれない。


 そんなの気にするな、と言いたい気持ちもあるけど、私もそういうのは気にする方だから他人にだけ厳しくはできない。


「正直、痛くないならいいけど」

「気持ちいいらしいから大丈夫」

「本当かなぁ」

「さきっちょだけだから」

「それは私がちょっと痛いだけじゃん」


 ちくっとするだけじゃん。

 飲むならちゃんと飲んでよ私の血。


 まあ、親が子供にさせるようなことなら、特に危険なことじゃないんだろうし、羽月と話してたら別にいいかな、とも思えてくる。


 普段から飲むものじゃないなら私の血を毎日飲むために友達になったってわけでもなさそうだし。羽月の高校入学記念に飲ませてやらんでもない、という気持ち。


「お願いー」

「じゃあ、いいよ」

「え、本当?」

「明日体に変な事が起こってたりしたら絶交ね」

「それは多分大丈夫。ありがとね」


 そう言って羽月はぱんぱんと自分の頬を叩いて気合を入れてる。

 いつもふわふわしがちな羽月が気合を入れても滑稽なだけだったりするけど、本人的にはわりと大きなことだったりするのかもしれない。初めての吸血は。


 別に味が変わらないんだったら、私だったら「吸ったことあるよ?」って嘘吐いて済ませちゃうなぁ、なんて思いながら羽月の準備運動を眺めてると、羽月が正面から近づいてくる。

 今すぐにでも噛み付いてきそうな雰囲気。


「……いやちょちょちょっ」

「ん?」

「正面からなの? っていうか首? 噛むのって」

「うん」

「あ、正面からなの?」

「うん」


 羽月はさも当然のことのように言う。

 でも吸血鬼の吸血鬼シーンって大体後ろから首にいかない? 私の記憶違い?


 私はそっちを想像してたんだけど、考えてみるとあれは襲ってるから後ろからなのか。

 羽月達の場合は親子でするくらいだし、前からがスタンダードなのかもしれない。


「なんかあった?」

「いや、なんでも」


 まあ、私が恥ずかしいだけだから問題はないけど。

 なんだろう、黙っていたらこのまま抱き合いそうな雰囲気で、むずむずする。


「じゃあ、いくね」

「ああうん……力入れてた方がいい?」

「抜いた方がいいんじゃない?」

「そっか。じゃあ、どうぞ」


 怖いといえば怖いんだけども、ここでやっぱ無理、と言うほどでもなかったから、注射の針が目の前に迫ってるつもりで無心になる。

 注射のコツは無心になること。あとあまり失敗しないベテランの人を引き当てること。


 ただ、今回は注射のように無心ではいられなかった。なんたって状況が違う。

 うっすら目を開けると同じく緊張した様子の羽月がゆっくり私に顔を近づけてきていて、私の耳の辺りに近づいた時には吐息が当たってそのくすぐったさに体が跳ねた。


 羽月の手が私の両肩を優しく掴むと、その手を同じくらいの優しさで二つの尖ったものが私の首元に侵入してくる。

 尖ったと言っても注射の何十倍もの太さで貫かれた私の首は本来なら痛みを感じないとおかしいんだけど、吸血鬼特有の技があるのか、痛みは本当に最初に皮膚を破る時にチクッと感じただけだった。


 私が自然と羽月の背中に手を回していると、羽月も肩に乗せていた手を背中に回す。

 なるべく脱力しながら、傍から見たら抱き合っているようにしか見えないんだろうな、と考える。


 それに恥ずかしさを感じる余裕は今はなかったんだけど、十秒くらいするとゆっくり入っていった羽月の歯が奥まで入ったようで、羽月の唇が私の首元に触れる。


 思わず心臓がばくばく動きだしそうになって、こういう歯を突き立てる形のキスもあるんだろうか、なんて考えて気を逸らす。

 羽月はどうかは知らないけど、私には体にキスをされた経験はない。羽月にとっても、これはキスには入らないだろうけど。


「……ドキドキしてふ?」

「いや口動かさないでよ」

「ふぉっふぉっふぉ。ごめん」


 テンション高いなこやつ。


 ただ、どうも羽月に余裕があるようには見えなくて、どちらかというと緊張を誤魔化してるように見えた。

 その証拠に、いよいよ抱き合うようにくっついてしまった私と羽月の胸の奥では、鼓動が同じくらいの早さで生命活動を表してる。


 ここで鼓動の早さをいじれたら面白いけど、その場合私の鼓動の早さも指摘されてしまう。諸刃の剣。


 そうして、いよいよ私の血を飲み始めるらしい羽月は、下唇を付けて私の首元を口で覆い、アイスのクー◯ッシュを吸うみたいにちゅーちゅー吸いだした。


「んっ……」

「?」

「いや……なんでもない」


 別にえっちな気分になったわけじゃないよ。


 ただ、気持ちいいというのは本当だったみたいで、血が出てるはずなのに首の辺りがすーすーする。

 感覚だけで言えば、血だけじゃなく悪いものも一緒に抜いてくれてるんじゃないかと期待してしまう。

 きっとそんな効能はないんだろうけど。


 でも、なんだろう。羽月が近くにいることもあって、血を抜かれてるのに安心するような、変な感覚の吸血ではあった。

 耳元で聞こえるちゅーちゅーごくごくという音も、今流行りのASMRみたいでリラックス効果があったのかもしれない。


 それから、三十秒くらい羽月と私は抱き合った後、羽月が私が止めるまでもなく自然と血を飲むのをやめてくれて、羽月のはじめての吸血は無事終わりを迎えた。

 私の胸は、未だにおかしな早さで鼓動を刻んでいる。


「……大丈夫だった?」

「うん、まあ……痛くはなかったよ」

「良かった」

「羽月は、どうだったの」

「ん? 美味しかったよ」

「そうですかい」


 別に自分の血の味の感想を求めたわけじゃなかったんだけど。

 美味しかったと言われても自分で飲むこともないし。


 まあ、不味かったよりはマシだけど。なんか、不味かったら不健康そうだし。


「よし……じゃあ解散しようか」

「明日から、血飲んだから用なしとかやめてよ」

「なわけないじゃん」

「あったら困るし」

「いやいや」


 こんなことを言う私がおかしかったのか、見たことのない顔をする羽月。

 羽月なら大丈夫だろうと思っているくせに、わざわざ口に出す私も重い女みたいだけど。何故か急に不安になってしまったんだから仕方ない。


「大丈夫だから。また明日ね」

「じゃね」


 でも本当は私が感じた不安は、方向が少し違ったかもしれない。

 無理やり言語化するのなら、明日からも羽月と同じような関係でいられるだろうか、みたいな不安を抱えた気がした。


 今と違う関係ってなんだよ、と自分で一蹴してしまいたくなる、私の心すら認めていないような不安の種だけど。

 そんなことを考えてモヤっとしたのは、確かだった。


 あと、


「……肩こり、良くなったかも」

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